魂見少女

槙村まき

死ノ神、在ル時

プロローグ

 物心がついて、気づいたときには幽霊が見える光景がそこにあった。いや、両親の話からするには、産まれたときから見えていたのかもしれない。両親は、その話をするとき、必ず先に「不思議なんだけどね」と始めていたが、最後には「まあ、赤ちゃんだったらよくありそうな話だけど」と締め括っていた。そして内容は、「人のいないところに視線が向いている」や「誰もいないところに向かって、笑顔で手を振っている」というものだった。だけど、赤ちゃんだったあの頃は(いや、記憶はないのだけど)言葉を喋るなんてできはしなかったが、もしその時に僕が口を聞くことができたら、「そこにヘンなものがいるぅー」とか「なにあれ、きゃはは」とでも言っていたのだろうか。まあ、わかりもしないありえない昔話にもなりえない、赤ちゃんの頃の話だけど。

 とにかく何が言いたいのかというと、僕は【幽霊】が見える。

 半分ぐらい透けてぼやけていたりする、実態がなく浮遊しているだけの僕らに似たそれらは、日常生活の中のいたるところにいて、僕たちとは違う世界にいるかのように互いに干渉しようとしない。いや『見える』のは(恐らく)僕だけで、他の人には見えていないのだろうから、僕以外は干渉のしようもないのかもしれないけど。僕が幽霊だと思っているそれらは、ただそこらにいるだけでこちらに干渉しようともしてなかった。僕が十五年間生きていた限りでは、人間に害をなす幽霊はいなかった。人間に害をなす人間は数多いるのだけど――。

 人は普通とは違うものを嫌う傾向にある。

 それは特に、人と違うものを持っていたり、人とは違うものを見えていたりする者に過剰に反応していじめに発展するのだろう。

 だって僕がそうだったから。僕が幽霊を見えるがゆえに。見えることを人に話がために。僕は小学校に入ったころからいじめにあっていた。

 物心がついて喋ることができるようになったころ。幽霊の話をすると、両親は「なに言ってるのかしら、この子は」「子供の想像力は巧みだからね、とてもいいことじゃないか」と気味悪がったりせず、特に父は、想像力がある息子が将来創作の何かに就くのではないかと、夢を追いきれなかった自分が成し遂げられなかったことを成し遂げてくれるのではないかと、子供のようにはしゃいでいたのをよく覚えている。つまり両親は、信じてはくれなかったけれど、類い希なる(親馬鹿もあるだろう)想像力として絶賛してくれた。

 だけど近所の大人たちは、僕が見えることを話すと気味悪がった。「何あの子気味が悪いわ」と、口癖かのように様々の大人たちに言われた。大人のそういったことは、子供にも伝染することがある。小学校に入って一週間足らずで、近所に住んでいる同じ年のクラスメイトに「おまえ、ゆうれいがみえるってうそついているんだろ? あのこはうそつきだからあそんじゃいけないって、かあちゃんがいってたぞ」と言われてしまい、もし今の僕だったらここで「幽霊なんか見えやしないよ」とか言っていたのかもしれないが、その時の僕はまだ幼く判別がつかなかったがために、「うそじゃないよ! ぼくほんとうにゆうれいがみえるんだから! ほら、あそこにあかいふくをきたこどものゆうれいがいるんだよ!」と返してしまい、それが悪かった。もし相手が少しでも寛容だったら、笑って「へんなのー」とか言われたかもしれない。だけど相手が悪かった。相手はガキ大将といったら一番ふさわしいだろう、いつも自分の手下を近くに従えている、いじめっ子気質の少年だったのだから。だからすぐにいじめが始まった。しかも運悪いことにクラスが二つしかない学校だったから、すぐに学年中に僕が「幽霊が見えると嘘ついている気味の悪いやつ」というのが定着してしまい、知らない子からも「うそつきうそつき」とありもしないことを言われ、先生からは煙たがられていた。

 小学校一年の頃は、堂々と「うそつき! きもちわるいんだよ!」とか言われるだけで済んでいたものの、歳を重ねるごとにいじめは酷くなっていった。

 最初は靴の中に泥を入れられた。その次は昆虫を。そして、靴がなくなった。

 次は廊下で後ろから押された。「邪魔なんだよ」と怒鳴られた。

 次はどこで覚えたのかお金を出せと脅された。子供のくせに一万円を出せといわれたが、持っていなかったがためにその日、僕は初めていじめで蹴られた。

 それからはどんどん「いじめ」は過激になっていった。ゴミ箱の中身を頭にぶっかけられたり、教科書を破り捨てられたり、いやここら辺はまだ可愛い方だ。ある日机の中から腐臭がして見ると死んだカラスの死骸が入れられていた。僕は思わず吐いてしまい机は汚物まみれになってしまった。泣きながら自分で机を雑巾で拭きとっていたのを今でも覚えている。

 殴られる、蹴られることはしょっちゅうだった。気がついたら僕は、クラスのガキ大将の憂さ晴らしのサウンドバックと化していた。何度祈ったことだろう。あいつに何も嫌なことが起こりませんように、って。だってあいつに嫌なことがなかったら、良いことがあったら僕は殴られたり蹴られたりしなかったから。なんて的外れなのだろうと、今の僕なら笑うことだろうけれど。

