第三部:淫靡五怪傑編

第一章:男には女の言葉が五割増しで刺々しく聞こえる

第35話 嘘だと言ってよ球体魔人

出火の原因はガス爆発。


どうも、大浴場のガス設備に、ありえない自己流改造を施そうとした何者かが、その途中で煙草を吸おうとライターに火を付け、当然のように大爆発を起こしたらしい。


この説明を聞いた人間は、誰もが『わけがわからない』というような顔で首を捻っていたが、それが真実なのだから仕方がない。


ダーウィン賞の歴史を見てみれば、もっと愚かしい原因で大惨事を引き起こした者など山のようにいる。起こってしまった以上、それがどんなにバカげた内容でも『ありえなくはない話』だ。


消火活動は、屋敷の主であるセンジ自らの魔術によって円滑に終了。ご近所さんが呼び出したらしい消防署の人が駆けつけたころには、彼らのやることは書類整理などの後処理のみだった。


ただし、消火活動が簡単に終わったということは、必ずしも被害が少なかったことと同じではない。


火事が残した奈良家への傷跡は、かなり深刻なものだった。

外装は石造りだが、内装は木などの燃えやすいものでできていたのだ。入るのは危険だということで、消防士の人たちからは安全が確保されるまで家に入るなと厳命されてしまう。


全体的に見れば、無事だった部分の方が多いのだが。奈良家の住人に、それに逆らってまで中に入りたい用事も特になかった。


おそらく三時間もしない内に安全の確保『だけ』は終わるだろうということなので、ひとまず近くの喫茶店で時間を潰すことにする。


そこは全体的に落ち着いた、見るからにアンティーク調の店だ。テーブルから椅子から時計から、何から何まですべて木造。コーヒーの良い香りが漂っており、この空間そのものが骨董品に近い味を醸し出している。


「さあ、どこから話しましょうか」


むすりとした顔で発言するのはセンジだ。

テーブルの向かい側に座っているのは、センジの母親の服を着込んでいるシィプと、上着を返してもらったリンゴの二人。


母親の服を借りるという提案をしたのはセンジで、シィプは当初それに反対していた。だが『裸同然の姿でうろつかれた方が奈良家にとって迷惑よ』という、反論のしようが一切ない正論によって説き伏せられてしまっていたシィプは、渋々とセンジの母親の服を着こむことになってしまったのだ。


どんな理由にしろ、館の奥様の私物を漁ったシィプは大目玉だろう。

こんなことになるならば、メイド服を複数用意しておけばいいのにとリンゴは思うのだが、なにか事情があるのだろうか。


「あ。リンゴにまず補足ね。本題とはまったく関係ないんだけど」

「ん?」


センジが思い出したように、つらつらと述べる。


「あのメイド服、自己再生と自己洗浄の能力があるから一着あれば充分なのよ。明日になれば完全に元に戻ると思うわ」

「……し、親切っすね。確かに気になってはいたんすけど」

「あとついでに、銀の刺繍や装飾とかが主張を強くし過ぎない程度に色んな場所にあつらわれていてね。デザイン面でも機能面でもこだわりすぎて、奈良家の財力や影響力をもってしても一着しか作れなかったのよ。まさに奇跡の一着。職人さん、あれ作った直後に感動しすぎて『我が生涯に一片の悔いなし』って叫んでショック死したらしいし」

「魂込めすぎでしょ」


リンゴの持っていたおおよその疑問は氷解した。

それを確認したセンジは、話を本題に戻す。


「あの球体魔人との出会いは、そうね。あの大穴のことは知っているかしら? 不法投棄の温床で、自殺の名所でもある大穴のことよ。

あれは大体四ヶ月前、私の学校の文化祭で、お化け屋敷をやることが決定したころのこと。大穴周辺に転がっているジャンクが飾りとして使えないかなー、と私は放課後、そこら辺をぶらぶらしてたの」

「あそこに行ったんですか?」


かなり落ち着いた色合いのワンピースを着こんでいるシィプが、落ち着きのない様子で口を挟む。

予測はできていたのだろうが、センジはその反応を辟易した調子で受け流した。


「別にいいじゃない。そんなことに一々あなたを駆りだしたくないわよ」

「『そんなこと』が私の仕事なんですが」

「まあとにかくジャンクがそこら辺に落ちてる大穴の周りに行ったのよ。一応言っておくけど、流石に大穴の中に入ったりはしてないわよ。一度入ったら、かなり下準備してない限りは出られないし」


