12:みつけた

 グレースは「足が少し悪いの」と申し訳なさげに言いながら美衣歌の助けを借りて両足をベッドの上に戻した。

 食事は寝たままでしないと決めているようで、時間になると起き上がりベッドに腰掛ける。

 美衣歌もこちらへ召喚されてから食が減ったが、グレースは美衣歌よりもさらに食は細い。

 ドレスの下に着るコルセットは柔な素材で作られているが、高校の制服のように収縮性はあまりない。コルセットをするようになってから、美衣歌はあまり食べなくなった。

 結局出された量の四分の一は残してしまい、申し訳ないと思いながらも、下げてもらった。

 ベッド以外に小物を収納するキャビネットが一つある以外置いていない、殺風景な室内。男性と女性の部屋を比べてはいけないと分かっていても、アルフォンの部屋の内装と見比べるとどうしても見劣ってしまう。

 他の皇子や、皇女の部屋も殺風景なのだろうか。……とてもそうは思えなかった。

 ニコジェンヌがその部屋で満足するかといえば、性格からして腹を立て、怒りのままに魔法を行使し、部屋を壊しかねない。

 スティラーアの婚約相手が気に入らず、反論した美衣歌に向けて魔法を使うような人なのだから、部屋の内装にこだわっているに違いない。

 グレースは長時間姿勢を保てるように背中と膝の下に大きなクッションが敷かれていた。

「どのようなことでも聞いてください。答えられる範囲でお答えいたします」

 アルフォンから話の相手を、と言われても初対面で話せる話題を美衣歌は何も持っていない。

 召喚されてからというもの、こちらの世界で話題になっていることを何も知らない。グレースが興味を持ちそうな話が思いつかなくて何を話せばいいか悩む。

「ミイカさまは、いつまでスティラーアさまの代わりをなさる予定ですの?」

「……」

 膝の上で組んだ両手に力を入れる。

 質問に答えられない。

 いつまでは明確に決まっていない。終わりの日は美衣歌が元の場所へ還る日か、スティラーアが城へ連れてこられた日になるだろう。

「そのお姿、数年前のスティラーアさまを思い出しますわ」

 グレースが指摘した美衣歌の外見は、晴れ渡る空を思わせる色合いのドレスに、薄化粧。波打つ髪は耳横の一房を三つ編みにして、後頭部を通り反対の耳裏で留めてある。編み込んだ髪に白い小花をモチーフにした偽物をいくつか差し込んでいた。

「アルフォンさまから私のことをお聞きしているのですか?」

 城に滞在する〝スティラーア〟が身代わりと知っているのはごく僅か。

 侍女の二人すら知らない事実になる。

 それを知っているのか、こくりと首肯した。

「ええ、聞いてます。全く別のところから喚ばれ、簡単には還せないことも伺っています」

 申し訳なさそうに瞼を閉じた。

 美衣歌の事情は筒抜けのようだ。

「なぜ、知っているのかと疑問に思われるでしょう? ……わたくし、実は貴女の返還法を探しているの。アル兄さまから聞いていませんか?」

 アルフォンは、探しているが見つかっていないとしか言わなかった。執務の間の休憩時間を使っているのなら悪いと思っていた。まさか、極秘で人に頼んでいたなんて。

「知らなかったです」

「兄さまらしいわ。仮に返還法が判ったとしても、貴女、今のままでは還れないのだけれど」

 何故かわかるか、と問われた。

 美衣歌は袖に隠した左手首を見せた。そこには未だはっきりと存在を主張する魔法のいんがある。

 この地を離れれば離れるほど、手首が締められる魔法。美衣歌を城に縛り付ける、そのためだけにフィリアルにかけられた。

「これでしょうか?」

 グレースは僅かに目を伏せた。

「そのとおりです。お母さまがかけた地縛りの魔法を解ける者はいまこの城にいませんわ」

 この魔法が解けるのは、ファリアルだけのよう。両手が力なく、膝の上に落ちた。

 わずかな望みを打ち砕かれ、魔力を持っていても、誰にも解くことができない魔法では、美衣歌は命尽きるまで、ここに――この土地に縛られ続けなければならないのかと、考えるだけで背筋が凍った。

「落ち込まないで。城にはおりませんが、唯一解くことが出来る人物が一人、います」

 顔を上げた美衣歌は、その人物が誰か答えることが出来ない。魔法を使う人がなにを得意としているのか知らない。

「貴女が身代わりをしている、スティラーアさまよ。彼女の技術力があれば、ニコ姉様の魔法と、お母さまの魔法、両方を解くことが出来るわ。そして、貴女を還す魔法も、きっと」

