第22話 不穏都市新宿
岩手グループの社長室の中。
額に青筋を浮かべるテスカと、興味深げなスバルは、壁にかけてある巨大な液晶を見ていた。
「……普通に仲良くなってるな」
シィプに気付かれないよう細心の注意を払いながら、奈良家の人間を遠巻きに観察する目立たない一般車。
その中に、シィプに顔が割れていない部下を選んで詰め込み、そこからカメラで映像を中継させている。
その全員が隠密行動のプロなので、おそらく見つかる心配はこれからもない。実際にこちらに注意を払っている様子もないようだ。
だが、人の目に無防備だからこそ真実が見える。
林太は執事服を着こみ、奈良家の次期党首やシィプと何事かを楽しそうに喋っている。
「どうやってあの拷問狂の生体センサーを掻い潜ったのやら。まさか一日かそこらで私たちのことを忘れるわけもあるまいし」
スバルが冗談めかして言ったことが真実なのだが、もちろん二人にそんなことはわかるはずもない。
「ただシィプと付かず離れずの、あの距離感は厄介だ。我々の企業の者が救出に向かったところで真相がバレたら終了だし……テスカ。なにか案はあるか?」
「あいつら全員ぶっ殺す」
「そうか。案はないか」
想定の範囲内なので、スバルは触れもしない。
しかし、テスカはその案を掘り下げる。
「それでいいじゃないか! アイツらをぶっ殺して林太を救出! 私たちは星術師試験への準備を整える! もし仮に、あの羊メイドに返り討ちにされるようなら、私たちは最初からその程度だってことだろう! 星術師になるなんて夢のまた夢だ!」
「その体育会系理論は捨て置け。危険だから」
スバルは椅子の背もたれに体重を預け、思案する。
林太とテスカのコンビならば、星術師になることは不可能ではない。星術師試験の受験料は高額だが、それはスバルが肩代わりすればいい。
その見返りとして、スバルは星術師となった林太とテスカのコネを手に入れることができる。
他の星の技術を更に手に入れるためには、星術師とのコネが必ず必要だ。未だに規制が強く、輸入が不可能なものがいくらでもある。
だが、星術師には様々な特権が許されている。その特権を、協力の見返りとして振るって貰えればいい。
規制を無視して新しい技術を輸入。そして岩手グループは成長できる。万々歳だ。
そういうシナリオだったのだが、予定が狂った。
「……裏星術師試験か」
「なんだって?」
ふと漏らした独り言に、テスカが反応する。
意図してのことではないので、自らの迂闊さに恥じ入るが、しかし隠すことでもないので素直に話す。
「簡単な読唇術だ。それによるとどうも、彼らは裏星術師試験について探っているらしいな」
「ああ。あの眉唾モンの都市伝説……本当にあるのか?」
「これは断言できるが、間違いなくない。デタラメだ」
スバルは椅子から体を起こし、テスカの方へ身を乗り出す。
「まず一つ。裏星術師試験の都市伝説の大前提は、上位の星術師が持っている指名の制度だ。この制度自体はまだ存在している。しかしその上位の星術師なんだが……現状、たった一人しか存在しない」
「たった一人? 待てよ。上位の星術師だよな? 最強の星術師とか、星術師のリーダーとかじゃなくって。上位の星術師と言うからには二人以上いないとおかしいだろう?」
「つい最近、ほぼ全員死んだ」
あっさりと言われる事実に、テスカは呼吸が止まる思いだった。
辛うじて、不敵に返す。
「そんなバカな」
「本当だ。どこの誰がやったのかはわからんが、思いっきりテロられた。星術師協会を騙った偽メールで、会議室に集められた上位の星術師三人の命が、しかけられていた時限爆弾によってボンッ! てね。凄いニュースになってたんだぞ」
そういえば、半年以上前に星術師が一気に三人死んだというニュースを小耳に挟んだ覚えがある。
テスカはそのとき『物騒なことがあるものだな』と適当に流していたが、あの事件で死んだのが上位の星術師だったらしい。
「そして最後に残った、上位四名の星術師の中の一人、通称ディーズスフィアなんだが……こいつに至ってはつい最近行方不明になっている」
「なんで?」
「それがわかったら行方もわかるんだがな」
「いやそれも大事だけど、なんでそいつだけ生き残ってるんだ?」
「ああ」
その疑問ももっともだ、とスバルは頷く。
「そいつも偽メールを受け取ってたさ。ただ会議室に来たところで、家の鍵をちゃんと閉めたかが気になって帰った。だから難を逃れた」
「随分と運がいいヤツだな!」
「ただ、その後のディーズスフィアは随分と批判されたよ。だってそうだろう。『運が良かったから、たった一人だけ生き残りました』なんて、客観的に見れば嘘臭すぎる」
「……確かにそうだけど……」
ありえなくはないだろう。
そう暗に言うと、スバルも同意した。眉根に皺を寄せながら、苦々しく言う。
「……これは私の主観だが、アイツは人を殺すようなヤツではない。しばらく会話をすれば、きっと貴様もそういう感想を持つだろう。なんというか……爆弾で遠隔からボン、なんて姑息なマネは、アイツの性格じゃないんだ」
「へえ」
まるで庇うようなことを言う。
スバルにここまで言わせるのだから、おそらく疑いはまったくの見当違いのものなのだ。
スバルは続ける。
「同じ理由で裏星術師試験も存在しないと断言する。アイツならもう少しストレートにやる。個人で出資して、アホみたいなバトルトーナメントでも開くだろう。もちろん合法的に。そして一位になったヤツを星術師に指名するだろう」
「随分と具体的に言う」
「いや実際に去年まではそうしてたんだ」
「マジで!?」
「そして私も楽しそうだからという理由で出資してたんだ」
「マジで!?」
だから親しげだったのか、とテスカは納得した。
冷酷非道な岩手グループ総帥も、友達には甘い。
「だから、あいつが失踪したと聞いたときは失望した。どこかで、この疑いを晴らして、またバカみたいなことをやってくれるものだと思っていたんだがな」
寂しい目で、社長室の外を見上げるスバルに覇気はない。
知己を失った彼は、悲しみや怒りを感じるより、退屈しているように見える。
「……ん?」
会話が途切れ、気まずくなったテスカがふと画面を見ると、奈良家の後ろにチラつく黒い影が見えた。
「おい、スバル。このカメラマン以外に、尾行者っていたか?」
「いないが、何故だ?」
「……じゃあアイツ、誰だ?」
岩手グループ以外に、奈良家を見張っている者がいる。
スバルも黒い影を認識すると、髪を弄りながら考え込んだ
「……そういえば、裏星術師試験を取り仕切っているヤツがいないとなると、謎が残ることになるな。そもそもアイツらが追っている事件の正体だ」
「スバル」
テスカに声をかけられたスバルは、目に光を灯す。
「調べる必要がありそうだ」
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