18:異常、あり

 仕事にひと段落を付けたアルフォンはクレストファを従え執務室を出た。

 日付はとうに変わり、廊下は静まり返っている。

 ランプをぶら下げ、廊下を進んでゆくと、行く先の曲がる角の壁に灯りが見えた。

 この時間だと巡回している兵士の灯りだろう。

 兵士ではない招かれざる人物が入り込んでいないとも言い切れず、アルフォンは腰に携えた剣に手をやる。

 クレストファがアルフォンの前に立ち、徐々に近づいてくる灯りを睨みつけた。

 灯りがアルフォンの方へ徐々に近づいてくる。

 近づいてくると話し声が細々と聞こえるようになる。角を曲ってきて、双方のランプが相手の姿を照らし出す。

 巡回中の兵士たちだった。ほぅと息を吐きだし、ゆっくりと柄から手を離す。

 すれ違う警備兵と言葉を交わし、警備兵が来た角を曲がる。

「城内で何かが起こるということはないと言い切れませんが……」

 じとりとした目をアルフォンに向けた。

「なんだ」

「柄を握るのがはやすぎやしませんか。私よりも早いとは」

 クレストファがふてくした。

 クレストファが柄へ手を伸ばしたら、後ろから柄を握り、鞘が剣帯から外される音がした。

「許せ。体に染みついているんだ。どうにもならんだろう」

 夜の城内ほど恐ろしいものはない。

 兵士が歩いていると油断したら、逆に裏をかかれて剣で切り付けられる可能性は否定できない。

 自然と身体がすばやく動き剣の柄をつかんでしまう。

 アルフォンに愚痴を言いながら、クレストファも柄から手を放した。



 アルフォンの自室の前には兵士が二人並んで立ち、部屋を厳重に警固けいごしている。兵士がアルフォンに敬礼をした。

「アルフォンさま」

 警固する二人の顔を交互に見る。見知っている顔で、信頼のおける者たちだ。

「異状は?」

「ありません」

 ぴしりとした綺麗な敬礼をアルフォンにかえす。

 兵士が動き、ドアの前をあける。

「数時間前に、アルフォンさまを訪ねてケイルスさまがお見えになられました」

 兵士が、ふとおもいだしたかのように報告をする。

 取っ手に手をかけていたアルフォンは、眉をしかめた。

(またか)

 ケイルスがアルフォンの部屋に訪ねてくる理由に思い当たった。

 フィリアルの召喚によって、本来の場所から離れてしまった女性を帰す段取りを、ケイルスは聞きに来る。

 どこから情報を仕入れたのか、必ず城を離れる前に決まって自室に来る。

 自室にいる、アルフォンの婚約者になるはずだった人物を見に来て、段取りを聞いたら帰っていく。

 今日は予定外にフィリアルの陰謀で時間を取られ、執務が滞った。

 先ほどやっとめどが立ち、一度自室へ様子を見に来た。

「アルフォンさまは在室していないとお伝えし、入室を拒んだのですが押し切られてしまいまして、お部屋にお入りに……」

「そうか、ありがとう」

 そこまで聞いてぴしゃりと報告を中断させた。

 クレストファを待機させ、一人部屋に入る。

 室内には一人いたはずだ。美衣歌と名乗る少女が。

 部屋の中は闇夜に包まれていた。クレストファからランプをもらい、ドアを閉める。

 窓には重たいカーテンが引かれ、白銀色に輝く月の光を遮断している。

 手にしているランプを頼りにベッドに近づき、天蓋のカーテンを片手で持ち上げ、中を覗きこむ。

 何事もなければ、毛布を引きはがした格好で寝ているはずだ。

 それを毎夜、アルフォンが直していた。

 しかし、ベッドには毛布がきれいに掛けられ、使われた形跡がない。ランプを持ち上げまじまじとベッドを凝視するが、人がいる形跡はなかった。

 毛布に膨らみはなく、枕は2つが重なって並べられ、どちらにもしわ一つない。

 カーテンをおろし、周囲を見回す。

 ランプを巡らせ室内を念入りに捜索した。

 ドアの近く、机の前、ベッドの近く。どこを照らしても、姿がない。

(連れ出されたのか?)

 警固の兵士が美衣歌は・・・・連れて行かれた・・・・・・・と報告する。

 連れて行かれたと断定するにはまだ早い。まだ、確認していないところがある。

 アルフォンは机の置かれている側にランプをかざした。

 窓のカーテンの近くで、ランプの灯りに何かがきらりと反射する。

「……?」

 窓の近くには光を反射する物は何も置いていない。

 慎重に、素早く近づいていくとガラスの欠片のようだった。よく見ると散り散りになったガラス片が光を反射していた。

 ガラスの近くにランプの台座だったものが落ちている。引かれるようにランプを動かしていくと近くに人影を見つけ、アルフォンは目を見開いた。

 美衣歌が、壁に背をつけて床に倒れている。

 眠りにつこうとしていたのか、薄手の寝衣を着ていた。

 着衣の乱れはないようだ。

 ランプを置き、美衣歌の身体を持ち上げ揺り動かす。

「おい、しっかりしろ!」

 美衣歌は小さくうめき声をあげるだけで、目を覚まさない。

「侍医を呼べ」

 ドアの外で待機するクレストファにランプを押し付け命を出す。

「なにか、あったのですか」

 部屋へとって返そうとするアルフォンに、クレストファが問う。

 部屋の中で何が起きたのか、不安になった見張りの兵士が震えあがり、ドアの両側で直立不動になった。

「とにかく呼んで来い。話はそのあとだ」

 誰が聞き耳を立てているかわからない通路で詳細は言えない。急き立てるように従者を行かせた。

 クレストファが立ち去ると、動揺する兵士に、引き続き警固していろと命を下し、部屋に引っ込む。

 部屋の明かりをつけ、気絶している美衣歌を横抱きに持ち上げ、ガラスが飛び散る床から遠ざける。

 天蓋のカーテンを開け、ベッドに寝かせた。

 美衣歌の左腕には倒れた時にガラス片で傷つけたのか細かい切り傷が数か所。目尻から涙が伝って落ちた跡が顔に残っていた。

 美衣歌の目尻に残った涙の痕を、袖で乱暴に拭い取る。傷は、後で侍医に治療をしてもらうとして。

 いったい、この部屋で何があったのか。

 部屋に誰もいなかった。

 美衣歌が寝ると言えば、侍女たちはそれぞれの自室へ戻っていく。

「なにがあったんだ」

 アルフォンは、サイドテーブルに握り拳を強く打ち付けた。

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