シィプの注意を無理やりねじ伏せ、センジは一息吐く。


「……で、アイツに出会った。んで、気に入ったから個人的に家に連れ込んだのよ。以降、今日までずっと奈良家にいたわけ」

「なんか面倒臭くなって色々スッ飛ばしただろ」


リンゴがそう指摘すると、いよいよセンジの機嫌が斜めになる。

彼女は器が大きいクセに、つまらないことに腹を立てる天才だ。頬杖を突き、そこら辺を見て口を閉じてしまった。


「……わ、悪かったっすよ。話の腰を折ってごめんなさい。続けて」


リンゴが根負けし、あまり正当ではない謝罪を口にしたことで、ようやくセンジは詳細を話す気になった。


「シィプ。私がかなり前に家に持ち込んだ、スイカの二倍くらいの直径のあるメタリックな球体を覚えてる? 表面にアルファベットのDが書いてあって、その上に魔除けのお札がバシバシ張られてたヤツ」

「ああ。あの趣味の悪いオブジェのことですか? 忘れかけてましたね」

「あれが客人よ」


シィプは虚を突かれたように目を見開き、固まる。

幾許いくばくかした後、心底驚いたかのように口に手を当てた。


センジはニヤリと笑う。


「魔術に疎いあなたにわからなかったのも無理はないわ。あれ、かなり高度な魔術式封印が施されてたのよ。一体何が封印されているのかは、解いてみるまでわからないけど、かなり厳重に精密にロックされていたから、暇潰しに解いてみるのも悪くないと思った」

「……ああ。なるほど。道理で……」


その封印の解除が、どれほどの難作業だったのかはわからない。

だが予兆や余波として、センジにちょっとした恩恵を与えていたのは確かだ。


前にそれを見たことがある。センジは、リンゴの身を縛る拘束着を一瞬で解除してみせた。いつの間にこんな能力を身に着けたのかずっと疑問だったが、四ヶ月前から訓練していたのであれば頷ける。


魔術という学問が嫌いなセンジ自身はまったく気付いていないが、彼女には解呪師ディスペラーとしての才覚があるのかもしれない。それも両親よりも遥かに質のいい才能だ。


シィプが感動していることなど気にも留めず、センジは肩を竦める。


「で、封印の解除は今日終わった。なんか捗っちゃって、深夜一時まで寝ずに作業してたのよ。結果として出てきたのは、自称星術師だとかいう妙ちくりんな球体魔人……見ればわかるけど、口伝だとこうとしか形容できないわ」

「ちょっと待って、お嬢様。星術師って地球人類しかなれないんじゃなかった?」


リンゴの疑問には、シィプが答えた。


「星術師は地球人類か、地球出身であるならば誰にでもなれます。自分の意志さえあれば無生物にだってなれるんですよ。ロボットとか」

「へえ。あー……そういえばそんな記憶あるかも……」


リンゴは納得し、引き下がる。

そろそろ本題だ。一体その球体魔人はどうしたのか。何がどうなって風呂場を爆発させたのか。


当時の様子を回想するセンジは、苦々しげに語る。


「ヤツは言ったわ。一字一句覚えている。『俺様を助けてくれたお嬢ちゃんに、お礼をしよう。ランプの魔人っぽく三つだけ願いを叶えてやるぜ。さあ言ってみろ』ってね。

あんまり私を責めないでちょうだい。星術師になるだとか、お父様とお母様に認められたいだとかは、流石に願いとして非常識だと思ったのよ。そこまでの力があるのか疑問だったし。

だから試しに『夜食を作って』って願ったわ。『とびっきり豪華なヤツ』って。結果として出てきたのは重油と軽油とガソリンと乾電池各種。なんか徹底的に『これお前の好みじゃねーか』ってくらいの機械生命体式フルコース。

