夢の行方


「すみれちゃん」


恵理佳の悲痛な声が私の後ろ髪をひく。



「本当にゴメン。でも今行かないと私は一生囚われたままになっちゃう。恵理佳ごめんね」



両親との待ち合わせは十二時。

私の飛行機は十二時半。


そして今の時間は十時を少し回ったところ。



「恵理佳はホテルに向かって。後でお父さんに電話するから」


泣きそうな顔をしたままの恵理佳。

本当にごめんね。


私は恵理佳の制止を振り切り、家を出た。

そして会社のある駅で降り、トランクルームからスーツケースを引っ張り出す。

使い終わったカギは受付のボックスに入れる。


もう、私はココに戻ってこない。

空港につけば、土曜日という事もあって家族連れが多く、人の声が賑やかに聞こえる。



チェックインをして荷物を預ける。

手元にはドイツの資料と携帯二台。



十一時三十分、瑞希から貰った携帯が不意に鳴り出した。



「もしもし?」

『もう空港だろ?』

「うん」

『大丈夫か?』

「大丈夫だよ」

『そっか。あのさ、もしオレと結婚するって話になったとしたら、ドイツに行くの辞めるか?』



なにその話。

突拍子もない話に笑いがこぼれてしまった。


「何を急に。どうしたの?」

『いや、オレと一緒になれるって言ったらすみれは戻ってくるのかな?って思ってさ』

「……ううん。私は戻らないよ」


もし瑞希と一緒になれるとしたら、戻りたい。でも、それは無理な話で。

やっと伊波を捨てて歩く決意をしたんだもん。


背中を押してくれたのは瑞希。

自分らしく生きる事を教えてくれたのも瑞希。



『そうだよな。オレより古城を取るよな』


瑞希の寂しそうな声が聞こえてくる。

ううん、本当は瑞希の所に飛んでいきたい。でも、それは言えない。


私は全てを捨てて、自分の足で歩くと決めたんだもん。


『もう時間だろ?』

「うん」

『気をつけて行けよ』

「ありがとう」

『なんかあればすぐに連絡しろよ』

「うん。瑞希……」

『ん?どうした』

「ありがとうね」


泣き声を聞かれたくなくって、自分から電話を切った。

そして自分の携帯で父に電話をする。



『もしもし。オマエ今どこにいるんだ?』

「お父さん、ゴメンなさい」

『ゴメンじゃない!恵理佳は泣いて何も話さないし、一体どうなってるんだ』

「もう、帰らない。私は私の道を行くから」

『何を勝手な……オマエ本気で言ってるんじゃないだろうな』

「本気だよ」


そう、私は本気。



「手紙送るから。くれぐれも変な事しないでね。じゃぁ」


電話のあちらでは父の怒鳴る声が聞こえた。

それを全部無視して一方的に電話を切った。

そして電源を落とす。


前から用意していた手紙と一緒に携帯を入れ、宅配カウンターで自宅宛に発送する。



携帯のメモリーは家族以外全て消去済み。

これで、私に連絡取る事は出来なくなった。

もう私を縛るものは何もない。


大好きだった人と、たった一夜結ばれた。

それだけで伊波すみれで良かったと思う。



当たり前の恋は出来なかったけど、心が張り裂けそうな恋が出来たんだと思う。


一生分の恋を味わえた。


それだけで私はこの先、生きていける。


今までは家に縛られ、自由もない。

自分っていう人格もない。



でも、これからは私だけの人生を歩める。


大好きな瑞希は最後まで私の背中を押してくれた。



愛してる。


その一言で、全部帳消し。



瑞希、愛してる。


ありがとう。




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