そして勇者は魔王となる
高木健人
プロローグ
「勇者のお話をしましょうか。
むかしむかし……いえ、実はまだたった数十年前のことです。
人間たちは大小さまざまな国を築き上げ、小競り合いを繰り広げながらも平和に楽しく暮らしていました。
勇者はとある大きな国で生まれました。
貧しい家で暮らし育った勇者は母親に楽をさせるため、お国の騎士となりました。
勇者は未熟でしたが、みるみるうちに力をつけていきます。
やがて国でも有名な騎士の一人となり、彼の母もとても喜びました。
しかし病気にかかった勇者の母は間もなく死んでしまいました。
最期は最愛の息子に看取られながら満足した様子で逝ったそうです。
勇者は深い悲しみを覚えましたが絶望はありませんでした。
むしろ、『これからは私のためでなく、お国のために頑張りなさい』という母の言葉を胸に刻み、希望すら抱いたといいます。
彼はますます騎士として仕事に精を出しました。
それからまた数年の時が経った頃、勇者に一つの出会いがありました。
勇者は母の墓参りのために花を買おうと花屋に寄りました。
その花屋の娘に勇者は恋をしたのです。
勇者は剣の腕は立派でしたが恋愛に関してはてんで駄目でした。
そんな己を焦れったく感じながらも、勇者は理由をつけて毎日のように花屋へ足繁く通いました。
少しずつ、少しずつ、彼は娘と話す時間を長くしていきました。
ある日、彼は思い切って彼女をデートに誘いました。
初めての二人きりの時間は騎士の昇格試験よりも緊張し、手こずったそうです。
けれど不器用なりに娘を楽しませました。
いつしか二人で過ごす時間が増えていき、二人はついに交際を始めました。
本来、格式の高い騎士は貴族の娘と結ばれることがほとんどで、平民と騎士の恋愛というのは珍しがられたそうです。
当然、周囲の反対もありました。
けれど二人はそんなものを気にせずどんどん親密になっていき、やがて二人は結婚をしました。
二人の新婚生活はとても幸せなものでした。
また、この頃から『お国のために働く』という勇者の認識が変わり始めていきました。
それからまた数年が経ち、二人の間に子供が生まれました。
とても可愛らしい女の子だったそうです。
勇者も、彼の妻もその子をとても愛しました。
さて二人の娘は親に似合わず活発的だったと聞きます。
興味が湧いたら解決するまでとことん調べ、未知なる地へ出向いた時は目を輝かせながら駆けていったというふうに。
勇者はその頃からいっぱしの騎士として落ち着いた貫禄がありましたし、妻は清楚で真面目でしたから、娘に振り回されるのは日常茶飯事だったでしょう。
娘の無茶に両親二人が見合って困ったように肩をすくめて笑う。
しかし、それが勇者にとっては至福だったのです。
気づけば、『お国のため』だけではなく、『愛する妻と娘の暮らす国を守るため』に騎士としての務めを果たしていました。
娘が十六になる頃のことです。
多少の争いはあったものの、平和だった日々が終わりを告げます。
大海を挟んだ大陸から魔王軍達が人間たちの支配する大陸に攻め入ってきたのです。
人間たちは勿論抵抗を試みます。
しかし圧倒的な力を持った魔物達に人間たちは負けを重ねていきました。
勇者の住まう国は最初に襲われた国よりも遥か遠くにありました。
全大陸に魔物の脅威が知れ渡る頃には人間たちは争いを止めて、手を取り合うようになっていました。
そして、人間たちは国の優秀な騎士を選出し、魔王軍討伐の任を与えることにしました。
勇者もその選ばれた一人でした。
妻も娘もその事に猛反対しました。
何故なら魔王軍との戦いは熾烈になるからです。命が無事な保証はどこにもないのだから――いえ、もっというと命を落とす確率の方が遥かに高いのです。
勇者も当然その事は承知していました。
けれども彼は迷わず戦場に赴くことを決めたのです。
『ここで盾を構えて待っていても、いずれ魔物達は攻めてくる。
そうなったら私はお前たちを絶対に守りきれる自信はない。
もしそうなった時、お前たち二人を守れなかったら……。
私は想像するだけで胸がはちきれそうな思いになる。
そうなるくらいなら、私は大事な人達が傷つく前に行動したい。
お前たち二人が同じように胸がはちきれそうな思いでいることは分かっている。
しかし安心してくれ。
私は必ず、お前たち二人のもとへ帰る。
これは君たち二人を安心させるためだけの言葉ではない。
もう一度言おう。
私は何があっても、この家へ帰ってくる。
これは、約束だ。』
勇者は妻と娘にそう言い残して長い長い旅に出ました。
ここから先の出来事は詳しく語るまでもないでしょう。
軍隊と呼べる大勢の精鋭な騎士達と共に勇者は魔王軍の本拠地・魔界へと足を進めました。
旅の途中、何度も命の危機に晒されました。何百人といた勇者の候補たちはどんどん数を減らしていき、最後の戦いの前には両手で数えるぐらいの数しか生きていなかったそうです。
勇者はそのような危地を何度も乗り越え、また、度重なる激闘を経て更に力をつけていきました。
後に勇者のパーティといわれる勇者とその仲間達三人は徐々にですが劣勢を押し返していきました。
気づけば勇者達は人間界から魔王軍のほとんどを退けていたのです。
