第27話 伏線を回収するフェイズ

未だに見慣れない天井が目に飛び込む。


テスカは、眠気に喘ぎながらベッドの上を輾転てんてんし、その後たっぷり時間を取ってから起き上がった。


寝癖が酷いことが鏡なしでもわかる。頭がゴワゴワだ。

時計を見てみれば既に十二時を回り、普段ならば昼食をとっている時間だった。


スバルが用意したホテルの部屋は、寝心地はいいが、一人で使うのは広すぎる。毎朝、起きたときに一人しかいない寂しさは、中々堪えるものがあった。


支度を整え、部屋を出る。林太のコネで手に入れた袴姿で。


◆◆◆

「ぬ。来たな、テスカ」


岩手グループの社長室へは顔パスだ。

いつも通りの憎らしい友人、スバルの顔がそこにある。後処理があると言って、結局テスカと別れた後も仕事をしていたようだが、寝不足だという事実を感じさせない。

テスカの定位置は決まっていて、執務机の向こう側に備え付けてあるソファがそうだ。

素っ気なく『おはよう』と挨拶し、ソファへ座る。


「さてと。今日はどうやって、何をするんだ?」

「その前に、報告だ。お前が寝た後も色々あったんだよ」

「先に帰っていいって言ったよな?」


テスカの苛立ち混じりの確認に、スバルは予想外といった反応だった。


「ああ。すまない。嫌味のように聞こえたのなら謝ろうか。特に含蓄はない」

「……いや。こっちも気が立ってた。昨日あんなもん見せられたからな」


政府が隠していた、地上産のモンスター。

あれはどう贔屓目に見ても、人の手によって戦闘用の改造が成されていた。

テスカは頭痛を抑えながら、疑問を絞り出す。


「くそっ。どうなってんだ、この街は。頭がこんがらがってきたぞ」

「それも含めて、私の仮説を貴様に聞かせたいのだが。さてどこから話そうか」


逡巡は、そこまで長くはなかった。

スバルはテスカと目を合わせる。


「まず一つ。裏星術師試験に似せた理由は、おそらく全ての責任をディーズスフィアに押し付けるためだろう」

「お前が前に言ってた、上位の星術師だったか?」

「そうだ。政府はあの怪物も、事件も、何もかもをアイツに押し付けて消し去るつもりなんだよ。残念なことにヤツの影響力があれば、生物兵器も作れる。実際にやったかどうかは関係ない。やれるんだから容疑者だという論理になる」

「……政府は、か。私たちは結果的に、この国に刃向ったわけか。笑えない」


そんなつもりは毛頭ない。ここまで話が大きくなるとは微塵も予測できなかった。だが事実は事実だ。ひとまず、テスカはそのことを飲み込む。

スバルの平坦な報告は続く。


「次だ。私たちが研究施設に入った事実を、大金を叩いて、コネを総動員して、政府の高官や研究施設の連中を、前から温めていたネタで脅迫して、どうにかこうにか隠蔽することができたが、当然急ごしらえなので完璧じゃない。多分、一ヶ月くらいすれば全てが明るみに出て、岩手グループは国賊として吊り上げられるだろう。流石に今回はヤンチャしすぎた」

「だろうな。今さら驚くまいよ」

「次に、あの怪物の正体なのだが……これは本当に長い話になる。まずは私が用意した資料映像を見てくれ」


執務机の上に置かれていたリモコンを手に取り、ボタンを押す。

スバルの操作によって液晶が起動。ある映像を映し出した。


それは手術室の映像だ。大勢の人間が、一人の女性を取り囲んで、忙しなく動いている。テスカはしばらくして、それが妊婦が出産している映像だということに気付いた。


一体何の資料なのかと計りかねていると、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。無事にお産は成功したらしい。


そこからがスバルの見せたかったものだった。テスカは息をするのも忘れてしまう。


出てきた赤ん坊の右半身は、パッと見でわかるほどに機械化されている。金属が露出し、コードが伸び、動いている姿はまさにサイボーグだ。


「な、バカな。なんかの映画か?」

「違う。実際に現実であったことだ」


首を横に振るスバルは、残念そうに続ける。


創発機械化生物エマージェンスサイボーグ。金星産の技術で、肥大化しすぎたナノマシン技術の極致。この際だ。専門用語は抜きにしてざっくり言おう。サイボーグの子供がサイボーグと化す現象だよ」

「はあ!? そんなバカげたことが」

「あるわけない。バカも休み休み言え、か?」


先読みしたスバルは、重たいオーラを纏っている。

テスカは反射的に口をつぐんでしまった。

スバルは笑わない。笑えるわけがない、と雰囲気で語っている。


「……これが星間犯罪の根本にあるもの。お前の常識を覆す、冒涜的なまでにだ。それが現実に起こってしまうからこそ、星術師が必要なんだよ、テスカ」


これこそが、星術師が戦うべきものの正体。

正気を疑うような事件の数々の、氷山の一角。テスカは再度、画面を見る。半身が産まれながらに機械化された赤ん坊を見て尚、母親は嬉しそうだった。


「で。これが一体なんだって言うんだ?」

「こう言えば説明の必要もないだろう。この現象、人間だけに限った話ではない。動物にも起こる」

「……は、ははははははは」


なるほど。確かにわかりやすい。

だが、テスカはそのわかりやすさに、笑いと同時に涙も出てきそうだ。

あまりの恐怖に震えが止まらなくなる。


「そ、そうか。私にもわかってきた。あのモンスターの正体。ヤバすぎる。これが本当なら、地球はおしまいだろ……」

「ここから先は説明の必要はない。だが、言わずにはいられない。私の立てた仮説ではこうだ。まず政府の連中は、あるいは政府が補足できるイカれた科学者は、地上のモンスターたちを街に持ち込み、生物兵器として売れないかと考えた。