流石に人間の私が食べたら死ぬから、それは球体魔人にあげたのよ。美味しそうに平らげた後で、私が二つ目の願い事を言おうとしたら、なんて言ったと思う? 『この料理を食べろ、を二つ目の願い事としてカウントしてるから、次の願い事が最後だ』ですって。ぶち殺そうかと思ったわ」


確かにランプの魔人としての矜持も何もない。

シィプとリンゴの二人が、その様を想像してげんなりしているところに、センジは続ける。


「でもまあ、一応どっちの願いも叶えてくれたのは確かだし、最後の願いはこうしたわ。風呂場を掃除してちょうだいって。で、私は寝た。起きたら舞子の騒動が起こってて、あーだこーだやっている内に、風呂場がドカン。現在に至る。

お願い二人とも。私のことを思いっきり笑ってくれないかしら。本当間抜けでしょ?」

「いや笑えません。今どこにいるんですかそいつ。私が始末します」


シィプはオートマチック式の拳銃を構えながらセンジに訊く。無表情だが、瞳孔が開き切っている。顔にかかっている影も心持ち濃い。明らかに激怒していた。


普通に考えれば、その球体魔人はどこかに逃げたのだろう。

そして、書置きに星術師協会に連絡しろと電話番号が書かれていたところを見るに、彼は自称ではなく本当に星術師だったに違いない。

そこまで考えたリンゴは、はたと気づく。そして認識を改めた。

あのメモは球体魔人と星術師協会を繋げる証拠にはなりえない。適当な法螺ほらを吹いて逃げた可能性がある。


「そういえばお嬢様。あのメッセージに言われた通り、星術師協会に連絡したの?」

「したわ。あのメモに書かれていた名前を告げたら、なんか電話口でもわかるくらい大慌てしてたけど。ちゃんと全部補償してくれるって」


これで完全に決まりだ。自称ではなく、その球体魔人は本当に星術師だったのだろう。


リンゴは追って確認する。


「ディーズスフィア……だっけ。どんなヤツなの?」

「さあ? 私、そこまで星術師の事情に詳しいわけじゃないし」


そういえば、センジが星術師になろうと思ったのは衝動的なものだった。

ならば、そのディーズスフィアの素性を知らなくとも責められはしないだろう。


センジは不快そうに眉を歪める。


「悲しいくらい空回りしてたけど、なんとなくいいヤツだったわ。胸糞悪くなるくらいね。一応、私を喜ばせようと本気で四苦八苦してたのは伝わってきてたし」

「お嬢様。結果を見てください。すぐにそいつを殺しましょう」


まだシィプの瞳孔は開き切ったままだ。隣に座っているリンゴが適当に宥めて、やっと矛を収める。


センジは奈良家のことを思いながら、遠い目になった。


「まあとにかく、補償してくれるというのなら乗っかるわ。タダで補修工事やってくれるもんだと思えば、腹も立たないでしょ。結局風呂場は綺麗になるわけだし。万事塞翁が馬ってね。今の一番の問題はそこじゃないわ」


センジの視線がジロリ、と二人に返ってくる。


「……舞子は今、シィプの異空間の中よね?」

「はい、お嬢様。薬品の効果が切れるまでは、彼女は夢の中でしょう」


シィプは礼儀正しく、丁寧に答えた。今のシィプが着ているのはメイド服ではないが、仕事はキチンとこなしている。


リンゴはずっと疑問に思っていた。シィプは大量の武器を、どこからともなく出現させていたが、一体どういうカラクリになっているのだろうと。


その疑問は、先ほどの舞子への対応で解決した。


シィプのボリュームのある髪の中に『畳んだ空間』があるのだ。それは見た目よりもずっと広く、大きい。外から見れば小さいが、中に入れば無限に近い空間が広がっている。そこから何を取り出すかはシィプの自由自在。


生体センサーと同時に、シィプが持っている人造人間としての機能だ。


今そこに、薬品で眠らせた舞子を幽閉させている。警察に突き出してもよかったが、同郷のよしみで『それだけは勘弁しましょう』とシィプが懇願し、センジもそれを了承したのだ。リンゴもそれでいいと思った。