祖国から出発して数年間のことでした。
領地を取り戻した人間たちはしかしそれでも満足しませんでした。彼らは恐れていたのでしょう。魔物達は力を蓄え、近い将来再び征服しにやって来るぞ、と。
勇者達も同じ思いでした。
彼らは海を渡って魔界に乗り込む決意を固めました。
魔界に到着してからも勇者たちは獅子奮迅の活躍を見せました。
そうして魔界唯一の国家であり、その象徴となる魔王城の扉を開けたのです。
魔王城の玉座の間で繰り広げられた勇者と魔王の戦闘は三日三晩に及びました。
あまりにも次元の違う戦いは勇者たちの仲間も、魔王の直属の部下である四天王達も手出しができないほどでした。
お互いに命を削りあう文字通りの死闘の果てに、勇者が魔王に勝利しました。
これにより魔王軍は崩壊、人間界の侵略などもはや言ってる場合ではありません。
そうした魔界の混乱に乗じて勇者たちは魔界を脱出し、人間界へと戻って行きました。
世界の英雄となった彼はこの時、『勇気ある者』として勇者と呼ばれるようになりました。
祝福を受けた勇者は、それから元来た旅路を遡るように帰路に着いたそうです。
行きほど時間はかかりませんでしたが、それでも半年はかかったそうです。
出発から帰還までなんと四年もかかりました。
祖国に戻った勇者は約束通り自宅へ帰ってきました。
すると帰りを待っていた妻と娘が飛び込んできて、勇者は地面に背中から倒れました。
けれど痛いはずありません。勇者は胸にうずくまる二人の幸せをそっと抱きしめて、帰りの挨拶を告げました。
こうして魔王を討伐した伝説の勇者はその後、妻と娘と生涯幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
――と、これが人間界で語られている勇者の伝説です。
残念ながら話のほとんどは真実です。
どこまで、ですか。
そうですね、魔王を討伐し、帰路に着いたところまでは真実です。あなたにはお辛いかもしれませんが。
人間たちが虚飾を飾ったのは伝説の最後の部分です。
では、ここから勇者の顛末をお話しましょうか。
勇者は半年ほどの時間をかけて祖国に戻ります。
しかし勇者の出身の国は、魔界に一番近い国から遥か遠いところにあるのです。
ですから、勇者は自分の国の情報を得ることができなかったのです。
例え知ったとしても、彼は耳を貸さずに国を目指したと思いますが。
話は少し遡って勇者が魔界に渡る少し前になります。
平和を確信した、魔物達の被害がほとんどない国は再び争いを始めていたのです。
勇者の祖国もそんな愚かな国の一つでした。
偽りの協力は強い反動を生みました。
これまでの歴史でも類を見ない程の大きな戦争に発展したのです。
幾つもの都市が被害を受けました。その一つに勇者の妻と娘が暮らす街も含まれていました。
大きな戦が起きていたことも露知らず祖国に戻ってきた勇者は驚きで目を丸くします。
知っている街並みが、結婚式の会場となった教会が、第二の自宅ともいえる騎士の駐屯所が、思い出の花屋が……全てが廃墟になっていたのですから。
勇者は我を忘れて駆け出しました。
不幸中の幸いか、勇者の自宅は焼け跡があったり、一部が崩壊はしていましたがどうにか形は残っていました。
勇者は不安と恐怖に支配されながら自宅の扉を開けました。
しかし、最悪の展開は免れました。中には誰もいなかったのです。
そこから彼の行動は迅速でした。
この国に何があったのか、そして妻と娘の消息を求めて勇者は情報をかき集めました。
戦争については比較的早く情報を手に入れることが出来ました。
ただ、国が戦争していたという事実は勇者に深い衝撃を与えました。
逆に妻と娘の方は中々手がかりを得ることができませんでした。
見つからない焦りもありましたが、同時にまだ生きているかもしれないという希望もありました。
そこからまた少しの時が流れ、ほんの少しだけ余裕を取り戻せていた勇者は母の墓を見に行くことにしました。
妻と初めて出会った時、『大事な人には綺麗な花を送らないと』と言われて渡された美しい花束を持って……。
異変にはすぐ気付きました。
母の墓の横には何もなかったはずなのに、何故か新しい墓が二つ並んでいることに。
勇者は花束を放り捨て、墓に駆け寄りました。
全身に走る嫌な予感と、この場を離れろという本能の警告を無視して二つの墓に刻まれた名前を読み上げました。
二つの墓には異なる名前と、同一の性が掘られていました。
また、性は勇者の性と同じものでした。
その時、勇者を襲った深淵な絶望と悲しみは言葉では表すことができません。
ただ、とにかく獣のような、慟哭の雄叫びを上げていたのは確かです。
それは雷雨の降る日のことでした。
この後の勇者の行方は杳として知られてません。
生きてるかも、死んでるかも不明です。
強大な力をつけすぎた勇者は他の人間たちの望みを叶えるように、その姿を伝説だけに残して消えてしまったのです。
以上が、伝説の勇者といわれた人間の滑稽な一生でございます。
さて、今日はもう夜も遅いですし、眠ることにいたしましょう。
それでは、おやすみなさいませ」
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