 スティラーアが知っている。

 その肝心なスティラーアの所在が分からないことを知っている。居る場所が分かっていれば、美衣歌はこの世界に召ばれていない。

「ところで、ミイカ様」

 この話は終わりとばかりに、グレースがミイカの膝に置かれた両手を握り持ち上げた。

「他にお聞きになりたいことは? なければ、わたくしの疑問に答えてくださらない?」

 他に知りたいことと聞かれて、すぐに出てくるような疑問が思い浮かばない。

 いや、浮かんでいる。けれど、これはグレースに問うことではないような気がした。

 ーーアルフォンが魔法を使えない理由を。

 兄と弟なのは知っている。弟のケイルスは魔法を扱う力を持っているのに、なぜ兄弟のなかでもアルフォンだけが扱えないなんて、おかしい。皆、皇王とフィリアルの子である。ならば、扱えて当然なのに。

 この疑問は、心の内に止め、美衣歌はとぼけた。

「ない、かも? です」

「でしたら、聞いても?」

「どうぞ」

 嬉々として瞳を輝かせ、グレースが前のめりになって、美衣歌に迫る。

 好奇心を丸出しにした、年頃の少女のようなまっすぐな瞳に動揺する。

 何を聞かれるのか、少し怖い。

「ミイカさまはアルお兄さまのこと、どう思われますの?」

「ア、アルフォンさまですか?」

「ええ、なんといっても、寝室を共にしていると聞いてます。どうなのです?」

「ええっと」

 言葉に詰まる。

アルフォンは美衣歌が部屋を使うようになってから、一度も自室に訪れたことがない。

美衣歌がいない間は知らないが、執務に追われ自室へ戻る時間すらも惜しいのか、廊下ですれ違うこともない。

 侍女や、女官たちが噂をするようなことは何も起きていないのだけれど、それだけでは納得しなさそうな期待が、グレースの表情に込められている。

 部屋が用意できないからと、アルフォンの自室と寝室を借りているだけです、だけでは納得してもらえなさそう。

というか、この少女、塔に閉じ込められているのに、どこから情報を仕入れてくるのか……と考えて思いつく人物が一人いた。

 給仕の侍女。

 彼女であれば、グレースへ王宮内で話題の話を持ってくることができる。

 美衣歌の知る唯一の給仕の侍女は、グレースをあまりよく思っていないようにみえた。

「もし、噂が本当で、ミイカさまが答えに困窮されているのでしたら。ミイカさま、わたくしのお願い聞いてもらえませんか?」

「な、なんでしょうか」

「このまま、還る手立てが見つからなければ、お兄様の一生の相手として、この地で過ごすことも考えてはくださいませんか?」

「え……えぇっ!?」

「このお城にセレーナさまとの婚約の話をするために、帝国の王太子様がいらっしゃるのでしょう? とてもスティラーア様に執着されているのだとか」

「そのようで、す?」

 今日の出来事が城中に噂が流れてしまっているのだろうか。そうだとしたら早すぎないか。

 今日の昼前の話が、美衣歌が塔へ訪ねてくる前にすでにグレースの耳に入るなんて。

 そんなこと、その場にいなければできない。

 はっと気がついた時にはもう遅かった。

「ふふ、わたくしの話はスティラーアさまが帝国にいらした頃の話ですわ。ミイカさまは、いつのお話をされているのですか? とても興味深いわ」

 美衣歌は笑ってはぐらかす。

 もうすでに会いました。とても危険なため、一時避難をしてきたのです、とは口が裂けても言えなかった。


 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 周囲は薄闇に包まれ、厚い雲に覆われた空から月の光さえ届かない。

