第1章・かませ犬は英雄のアクセサリー

第1話 出会い

 西暦二〇二五年、世界は一変した。


 地上のいたる所に、巨大な結晶の柱『ピラー』が出現し、そこから現れた謎の結晶体『CE(クリスタル・エネミー)』の攻撃を受けたのである。

 CEは謎の光線を放ち、それを受けた人間は肉体には何の損傷もないのに、昏睡状態に陥ってどんな治療を施そうとも目覚めなかった。

 まるで、魂を抜かれたかのように。


 各国は全力をもってCEの殲滅にあたったが、事態は容易に進まなかった。

 CEは見えない膜でも張っているかのように、こちらの攻撃を頑強に阻んだからである。

 もっとも、そのバリアらしき物も無敵とはいかず、大砲やミサイルを数発当てれば破壊できたのは僥倖といえよう。

 戦車を、戦艦を、戦闘機を、陸海空のあらゆる戦力を惜しみなく投入し、無念の死を遂げた大勢の恨みを晴らすため、何千万というCEを破壊して押し返した。


 しかし、人類の快進撃はそこで止まってしまう。

 まるで無尽蔵のごとく湧いてくるCEに対して、武器弾薬の備蓄が底を突いてしまったのだ。

 CE側は高い防御力と増殖力を持っていたが攻め手に欠け、人類側は高い攻撃力を有しながらも継戦能力に欠け、戦争は泥沼の膠着状態に陥っていく。


 開戦から半年後、戦況を覆すほどの兵器が、東洋の島国で誕生した。

 その兵器を手に戦場を駆ける、一人の少女と共に。

 だがそれでも、CEとの戦いに決着がつく事はなく、戦争は終わる事なく今も続いていた。

 事態が再び動き出したのは開戦から六年後、西暦二〇三一年の春からであった。




 群馬県前橋市の駅を出て、目の前に広がった光景を見て、空知宗次そらちそうじが抱いた感想は一つであった。


「これが都会か」


 隣を歩いていた女性が思わず吹き出していたが、宗次は感動のあまりそれに気づかない。

 山奥にある人口千人の限界集落で暮らしてきた彼にとって、そこは確かに都会だったのだから、仕方のない話であったが。


「早くバスに乗らないとな」


 しばし群馬の街並みに見とれた後、宗次は慌てて周囲を見回し、驚愕のあまり固まった。


「バス停が、沢山あるだと……っ!?」


 たった一つしかバス停がなく、朝と夕方の二本しか便がないド田舎生まれにとって、駅前のロータリーはさながら迷路であった。


「まさか、こんな難敵が立ち塞がるとは……」


 自働改札機に切符を入れるのさえ、人生初で緊張した宗次に、都会(?)のバスに間違えず乗るなんて、あまりにも高すぎるハードルであった。

 だが、渡る世間には拾う神がいた。


「ふっ、お困りのようやな」


 背後から不意に胡散臭い関西弁が響き、宗次の肩に手が置かれる――ことなく空を切った。


「へっ……?」

「誰だ」


 何が起こったのか分からず呆ける人物の首元に、素早く背後を取った宗次の手刀が突きつけられる。

 相手は彼と同い年くらいの少年だったが、そんな事で警戒は緩める田舎者ではない。


「スリか。都会は怖い所だから注意しろと言われたが、もう遭遇するとはな」

「ま、待て待て、ワテはスリなんかとちゃうわっ!」


 手刀から首を切り落とされそうな殺気を感じ、不審な関西弁の少年は慌てて弁解した。


「ワテは遠藤映助えんどうえいすけ、お前さんと同じ学校の生徒やって!」


 そう言って、嘘くさい関西弁の少年こと映助は、黒い詰襟の制服を指さす。

 確かに、それは宗次が着ている物と同じだった。


「なるほど」

「分かってくれたか」

「学生のスリか」

「何でやねんっ!」


 映助は思わずツッコミを放つが、宗次はあっさりと避けてしまう。


「ちっ、ノリも愛想も悪い奴やな。人がせっかく学校行きのバスを教えてやろうと思ったのに」

「そうだったのか、無礼な真似をして悪かった」


 愚痴交じりに理由を告げると、宗次は自分の早とちりを悔い、深々と頭を下げて謝った。


「なんや自分、変わった奴やな……まぁええ、気に入ったわ」


 映助は大きく口を開けて陽気に笑い、ついて来いとバス停に向かって歩き出す。


「ところで、遠藤はどこから来たんだ?」

「映助でええで。それと、この喋りを聞けば分かるやろ」


 タイミングよく着いたバスに乗りながら、映助は胸を張って宣言する。


「ワテは生まれも育ちも生粋の――愛媛県民や!」


 大阪人じゃねえのかよっ!――とバスの乗客は一斉に心の中でツッコンだが、宗次はただ関心して頷くだけであった。


「愛媛か……都会だな」


 何でやねんっ!――と乗客達がまたツッコンだのは言うまでもない。

 これが、宗次にとって無二の親友となる、遠藤映助との出会いであった。

 本人はこれを幸運な出会いだったと後々まで感謝していたが、もしも後世の作家がこの一場面を見ていたならば、おそらくは溜息と共にこう呟いた事であろう。


 異郷の地で最初に出会ったのが、見目麗しい美少女ではないなんて、やはりこいつは『持っていない男だ』と。

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