第31話 ダンシング・イン・ザ・舞子ズ
舞子の能力の真価は、屋内でこそ発揮される。
そもそも彼女のデザインテーマは『諜報員の天敵』。普通の警備では片付けられない、伝説級のスパイを待ち構え、迎撃するために作られた人造人間だ。
一つ。監視の目を増やすこと。
一つ。一部が殺されても全体的な防衛能力が死なないこと。
一つ。執念で追いつめること。
これらを一人で
弱い分身体は淘汰され、他の分身体に統合される。そして統合された情報をもとに、最適な進化を遂げながら延々と敵を追いつめる。
遺伝的アルゴリズムによって、最終的に残った最強の集団が、諜報員を始末する。
倒しても倒してもキリがなく、むしろ更に厄介になっていく。故についた異名が『天王星の鼠』だ。
分身体は、統合されるまではお互いの情報を知り得ない。無線機でも持っているのならば話は別だが、相手がシィプのため、今回はその手を使わないことにしている。
前回シィプが無線機をジャックし、包囲網を撹乱させたことがあるためだ。逆利用される恐れがある以上、その手は絶対に使えない。
それが舞子の学習の出した結論だった。
「ん?」
とある一体の舞子は、二階の廊下を歩いている。そのとき、窓の外で爆音が響く。これはおそらく中庭の方角だろうか。
窓に近寄り覗いてみれば、舞子の集団が目についた。
その中心にいるのは、傷だらけになり、必死に舞子の集団に抗っているシィプだ。
「見つけたにゃーーーん!」
歓喜の声を上げながら舞子は窓を突き破り、二階の高さから綺麗に着地。すぐさま舞子の集団に走り寄る。
そのとき、戦闘能力を失った一体の分身体が、走り寄る舞子に統合された。
どうも、リンゴという後輩がシィプの補助をしているせいで、かなり手こずっているらしい。
統合された情報を処理しようと立ち止まっている隙に、何人かの舞子が爆音と共に、纏めて宙に吹き飛んだ。
彼女たちは戦闘能力を失い、消えて他の分身体に統合される。
爆音の中心にいるのは、ヒビだらけのナイフを両手に構えたリンゴという執事だ。忌々しいことに、彼が舞子の邪魔をしている。このとき完全にリンゴは、舞子にとっての『敵』として学習された。
戦力を再計算。その結果『人数が足りない』ということに気付いた舞子は、口惜しく思いながらも踵を返し、屋敷へと戻っていく。この騒ぎに気付いた何人かの舞子も、同様に屋敷に引っ込んでいるようだ。
そして、新しい分身を製造しようと意識を集中させる。目を瞑り、十秒ほど注力していれば、今の舞子とまったく同じ情報を得ている分身体のできあがりだ。
分身ができる寸前、背中にどんという衝撃が走る。
分身を作る作業を中止し、周りを見てみるが、この屋敷の主である奈良センジがいるだけだった。
舞子の現在の仕事は、シィプを片付けることのみ。センジのことはどうでもいい。
能力の根源、妄執の性質によってセンジを無視した舞子は、中断した作業を再開。そして、新しい分身体ができあがった。
その分身体をそこに残し、戦力の増産という仕事を任せた舞子は、今度こそシィプへと向かう。
おそらく置いてきた舞子も分身体を作ってから、その舞子に増産作業を任せて、同じことをするだろう。
こうして永久機関は完成する。
無限に戦い方を学習し続ける舞子と、体力に限界のあるシィプとリンゴ。
このままの状況が続けば、勝つのは舞子だ。
リンゴの戦闘能力だけは予想外だったが、それも問題はない。あと一時間程度で彼の分析も終了する。そのときこそが彼らの詰み。
舞子が勝利し、シィプのすべてが舞子のものとなる。
◆◆◆
「あとちょっとかな」
肩で息をしながらリンゴが訊ねる。
完全に壊れてしまったナイフを手放し、それを合図にして、シィプが新しいナイフをリンゴに投げ寄越した。
シィプは状況を分析し、リンゴに答える。
「……いえ。もうちょっとです。あと少し。あと三体ほど倒さなければ」
「でもそろそろ学習が追いついてきてるよ! 俺の剣術が避けられ始めてる!」
「そんなこと知りません! あと三体です!」
叱りつけられたリンゴはびくりと肩を震わせた。そのあと、新しいナイフの調子を確かめながら舞子に向き直る。
「くそ。わかったよ。かなり無理があるけど、あと三体だな?」
「ええ。それでパーフェクトです。頼みましたよ。私はあなたを庇うので手一杯ですので」