 いじめは子供に知恵がつくにつれて、より陰湿になる。

 小学校のメンツがそのまま繰り上がった中学時代は酷かった。

 ある日給食の中に虫が入っていた。教卓に先生がいるにも関わらずに。僕の席は教卓に近かった。後ろからは男子に交じり女子の笑い声も聞こえていた。僕と机とくっつけて、いじめっ子の少年は子供の頃の笑顔そのままにただ学ランに身を包んだだけのそいつは、「あれー? どうしたのー? さっきおなかすいたぁーって言ってたじゃん。食べんの?」と友達面をして、食べるように催促してきたのを思い出す。先生に、「どうした、体調悪いのか?」と心配されたが、目の前にいる少年の目が、食べろ、食べろ、と催促していたものだから食べざる終えなく、僕は目をつぶって「それ」を口にいれ咀嚼せずに飲み込んだ。何とか全部食べ終えた僕は、そのあと直ぐにトイレに駆け込み吐き出そうとしたが、それさえ阻止されてしまい、翌日便で吐き出すまで僕はとても気分が悪かった。

 別の日はトイレに閉じ込められた。それも人があまり寄り付かない、選択教科の教室しかない階の女子トイレの中に。トイレの出入り口は横開きだったが、壊れて片方しか開け閉めできなくなっていた。しかもそれは外側からつっかえ棒をしたら(その時はモップだった)簡単に開かなくなってしまうものだったから、僕は扉をどんどんと叩く度胸も気力もなかったため、大人しく一時間サボったことになったしまった。最悪なことに一番厳しい先生の授業を。その後どうしてサボったのかと、先生にこっ酷く問いただされ怒られたが、何も答えられなかったのを僕は口惜しさと共に思い出してしまう。

 そんな僕にも二年間。とても楽しい学校生活を送っていたことがあった。

 それは小学校四年生の一学期だ。新学期、また今年もいじめられるのかと半分あきらめかけていた僕だったが、新学期と同時にきた転入生によりその生活は今までと一変した。

 彼女は、責任感が強く人思いで優しかった。

 彼女はすぐに僕に対するいじめに気がついた。あれは確か僕がいつものように彼の鬱憤を晴らすためのサウンドバックとなっていた時だったはずだ。人気のない校舎裏だったのだけど、その日彼女は僕たちの不穏な様子が気になり後をつけてきたという。そして僕が殴られ、蹴られる光景を見つけた。彼女はすぐさま割って入ってきて、それを止めてくれた。彼女は転入してきて一週間足らずだったが、女子にとても人気があったため、ガキ大将は一歩足を引いた。さすがの彼も女子を殴ることはできなかったのだろう。

 それからというものの僕は彼女に守られていた。男なのに、女に守られる。とても惨めでしょうがなかったが、それでも僕はそれから二年間は平穏にすごしていた。主に彼女と二人で遊んでいたのだけれど。

 彼女は幽霊のことを信じてくれた。僕の言うことを、「きみがうそつくとはおもえないから!」と笑顔で信じてくれた唯一の人だった。


 本当に幸せだった! といま思い返してもそう思う。

 だけど、今の彼女は幸せなのだろうか?


 僕は二年間、平穏に過ごした。とても楽しい楽しい日々を。だけどそれは五年生が終わるころまでだった。


 ある日、ある時。

 車が二台、正面衝突した。


 一台にはまだ免許を取ったばかりの青年が、そしてもう一台には、彼女と彼女の両親が乗っていた。その三つの命を奪った大きな事故で、彼女はどうにか一命をとりとめたらしいが、入院したまま一度も面会することができず、行く宛を告げることなくどこかの親戚の家に引き取られてしまった。

 そして――。

 感傷に浸る間もなくいじめは再開された。

 何度、抗おうと思っただろう。だけど、それをする勇気がなかった。力が無く弱い僕では、大柄の少年に一発見舞うどころか、その取り巻きにすら敵わなかったのだから。

 なんて馬鹿げている世の中だ、と呪ったこともあった。だけど、『普通』が求められる世の中で、幽霊の見える僕は独りだった。引きこもろうとも思ったこともある。だけど、お父さんとお母さんに迷惑はかけられなかったから、僕は嫌でも学校に通っていた。


 そんな僕にも六月に転機が訪れた。

 それは父の転勤だ。しかも海外に!


 まあ、さすがに外国ということで、僕はそこでの生活は無理だと思うから、着いて行くことはできなかった。母は父と一緒じゃないと嫌だから、と着いて行ってしまったけど……。

 とにもかくにもまあ、僕の人生に、とても素晴らしい転機が訪れていることは明らかだ。

 僕はこれから、母の妹で叔母である、美奈子さんの家に居候することとなっている。

 都心であるが、都心でない。そんな、都の片隅に影のように存在している町へ。

 新たに始まるだろう生活に期待を寄せ。

 ただただ電車に揺られ、ドキドキ高鳴る胸を押さえ。

 僕は――


 忘隠町にやってきた。


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