どの程度試行錯誤したのかは不明だが、いつしか金星産のサイボーグ技術に目を付け実行。そして、事故なのか廃棄なのかもこれまた不明だが、そのサイボーグ化したモンスターが地上の方に出戻ってしまった。

これが悲劇の始まりだ。創発機械化生物エマージェンスサイボーグの現象が起き、段々と地上のモンスターたちが飛行能力を持ち始めた。その内の一体がついに街の連中を捕食し始めたんだ」

「おかしいとは思ってた。あのモンスターどもの、そもそもの起源は地上人たちも一切知らなかったみたいだけど、空を飛ぶなんて話は聞いたことがない。だっていうのに、最近になって出てくるなんて。

短期的に、即効性のある人為的ななにかが起こったと考えた方が確かに自然だなァ……」


自らの肩を抱き、必死に震えを止めようとするテスカの努力は虚しいものだった。まだ止まらない。あまりの人間の悍ましさに、現実感を失いそうだ。


スバルは目を強く瞑り、ゆっくりと精神を整える。


「……残念だが証拠がない。まだ仮説レベルだ。だがどうにか尻尾を掴む必要がある。まず、政府はモンスターのことを知った私たちを段々と追いつめてくるだろうし」

「政府?」


そこでテスカの震えが、ふと止まった。

ある考えが浮かんだのだ。


「スバル。その政府の定義って、なんだ? どの程度の連中がこのことを知ってると思う?」

「全貌を知っていて、指揮を執っている真っ黒なヤツは本当に僅かだろう。それ以外では『大義のため、地上を焼却消毒して街を守ろう』と考えている頭でっかちなバカが多数。そのことに疑問を感じているが、代案を提出できないから黙っている者が少数、という内訳か」

「コネがあるんだろ? どうにかその少数を味方に付けることは……」

「できんな。実際に危機が迫っていることは間違いないのだ。すぐに対処しなければならないことは変わりない」


テスカは更に考える。


「代案さえ提出できれば味方に付けられるんだな? そっからはオセロ式に、頭でっかちのバカを説得していけばいいんじゃないか?」

「……ああ。できないことはない。だが代案なんて、ないぞ」

「私たちにはな。星術師たちなら、どうだ? 特に上位のヤツなら!」


スバルの脳裏に閃光が走る。

立ち上がったときの勢いで、椅子が真後ろに倒れてしまうが、それに気を取られている時間すら惜しい。


「そうだ。ディーズスフィアにすべての泥をおっかぶせる気なら、ヤツが生きていなければならない。そうでなければ都合が悪い」

「今現在生きている中で唯一の上位星術師。それってつまり、現状での最強の星術師ってことだよな? そいつなら、どうにかできるんじゃないか?」

「できる。保証しよう。アイツはどんな無茶苦茶でも可能にするヤツだ。騙し討ちにこそ滅法弱いが、相手が本能剥き出しのモンスターなら負けはしない」

「政府はそいつにすべてを被せてトンズラする気だ。当然、そんなことされたら敵わないから、私たちと利害は一致しているはず!」


代案のアタリが付いてきた。

ただし、問題がたった一つ残っている。


「……そのディーズスフィアってヤツは今どこにいるんだ?」


テスカの提示した問題に、スバルも答えられない。

それがわかっていたら行方不明にはなっていない。


「政府が隠していると考えた方が妥当だろうな……どこに、という問題はさておくとしよう。私たちにはわからん」

「だよな。探すのも大変だ。こちとらケツに火がついてるわけだし」

「知っているかもしれないヤツは知っている」

「あ?」


疑問に思うテスカは、すぐに思い当る。


「あ! サンディラ!」

「正解だ」

「拷問しよう拷問! 指を一本ずつぶち折っていくの!」

「古典的ギャング式拷問はやめろ。ショック死されたらかなわない。いや、それよりも、ヤツを拷問するには設備が足りん。あのバリアで逃げ出されかねないからな」

「どのくらいで設備はできあがる?」


期待と楽しみに胸を膨らませ、目をきらめかせているテスカ。

それにスバルは冷たく告げる。


「一週間だな」

「遅っ!」


スバルはむっとなり、言い返す。


「これでも早い方だぞ」

「わかってるのか!? 私たちのタイムリミットは一ヶ月もないんだぞ!」

「そうだな。まあ、しかしだからと言って、急いでも仕方がない。テレビでも見て落ち着こう」


これ以上言い合ったら喧嘩になりそうだ。かなり不毛で意義のない争い。

それを予防するために、話を打ち切る。


液晶には、地上波のニュースが映り込んだ。


どこかの豪邸が煙を上げている様を、生放送で流している。

あのバロック建築に、スバルは見覚えがあった。


「おお。奈良家か。大変だな」

「物騒なことがあるもんだなぁ」


と、言ってからテスカは頭上にハテナマークを浮かべる。


「ん? 奈良?」

「ああ。間違えようがない。あの家は奈良の家だ」


スバルも反射的に返してから、口の中にコバエが飛んできたような顔になる。


フリーズが解ける瞬間は、二人とも同時だった。


――奈良家が炎上している!?

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