3:捜し人の行方

 王城の地下にある一室。

 何人なんぴとも立ち入ることを禁じられた光のない暗い部屋。

 以前、美衣歌を召喚した部屋だ。

 部屋の外壁に沿って小さな堀がある。堀を流れる水音を聞きながら、中央にある高くなった祭壇にフィリアルは魔法陣を描く。

 以前、美衣歌の召還術を描いた場所だ。

 書きなれた陣は、多くの時間を有さずに描きあげた。この魔法は水の力がいる。どこまでも流れていく水が、この魔法には欠かせない。

かい

 魔法陣から出る淡い閃光が、暗い室内を一瞬仄かに明るくする。

『……オウリ様、何用でしょうか』

 淡く光る魔法陣から、野太い男の声がした。男の声は大きくないのに部屋に反響した。

 オウリというのは、フィリアルの第二の名である。

「わたくしが聞きたいのはひとつです。見つからないのですか?」

 フィリアルが話すと堀をなだらかに流れる水の水面が波立ち始める。

『まだです』

 フィリアルは大袈裟にため息をついた。男の返答に予想していた。それでも、見つかりそうぐらいの報告はあっていいのではなかろうか。

「何のために、わたくしが苦労して召喚魔法を完成させたと思っているのですか?」

『――成功したのですか?』

 幾度となく失敗し続けてきた、新たなる魔法。ルスメイア家があるカヴァロン帝国が認めない新しい召還魔法。これは、人をぶ。カヴァロン帝国が認めているのは、物や動物のみ。人の召還は認めていないし、作り出すこと事態を禁じている。

 魔法を使うルスメイア家でも、物や動物の召還に成功した例がない。遥か昔に、一度だけ動物召還に成功したことがあるらしいが、その人物を、フィリアルは名前だけ知っている。フィリアルは先祖に感謝しつつも、新たなる召還魔法が成功しなければ、何処へ行ったのか行方の判らない姪を見つけることができない。

 召喚魔法。

 これを完成させるために、何年の月日を費やしたか知れない。

 その年月分、彼らは足で、駆け落ち同然で家を出たスティラーアを捜しているが、有力な情報は手に入っていない。

「一番召喚したい人はできませんでしたが、完成はしました。事実完成したとしても、まだ、改良の余地はありますわね。そちらは、どうです? まだ、何も掴めていないのですか?」

 フィリアルの聞きたいことは、新たな情報が手に入ったのか、ということ。

 彼女が、男に聞きたいのはこれ以外ない。

「申し訳ありません。まだ何も……」

 諸外国を駆け巡って、今だ何も掴めていないと知ると、フィリアルは決まって言う言葉がある。

 前回も、同じように言って通信を一方的に切った。

「何をしているのですか!! 本当にあなたたちは使えない人間の集まりね。前回から何日経っていると思っているのですか? 早くして頂戴! 無知な女が、王族の一員となってしまうではありませんか! いいですか、次までに必ずわたくしの姪の情報を掴んできなさい! アルフォンの嫁と認めるのはあの子だけですわ!」

 一方的に怒りに任せて罵声を浴びせると、光を放つ魔法陣へ、フィリアルは怒りをそのままぶつけるようにして、器に入った水をヒンツから受け取り豪快にかけた。

 魔法を発動する前に、小さな器に水をくみとっておいたものだ。

「あ、オウリ様! おまち……」

 魔法陣は、ゆっくりと光を失い、室内が暗くなる。

 器を転がすと、乾いた音が2、3度響き、水の中へ落ちる。

 使えない男達。

 男達が、寝る間を惜しみ、あの手この手で捜しているというのに、なぜ一つも情報がない。どのように、逃走する道を消し去ったのかが、不思議だった。

 逃走すると必ずなにかしらの足跡がある。店に行けば、店主が客の姿を記憶する。それが足跡となる。店に立ち寄っていないのか、それすら、追えない。

(もしかして……いや、でも、まさか――)