能力発動中の舞子の世界はシィプを中心に回っている。故に、舞子は『シィプのことをリンゴが補助している』と認識していた。
だが今現在、舞子に通じる攻撃を繰り出せるのはリンゴのみだ。つまり実際のところはまったくの逆。
リンゴのことをシィプが補助している。
それは、舞子との戦いにおいて、シィプにはそれだけしかやることが残されていないということの裏返しだった。
リンゴが力尽きた瞬間、またはリンゴが学習し尽くされた瞬間が奈良家の敗北。
センジには他にやってもらうことがあるため、直接的な戦力にはカウントできない。作戦の変更が必要になるようならば、結局舞子には敗北してしまうだろう。
「次の一閃で全部尽きても構わない。全力で行くよ、先輩!」
「背中は任せなさい。せめてあなたの攻撃が上手くいくように、お膳立てはしてあげましょう」
あらゆる生物にとって、一番隙が大きくなるのは攻撃の瞬間だ。リンゴとて、それは例外ではない。
だがその隙は、シィプが全力で埋める。その点において、リンゴはこれ以上ない心強さを感じていた。
リンゴが、動く。前方にいる三人の舞子を選び、攻撃をしかける。
そしてリンゴがカバーしきれない角度から、舞子たちが襲撃する。それらはシィプが必死に対処した。時間稼ぎにしかならないが、それでいい。
リンゴは意識をすべて攻撃に集中。
右手のナイフで、第一の舞子の首を薙ぎ払う。左手のナイフで、第二の舞子の額に深々とナイフを突き刺す。
その後、最後の舞子に攻撃をしかけようとしたところで、両方のナイフが砕けてしまった。
リンゴは目を見開く。こんなはずではなかったのだ。
――まさか、この舞子たち。俺の剣術の波を捉えたのか!
リンゴの剣術の最大の弱点は『道具の寿命が高速で訪れること』だ。しかし新品のナイフでなら、二撃までは充分堪えうる計算だった。
それにも関わらず壊れたのは、攻撃を受けた瞬間、舞子たちが道具の波を狂わせたからだろう。
これはつまり、舞子たちがリンゴの剣術の極意を『学習』したということに他ならない。
リンゴは驚愕した。それと同時に、彼の胸の中を満たす感情は絶望――
「ふざけるなッ!」
ではなく、怒りだった。
とびっきりの激怒。シィプにすら教えることを渋った剣術を、こんな形でコピーされたことに対して、リンゴは体中が燃え上がる錯覚を起こす。
その気にあてられた第三の舞子は、ビクリと一瞬だけ体を硬直させる。
まだ舞子には学習していないことがあった。
リンゴの性格と主義だ。
それが決定的に、運命を決定づけた。
「うがあああああああッ!」
体を硬直させた舞子は、ありえないスピードで距離を詰めたリンゴの、ありえないパワーで放たれた右拳によって、ありえないほどのダメージを顔面に負い、わけがわからないまま戦闘不能となる。
しかし、リンゴは第三の舞子が気絶した後も、胸倉を掴み、殴り続ける。
その様を目の当たりにした舞子総勢二十人とシィプは、仲良く口をぽかんと開け、
第三の舞子は、それまでの分身体と同じように消え、あとに残ったのは我に返ったリンゴだった。
くるりと首だけ振り向くリンゴは、憑き物が落ちたかのようなスッキリした表情を浮かべている。
「先輩。終わったよ」
「あっ……ええ。そうですね。やっと、ですか」
ドキリとしながら返したシィプは、やり切ったという笑顔になる。
周囲を取り囲み、また襲撃のチャンスを探っている舞子たちにシィプが宣言する。
「……私たちの勝ちです。舞子」
「はあ?」
返答したのが、どの舞子かはわからない。だが、もうどうでもよかった。
シィプが取り出したのは、細長い円筒の頂点に、赤いボタンが乗った機械。
舞子にはわかる。それはリモートの、爆弾起爆スイッチだ。
舞子の集団が一斉に、ゲラゲラと笑いで大合唱する。
「自爆でもする気? まあ、それでもマイコの仕事は達成できるし、マイコもシィプと一緒に地獄に落ちることができるのなら本望かにゃー?」
「……冗談でしょう」
シィプは嘲り、ボタンを押す手を強くする。
「地獄に落ちるのはあなただけです」
ボタンがガチリと押され、閃光が屋敷中に産まれた。
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