第一夜 召喚された花嫁
1:告白
「
「う、うん」
「そんな弱気でどうすんの!? 告れるの!?」
「う、うん」
「んもー! じれったいな。早くいってこいっての!」
友人の一人に背中を強く叩かれ、緊張で動かなかった足が不思議と軽やかに数歩前進する。
「頑張れっ」
「ダメだろうけど、慰めてあげるから、いってこーい!」
応援してくれるのはうれしいんだけど、明らかに実らないと決めつけられているような……。
うまくいったらそれはそれで、祝福と別に言われそうな気もするから、複雑だ。
肩の上で揺れる黒髪を耳にかけ、制服のスカートを整えて。
美衣歌は、歩いていく彼の後ろ姿を捉えていた。
何度見回しても、周りに群れる女子軍団がいない。
本当に、このときを逃したら、美衣歌は卒業するまで、きっと告白なんてできそうにない。
心臓がうるさく鳴る。いまにも友人たちのところへ引き返したくなる衝動に駆られる。
振り返ると友人三人が頑張れ、と三様に応援してくれる。
告白すると決めたのは美衣歌自身だった。
ただ、会話するわけでもなく、気になる彼を視線で追う日々。
不毛だと分かっている。
友人たちからそんなの恋でもないといわれていても、美衣歌にとっては違う。
告白は、そんな途方もない恋をきっぱり終わらせ、想いを断ち切るためにする。
比奈月
話したことは一度もないのに、恋に落ちるのは一瞬で。
運命ともいえるあの日、美衣歌は彼に一目で恋に落ちた。
入学式の日。
比奈月くんは新入生代表で、代表の挨拶をするために壇上へ上がった。
ピシッとした、まだ新品同然の制服に身を包んだ、新入生代表の男の子は、少し癖のある髪をゆるくワックスで整えて、緊張の面持ちをみせず、淡々と挨拶した。
美衣歌の心は、その瞬間奪われた。
美衣歌の思い描く理想の相手そのものが、壇上にいた。
その日から、美衣歌は比奈月くんのことばかりを目で追うようになった。
告白したくても出来ずにいたのは、彼を好きな女の子が学校内に沢山いたから。
今まで告白した子は数知れず……と聞くけど、実際何人かは知らない。
告白した子は全員振られているようで、成功したと聞いたことがない。
同級生で成功していたら、今頃その人と一緒に自由行動をしていることになる。
周りに誰もいないから、彼の心を射止めた女子はまだいないのだろう。
期待を持ってしまうけれど、比奈月くんが美衣歌を知っている可能性はとても低い。
同じクラスになったことは一度もない。
委員会も一緒になったことがない。
部活は彼がしていない。
二人の接点は皆無。
比奈月君が美衣歌を知る機会はどこにもない。
彼が美衣歌の存在に気づいていてほしいと願うのは、間違っているというのに、美衣歌は奇跡に希望を託してしまっていた。
友人からは、「そんなんじゃダメだよ!」と何度も言われてきた。
彼氏がいる友人からすれば、美衣歌の想いは、恋よりも憧れに近いという。
そんなことないと良いけれど、実際行動は起こしていなくて、友人たちには余計にやきもきさせていたのかもしれない。
二年生になっても結局進展はなく、夏が近くなると修学旅行の話が本格的に学校から出るようになった。
修学旅行の計画中に、友人が突然告白しろと言い出した。
しなければ、旅行中一緒にいてあげないとまで言われてしまう始末。
最初は乗り気でなかった美衣歌だが、友人に「案外、美衣歌のコト気になってるかもしれないよ?」と、冗談混じりに後押しされた。
恋愛は、勇気を出してまずは想いを伝えることからだと説教され、美衣歌はようやく告白する決心をつけたのだ。
一日目は、比奈月君を見かけても、女子が常に彼の周りにいて、とても、話せる雰囲気じゃない。
二日目、三日目も同じで女子達は一向に離れるどころか、増える一方。
美衣歌が諦めかけた、修学旅行最終日。
最後の自由時間になっても取り巻きの女子は離れずにいた。
告白できずに終ってしまう。
肩を落していたときだった。
比奈月君が残念がる女子をその場に置いて、何を思ったのか一人になってくれたのだ。
普通の容貌をした美衣歌が、学年の中でも上位にはいると言われる容姿の良い彼に覚えてもらっているなんて、おこがましいことを願ってなんかいない。
この恋が結ばれるとも思っていない。
ただ、いつまでもずるずると恋心を温めるのをやめるために、違う人に目を向けるために、美衣歌は振られにいく。
淡い期待をきっぱりと捨てるために。
美衣歌は友人の後押しで、前を歩いて行く彼の姿を見失う前に、重たい足をゆっくりと動かす。
海外の見慣れない街並みを、彼は歩き慣れた道のように進んでいってしまう。
恋する彼のあとを見失ってしまう前に急いで追いかけた。
それでも、いつまでも叶わない恋を終わらせるチャンスは、いましかない。
逃してしまったら比奈月君が一人になる時間はもうないかもしれない。
心臓がうるさくなる。これは走っているからなのか、緊張からなのかわからない。
五分も走っていないのに、長距離走を走りきった後のようにのどが痛くなってきた。
緊張で足はもつれ始めて、走っていられなくなる。
美衣歌は足を止めた。息があがって歩けない。
自分の運動音痴をすごく呪いたくなった。
ようやく巡ったチャンス、逃したくない。
「はぁ、はぁ」
比奈月君を追いかけているのに、ちっとも追いつけない。それどころか、離されていっている。
すれ違う人たちを、よろける美衣歌は避けることができず、何人かにぶつかってしまい、余計に距離が開いていく。
足を止め、彼の姿を探す。
離れていると思っていたのに、案外距離は開いていなかった。比奈月君が、周囲を見渡し、住宅街へ続く道に曲がっていく。慌てて後を追いかけた。
人気がまばらになると、難なく距離を縮めることが出来た。
「比奈……」
声を張り上げた、その時。
上から絶叫に似た叫び声がした。
「えっ?」
驚いて、上空を見上げる。
なにか丸くて白いものが、土をばら撒いて美衣歌の上に落ちてきていた。
あ。
逃げなきゃ。
落ちてくる植木鉢は、案外にもゆっくりと落下してくる。
咄嗟に手で頭を守り、ギュッと目を閉じた。
「危ない!」
焦る男の人の声が聞こえた。
あと数センチで美衣歌にぶつかる――刹那。
美衣歌の足元に突如魔法陣が現れ、白い光に全身が包まれて、そのまま、ふっと消えた。
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