ところで、できることなら好奇心に任せて異空間に入ってみたいとリンゴは密かに思っていたのだが、それを言う勇気はなかった。


――しかし、気になる。本当に気になる。あの羊に似たモコモコの髪の中の異空間。どのような内装になっているのだろうか。


いつの間にかリンゴの視線に気づいたシィプは、銃を仕舞い込み、顔を赤くしてモジモジする。


「あの。いつまで見ているんですか? ちょっと恥ずかしいのですが」

「……あ」


無意識でのことだったので、リンゴは自分の迂闊さに気付くのに時間がかかる。シィプが顔を赤くしている理由を理解し、リンゴは視線をすぐに逆方向へと向けた。


――気まずい。


リンゴは口をへの字にし、黙り込んでしまう。


「別にいいじゃない。入りたいって言えば」

「ひゃん!?」


センジの提案と、シィプの艶っぽい悲鳴。

何事かとリンゴが振り向くと、自分の席から立ち上がったセンジが、シィプの髪に手を突っ込んでまさぐっていた。


シィプは何故か顔を火のように真っ赤にして、切なげな弱い抵抗を見せている。


「ん……なんだこれ。なんか湿ってて柔らかいものに触っちゃった」

「あ、いやっ。そこはっ……!」

「なんだろうこれ。どんどん湿る。あと柔らかい。まるで体温のような……」

「ああんっ! お、お許しをお嬢様。そこは私の、ゲフンゲフン! とにかくやめてください!」


――先輩のなんだって!?


リンゴの目が一瞬にして血走り、先ほどの恥じらいを吹き飛ばした。

小さい痙攣を繰り返すシィプと、興味のままに探索を続けるセンジを凝視する。


「あ……お? おお? ……おお。なんかジョリッとしたわ」

「え。嘘っ。処理は念入り、にぃっ……!」

「ちょっと待って。異空間だよね!? ワームホールじゃないよね!?」


リンゴに答える者はいない。シィプは正気を失っており、センジも詳細を知らないからだ。


「うーん。趣味で自己改造するようなヤツだからね。ワームホール化させててもおかしくないけど……あ、リンゴもやれば?」

「はっ?」

「二人なら正体もすぐわかるでしょ」

「はっ!?」


願ったり叶ったりの提案ではある。

だが、果たしてこんなことをやっていいのだろうか。ここは喫茶店だ。食器を磨く店主の『うわぁ』という視線が突き刺さる。何よりもシィプをこれ以上責めていいものだろうか。


そんな葛藤をしている中、気付いた。

手が勝手にシィプの髪へと吸い込まれていく。


――こ、これは俺の本能か!


リンゴは理性で拒むが、しかし汗ばんだ手はシィプの髪へと向かう。

シィプ本人は、荒い呼吸でその様子を見ていた。彼女からの拒絶はない。むしろ期待が瞳に滲んでいる。


リンゴは自分の限界を自覚した。最大の敵は自分だったのだ。


「ご、ごめん先輩! 好奇心には逆らえないよ!」


リンゴは自分に負けた。もう欲望に逆らえそうにない。


「何をしているんだ貴様ら」


そこに朗々と響き渡る声。

奈良家の三人が我に帰り、首をその方向へと向ける。


青いスーツに身を包んだ、長めの茶髪の男がいた。年の功は大体、リンゴと同じくらいだろうか。

その後ろに追随して、和服の少女もいる。歳はセンジより少し上程度で、袴を着込んでいた。右目の周りに黒い蛇のような鱗があるところを見るに、怪人だろう。どこか不機嫌そうに奈良家のことを見ている。


センジの手を髪に突っ込ませたまま、シィプは敵意に顔を険しくした。


「あなたはっ……!」

「よせ。今日は貴様と小競り合いをする気はない」


多少うんざりした様子でシィプをいなし、スーツの男がセンジに目を向ける。

センジは、それに応えて嬉しそうに笑う。


「遅かったじゃない。あなたがここに呼んだ割には」

「色々とあるのだ。まあそれは置いといて」


そこで男は息を吸い込み、意識を切り替える。

意気揚々とした顔になり、自信満々の声色で、仰々しく言った。


「岩手グループ総帥、岩手スバル。こちらは私の友人のテスカ。お呼びに応じてくれて感謝感激雨霰、だ。過去のことは水に流して、ひとまず私の話を聞いてはくれまいか」

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