第1話

低く垂れ込めた雲が勢いよく風に流されていく。


(こりゃ帰り道、雨に降られちゃうかもしれないな・・・。)


雲の動きをみながら強くなってきた風に眉をよせた。

ほんの少し昼寝をするつもりで屋上にあがっていたのだが、何時間寝ていたのか気がつけば放課後になっていた。誰かが屋上にあがってきてドアの音で目が覚めたのだ。

屋上にあがる階段の屋根の上。他のどこよりも高い場所から誰が屋上にあがってきたのかを見下ろした。



交わされる男女の声、3年生のガタイのいい男が何事かをボソボソ言って頭を下げ、綺麗にラッピングされているハンカチのようなものを差し出した。プレゼントのようだ。



つややかに濡れたような黒髪、後ろ姿からでもわかる。同じクラスの筒木つつぎ 輝夜かぐやに違いあるまい。彼女はそのハンカチを受け取ると、少し眺めただけで突き返した。



「私が欲しいと言ったのはこのような布ではありません。火にかけても燃えない布と申したはずです。」



「そんな!ま、まってくれ防火用のカーテンでつかわれている耐燃性の布をつかって特注したハンカチなんだ。せめて俺の気持ちだとおもって貰ってくれないか?」



「くどいです!二度はありません。お引き取りください。」



男は剣幕におされ、大きなガタイを小さくしてハンカチを引き取るとスゴスゴと屋上から退場した。2年生の彼女が先輩の告白をけんもほろろに追い払うところを見てしまったわけだが、俺は本当にウワサの通りなのだなとある意味感激していた。



なんでも彼女に告白するために待ち行列ができていて、ファンクラブのなかで序列上位にならないと告白もできないそうだ。抜け駆けしようものならファンクラブからリンチを食らう。そして、告白までたどり着いたとしても、かぐや姫よろしく無理難題をふっかけられて片っ端から断わられているそうな。普通に断ると逆恨みなどが怖いのだろうか?



当のご本人は東の空にあがってきた満月が雨雲に隠れるのを物憂げな表情で見ているわけだが、あまりにも絵になりすぎていて、確かにコレはと呼ぶにふさわしい存在だと納得するのである。こりゃファンクラブもできるわね。・・・俺も入っちゃおうかな。



風に吹かれ輝夜かぐやの長い髪が顔にかかる。耳にかけなおそうと顔があげられ俺と目があった。彼女の大きく見開かれた黒い瞳はみる者を惹きこむ。




「盗み見とは趣味がよくありませんわよ。寄神よりかみくん。」


「・・・よぉ筒木。盗み聞きとかはするつもりなんてなかったんだけどさ、ま、聞こえちゃってな。いや、俺のほうが先客だったんだぜ?」



ひょいっと飛び降りると輝夜の前に立った。


「それにしても、お前こんなものが欲しがってたんだな。」


首をかしげる輝夜に差し出す俺。


「ほれ、これ。JAXA《宇宙航空研究開発機構》に勤めているおじさんがくれたんだ。軽いし薄いし丈夫だしで屋上でねっころがるときに重宝してたんだけど、君にあげよう!」



銀色のシートを渡す。



「次世代の宇宙服につかうシートだってさ。カーボンナノチューブで編んでから炭化させてるから実質もう燃えることがない。そんで、積層アルミでコーティグしてあるから保温遮熱性もばっちり。従来品は260度まで性能不変だったのから、なんと!こちらの布は500℃以上から1000℃まで大丈夫!石がガラス化しちゃうような高温にまであげなければ燃えも溶けもしない布ってわけさ!」



おどけて両手をひろげながら回る俺。

大きく目を見開く輝夜かぐや

しばらく銀色の布を眺めていたあとに真剣な表情で俺の目を見つめ返すとこういった。



「わかりました。私達、結婚しましょう。」



今度は、俺が大きく目を見開く番だった。

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(恋愛ラブコメ)ハードモードな恩返し のーはうず @kuippa

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