 フィリアルの頭の中にひとつの可能性が生まれる。否定したいが、完成し無事発動した魔法陣が、フィリアルの疑問に答えを教えてくれる。

 召還魔法の陣は間違えていない。

 模索し続け、やっと、ようやく成功した魔法。

 まず、陣の中へ引き寄せる人の名前を、詠唱にはスティラーアの名を入れた。

 召還を成功させる最もよい時期を選び、何度も予行練習をした。間違えるわけにはいかない。詠唱は、何度も復唱した。

 そして、当日。日が沈むその瞬間は、フィリアルの魔法の力が最も強くなる。召還を成功へ導いてくれる時間を選び、陣を発動した。

 それなのに、引き寄せられたのは望んでもいない異界人。スティラーアと全く似つかない、幼く無知の少女。

 この陣の上に立っていなければならないのは、立っていてほしかったのは、フィリアルの姪であり、大事な愛弟子だ。

 フィリアルがウィステラ皇国に嫁いだ後、スティラーアを留学と称して呼び寄せ、自ら魔術の扱い方を教えた娘。

 魔法を使う技術と産み出す力と発想力が、フィリアルの想像以上に、優れていた。フィリアルが知る一族の中でも突出した逸材。

 スティラーアの相手は、アルフォン以外いない。

 フィリアルの野望を叶えてくれるのも、姪以外いない。

 留学中に確信したフィリアルは早速、兄のベルティネと共にアルフォンと婚約する準備をしていた。まずは、ウィステラ皇国で婚約式を執り行うことになった。出発の前夜、スティラーアは逃走した。世話役の男と一緒に――。

 逃走したスティラーアを見つけ出す手段に追跡術を使い、一族が行方を捜すが足跡が見つからず、現在何処に身を隠しているか不明な状況だ。

 フィリアルが結婚前に使っていた部屋には、フィリアルが作り出した魔法が本として何冊かしまわれている。

 その中で、フィリアルが唯一、完成させられなかった魔法がある。本に載せられず、諦めた魔法。

 それは、姿を消す魔法だ。これは、姿眩ましに役立つ。発動している間、陣を描いたものを身に付けている限り、追跡魔法では捕らえることができない。

 フィリアルはこの魔法を完成できず、嫁いだ。当時、ウィステラ皇国では魔法の使用を全面的に禁止され、フィリアルはなにも出来なかった。その後、フィリアルの努力によって、緩和はされたが、制限されていることが多い。

 一度浮かんだ疑惑はなかなか頭から消し去ることはできない。そうだと、思えば思うほど、家出をした日から、今日まで、スティラーアの足跡がたどれないはずがないのだ。

「ヒンツ、いるのでしょう?」

「わたくしの姪、もしかしたら、姿を消す魔法を使ったのかもしれないわ。当時、わたくしが、魔法陣に改良に改良をし、作り上げられなかった魔法がひとつだけあるのよ」

 姿を現さず、ヒンツは静かに、「存じております」と素気なく答える。

 フィリアルがまだ、ルスメイア家にいた頃、新しく魔法を作り出すことが許されていなかった。

 改良することは認められており、改良版を作り出すことがフィリアルの役目だった。

 ウィステラ皇国は魔法に対する知識が浅く、使用制限はあっても、作り出すことに制限はない。この国に居続ける限り、フィリアルは新たな魔法を作り出すことができる。

 召還魔法は、ウィステラ皇国にきてから、作り出したうちのひとつ。もうひとつは、美衣歌の身体に直接つけた魔法。あれも、初めて使ってみたが、使える。ただ、やはり簡単に解除できてしまう難点がある。解除方法にアルフォンが気がつかなければ、使えない女でも留めておくことはできる。

「姪が家を出た次の日に、その書きとめておいた紙がわたくしの部屋から突如消えてなくなってたそうよ。もしかしたら――」

「その魔法が発動しているかもしれないと、フィリアル様はそう、おっしゃりたいのですね?」

 フィリアルが言いたいことに察しがつき、続きをヒンツが話し出す。

「そうよ。ヒンツ、杖を」

 ヒンツから杖を受け取り、フィリアルは、微笑した。

 まだ、長年の野望は打ち砕かれていない。

 再度、消し去った魔法陣を描き出した。

 一方的に会話を切ってしまった彼らに、このことを伝えなくてはならない。この魔法は欠点がある。一度追跡魔法をはじくと発動しなおさなければならないのだ。スティラーアが、欠点を改良しずに使っているなら、そこをつけば、見つけられるはずだ。

 陣を描ききる。フィリアルの顔は、怒りよりも勝ち誇った笑みに変わった。

「わたくしから逃げるなんて許しませんわよ? スティラーア」

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