 共を一人もつけず、フィリアルは足音を忍ばせ庭を歩く。

 城から離れた一角にある白磁の塔は、外壁を白で統一しているために、光がなくともぼんやりとその存在を周囲に知らせていた。

 元々は白ではなく灰色だった外壁を塗り替えさせたのはフィリアルで、この中に我が子を閉じ込めさせたのも、そうだ。

 玄関に到着し、周囲を再度確認する。人影はない。

魔法で施錠されたドアは、ファリアルが取っ手に触れると、蒼く明滅し、鍵が開く。

 中へ入るとファリアルに続いて真っ黒なローブを羽織る男が続け様に入る。

 ドアは蒼から橙に変わり、これも明滅した。

 身重と思えない速さで階段を上がり、最上階で愛娘と久方ぶりに再会する。

グレースはベッドから離れ、部屋の中央の家具をどけていた。

この部屋の家具は魔法で簡単に動かせる。全てのものに、魔法がかけられているのだ。

グレースの掛け声一つで部屋の隅に全てが退けられていく。

「お待たせいたしました」

 作業が終わると、薄い真紅色のローブを羽織り、兄弟姉妹の中で、唯一膨大な魔力を持つ証となる白銀の踝に届く髪を払いのけた。

 ローブの合間から覗く服は、漆黒。黒は魔女の証。

 フィリアルは、自身のローブを払い除け、杖を出した。

 悔しいが、フィリアルは杖がなければ強大な魔法が使えない。なぜならば、服の色が漆黒ではないから。

漆黒は魔女の世界で、特に限られた者のみが着ることを許されている。漆黒を纏い、真紅のローブを羽織る者は杖がなくとも魔法が扱える。その者が住う建物は魔法の使用制限がかからず、フィリアルのように、使用の禁止をされない。

「仕事よ。やらなければ、分かるわよね?」

 フィリアルは鎖骨のあたりをとんとんと叩いた。

 グレースはそれが何を意味するのか瞬時に悟った。

 グレースの首のには、美衣歌と同じ魔法がかけられている。グレースはこの塔から一歩たりとも出られない。この残酷な魔法をかけた張本人は、グレースの目の前で勝ち誇った笑みを浮かべている。

 グレースはフィリアルの願いを聞きいれる以外ない。

 聞かなければ、フィリアルの手の動きひとつで、グレースの首がぎゅっと締まる。

グレースは苦渋な面でフィリアルにこうべを垂れた。

「わかりました、ぬしさま」

 フィリアルが産み落とした子供。しかし、二人の関係は親子ではない。グレースが漆黒の服を着る十年も前から雇い主とわ雇われる人で成立していた。

 ヒンツが二人の間に立つ。

 杖を出し、魔法を唱える。

 第一関門突破。

 これは、漆黒の魔法使いがいる場で他の魔法使いが魔法を使えるように場を整える魔法だ。これをしなければ、この塔でフィリアルは魔法が使えない。

 場の空気が変化した。

 次にフィリアルが魔法陣を作り出す。

 人が一人その上に乗れるだけの小さなもの。詠唱を唱え、陣が発動した。

「スティラーアの居場所を特定しなさい」

「はい」

 陣の上にグレースが乗る。両手をまっすぐ前に出し、手のひらで器の形にする。瞳を閉じ、集中する。

 集中しなければ、杖を使わない魔法使いでも、弾かれ、失敗をすれば、片腕が吹き飛ぶだけではすまない。

 下手をすれば、命すらも奪われる。

「…………、…………!」

長い詠唱ののち、

「サティライアス・ウォン・ウィスチャ・クルーレの名の下に、スティラーア・メディ・エ・ルスメイアの、若しくはスティラーア・メディ・エ・ルスメイア自身が別の名をかたり扮した女性がいる場所をここに示せ」

 ゆっくり両手を左右に離しながら、傾けると、どろりとした液体のような光が床に落ちる。床に当たって、光がいくつか弾ける。

 世界地図が描かれた床に点滅点が二つ。

 一つは、この城にいるミイカ。

 そしてもう一つは、他国に。

 フィリアルが勝ち誇った笑い声を上げた。

 スティラーアの居場所がはっきりとした。

 これで、これで、フィリアルのいや、兄の長年の願いが叶う。

 グレースであれば、塔内部での魔法は使用できる。グレースの前に、水がたっぷりと入った平たい大皿を置いた。その水に、グレースが魔法をかけると、中央から綺麗な波紋が広がる。

『なんだ、見つかったのか?』

波紋とともに、水の中から男の人の声が聞こえてきた。

「ええ、ルモリエンよ。そこの……」

フィリアルは男に指示をすると、水面をパシャリとひとかきすることで魔法を消滅させる。

「戻るわ。グレース、わかっているでしょうけれど、このことは」

「どなたにも話しません」

 グレースの答えに、フィリアルは塔を出て行った。

 塔から離れたフィリアルは、ほくそ笑む。

 長かった。

 姪が姿を消して二年。

 フィリアルが作れなかった『魔法で居場所を探すことができない紙』を密かに完成させ、隠れた。

 作り方や、方法、工程なにもかもを隠していたというのに、あの娘はどこから探し出したのか。

 二年。

 この歳月があの小娘に、見つからないという確信と、油断を与えたに違いない。

 笑いが止まらない。

「待っていなさい、スティア。わたくしからは逃げられませんのよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る