16:彼女の行先

 フィリアルの根回しによって、美衣歌のダンスレッスンに付き合った後、アルフォンは執務室へ戻ってきた。

 フィリアルがインク瓶を投げたままの状態になっていた。

 書類が散乱した執務机の上を片付け、一息つく。

 執務を再開する気になれず、接待用のソファに腰掛けた。

 何の傷もつけず、城から出すと決めていた。

 城に留めなければならない要素を排除していたと思っていた。

 寝室には入れないよう警備を交代制でつけ、日中は常に侍女が傍にいる。

 アルフォンの警備網をやすやすとすり抜け、美衣歌の耳裏に何者かが〝痕〟をつけた。

 自分のものだと誇示するように、それはくっきりと。

 当人は寝ている間にぶつけたかもしれないと焦っていた。ぶつけたにしてはしっくりこない。あててできたのなら、痛みで気づく。痛みがあるのか確認するとないと言う。誰かが、知らない間にやったのだ。

 アルフォンは美衣歌が城に召喚されてから何日たったか指折り数えてみた。

 折れた指は三本。今日で三日目になる。

 日中、城内移動ルートをたどると、人目につかない廊下を優先して使用しているようだった。

 人目を避けるような順路は、ほかの侍女に見られるのを彼女が嫌がっているように、外部の人間に囁かせる為。

 彼女が、城の内部を教え込まれているようにも思えない。

 部屋へ戻りましょうと侍女に言われ、彼女は従った。

 侍女はそれぞれ彼女を間に挟む形で前後に並び部屋を後にした。

 前に立ったのは道案内。後ろは見張り。前に二人が立つと、周囲から変に思われる。前後なら、城内に不慣れな女性を案内していると取れなくもない。

 先導することで、後ろを歩く彼女は安心感を覚え、通路がどこへ通じているのか覚えようとしなくなる。覚えてもらうというなら、後ろから助言すればいい。そうすることで、城内が頭の中に入ってくる。

仮初かりぞめの花嫁にする気か)

 彼女のマナー全般のレッスン内容はフィリアルが取り仕切っている。

 異国人を自身の姪と周囲に言い、フィリアルが相手をしている。身内を他人に任せる方が不自然に取られる。

 彼女のスケジュールはフィリアルによってアルフォンの元へまわってくる。

 マナーレッスンは婚約式で必要な最低限にされているところを見ると、その場だけの女性にしようとしているようだ。

 彼女の城内の行動は制限され、常時誰かがそばにいる。

(式まで逃がさないための策か)

 侍女が常に張り付いていることで、アルフォンの入る隙をなくし、城から連れ出せなくしている。

 アルフォンが彼女と接しているときは誰かが、必ずいる。

 部屋であれば中に。中にいられなければ、外に。

 婚約式当日、両人がそろわなければ式は成り立たない。不成立にするには、召喚された彼女が、当日城内にいなければいいのだ。

 二日後、城から連れ出すためには、まず侍女の目を巻かなければならない。

「クレア、リストアップできてるか」

「えぇ、こちらに」

 クレストファが素早くリストをアルフォンに差し出す。ソファーから立ち上がり、それを受け取ると執務机に向かった。

「明後日は一日開けておいてくれ」

 椅子に腰かけ、リストアップされた書類に目を通す。

「直接送っていかれるんですか」

「ああ」

「スケジュールを調節してみます」

「頼んだ。……ところで、なぜこの方をここに入れてあるんだ」

 アルフォンは目についた一人の女性の名を挙げた。

「信頼のおけるといわれたので」

「また、厄介なのをリストに入れてくれたな」

 クレストファはにこりと微笑んだ。

 リストを最後まで確認して、一番信用できる女性は、一人だけだった。

 引き出しの中から便箋を取り出し、短文を書く。

 封蝋をして、クレストファに手渡した。

「急いで届けてくれ。お前の手から渡さないと、受け取ってもらえない」

 便箋を受け取り、クレストファは疑問をぶつけた。

「わざわざ預けなくとも、ご自分の別の城へ連れていかれた方がよろしいのでは?」

 国内の首都から程遠い場所にアルフォンもちの城がある。

 木々が生い茂り空気がよく、一年に数回偵察時に使用していた。

 偵察時以外は立ち寄ることがなく、使用人はおいていない。

「別荘を使うにしても、ここから遠い。何かあった時に駆けつけられないのと、人数が足りないだろ」

 アルフォンの使用人は必要最低限の人数しかいない。別荘へ使用人を出してしまうと、今度は城内の仕事が回らなくなってくる。

「あそこを使うには条件が悪い」

 他に聞かれたら任せるといい、クレストファはかしこまりましたと、執務室を出て行った。

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