ガールズコレクション

歌峰由子

第1話 きんいろ笑顔

Twitter フリーワンライ企画(#深夜の真剣文字書き60分一本勝負)参加作。

お題:君がくれた絆創膏

   永遠少年(少女でも可)

   囁きの雨

   遠い視線の先に

   落としたものは



『きんいろ笑顔』




 新卒就職後、初めての長期休暇で実家に帰り、久々の上げ膳据え膳を堪能する。ようやく就活戦線を潜り抜けて一息吐いたと思ったら、今度は婚活だ旦那探しだと騒ぐ家族に辟易としながらも、やはり実家というのは色々と楽だ。ただ、あまりに長いお小言は流石に辛い。逃げるように家を出て、ふらりと近所を散歩することにした。


 近くの公園に立ち寄ってみる。小学校の通学路にあったこの公園は、昔は良く遊んでいた場所だ。だが、いつの時だったか夕方遅くまでここで一人遊びをしてしまい、怒った親に出入りを禁じられた。その後すぐに塾通いが始まったのもあり、そう言えば以来ここには足を踏み入れていない。


 公園に入ってしばらくすると、小学生くらいの男の子が一人、土の地面を這って何かを探していた。さらりとして艶々の金髪に目を奪われる。外国人だろうか。公園をぐるりと一周した頃には、暗く垂れこめた雲からぽつり、ぽつりと雨粒が落ち始めていた。しかし、相変わらず必死に土の上に這いつくばっている男の子が目に入る。


 このままでは濡れてしまう。そっと近づくと、うぅ、と嗚咽を飲み込むような悲しげな声が聞こえ、私は思い切って声をかけた。


「ねえ、何を探してるの?」


 私の声に驚き男の子が飛び上がる。短く整えられた艶々サラサラの金髪、海のような真っ青な目。私は状況も忘れてそれに見惚れた。こんな子が現実に存在するなんて。


「――宝物」


 おずおずと男の子が答える。


「どんな宝物なの? 私も一緒に探すよ。早く見つけないと、雨に濡れて風邪引いちゃうよ」


 視線を合わせるためしゃがみ込めば、上半身を起こした男の子がぱちくりと瞬いて私を見つめた。おお、やっぱり睫毛も金色なのね、と変な所に感心する。


「バンソウコウなの」


「絆創膏?」


「友達にもらったんだ。赤い、お花のついたやつ」


 それは随分と可愛らしい。男の子の持ち物とは思えないから、可愛い女の子にでも貰ったのだろうか。そう想像を巡らせながら、うん、うん、と私は頷いた。


「赤いお花のついた絆創膏ね。よし、一緒に探そう!」


 励ますように笑って小さな肩を優しく叩くと、ふわりと男の子が笑顔になった。






 金髪少年の落とし物を探して公園を這いまわる。しかし一向に見つからないうちに雨脚が強くなってしまい、私と少年は公園の隅に祀られた稲荷神社の軒先で雨宿りすることにした。行くつも並ぶ緋色の鳥居をくぐり、拝殿の軒先に上がり込む。


 ざあざあと木々の梢を細く揺らす雨は何かを囁きあっているようで、ぼんやり聞いていると眠たくなってきた。


 ――ほら、きっとあの子よ。


 ――あるじ様も気付けば良いのに……。


 本気でうつらうつらしてしまったらしく、不意にそんな声を聞いた気がした。はっとなって周囲を見渡すが、当然私と少年以外誰もいない。遠い視線の先に悲しみを映し、消沈している少年に掛ける励ましの言葉も出尽くした。居心地悪く沈黙していた私は、少年の名前を知らないことに今更気付く。


「ねえ、君の名前は?」


「ぼくの名前?」


「そう。私はね、鈴木華子っていうの」


 スズキハナコ。この名前が、私は昔あまり好きではなかった。それこそ山田太郎並のモブい名前だとか、まるでトイレの妖怪だとか、小さい頃散々からかわれたからだ。小学生という生き物は存外容赦なく、過酷な世界を生きている。


「すずき、はなこ……? ハナコちゃん?」


 うん、と頷く。その名前が好きになったきっかけが、何かあった気がするのだが覚えていない。いつの間にか「ハナコちゃん」と呼ばれることが好きになっていた。


「ぼく、カシ!」


「そう、カシ君かぁ」


 いわゆるキラキラネームというのだろうか。何と書くのかさっぱり想像のつかない名前を復唱して頷く。――カシ。木の名前ね、と昔何かの機会におばあちゃんが教えてくれた気がする。あれは何の時だったのだろう。


「ハナコちゃん! ほんとだ、ハナコちゃんだ!!」


 突然はしゃぎ始めたカシ君に驚く。カシ君は私の手を取ると、上にあがろう! と拝殿の中を指した。


「ちょ、待って、待って! 勝手に上がっちゃ駄目だよ」


「いいんだよ、ぼくのお家だもん!」


 神主さんの家の子だろうか。戸惑った私は思わず適当な言葉でカシ君を止めた。


「でも、絆創膏はどうするの? 宝物なんでしょ?」


 そんなもののことなど忘れたかのようだったカシ君は、私の言葉に一旦停止して、まあるい目を更にきょとんと丸めて小首を傾げた。


「うん? ハナコちゃんがいるからいいよ。……あれ? でもハナコちゃんのくれた絆創膏はハナコちゃんの宝物で、だから…………」


 本気で考え込むカシ君を前に、私も呆然としていた。


 そうだ、思い出した。赤い花柄の絆創膏。それは、私があげたものだ。


 正しく突然のフラッシュバック。小学生の頃、この公園で金髪の男の子に出会った。名前でからかわれた私は一人ぼっちで黄昏時の公園にいて、そこに金髪の男の子がふらふら歩いてきた。膝をすりむいて、痛そうに、悔しそうにしていたその子と目があって、私は思わず聞いたのだ。


『タカヒコにやられたの?』


 タカヒコとは、私をトイレの妖怪扱いしていじめてくれていたクラスの乱暴者で、この公園辺りでも弱虫や変わった子をみつけてはいじめて遊んでいた。きっと、この髪の色で何か言われたんだ、と確信した私はさらに勢い込んで言ったのだ。


『あのね! これあげる! 私の宝物だけど、これ貼ったら痛いの治るよ!!』


 男の子の金色の髪は、夕焼け色に照らされて凄く綺麗だった。何故今まで忘れていたのだろう。


『あ、ありがとう……』


 そうおずおずと礼を言って絆創膏を受け取ったその子はそう、間違いなく『カシ』と名乗ったのだ。――つまり、カシ君は十年以上、全く歳をとっていない。


「……――そっか。ごめん、忘れてた……私が、あげたんだよね。あの絆創膏……」


『私、はなこ。すずきはなこよ』


『ハナコちゃん。僕、カシ』


 そのはにかんだ様子の眩しい笑顔に、自分の名前が特別になった気がしたのだ。そんな大切なことすら忘れていた。


『『またあした』』


 そう言って別れた次の日から、私はこの公園に来ることを禁止された。――その理由はおそらく、帰りが夕方遅くなったからではない。


「うん! ハナコちゃんがくれたんだ。ハナコちゃんおっきくなってて、全然気付かなかった!」


 ぱあぁ、と嬉しそうな笑顔全開でカシ君が言う。毎日、待っていてくれたのだろうか。渡した絆創膏を使わず、大切に宝物にしていてくれたのだろうか。そう思うと嬉しくて、私はこの状況を喜ぶべきか恐れるべきか一瞬見誤った。


「う、うん。カシ君は、変わらないね?」


 気付けば頬を日の光が照らしている。雨が止んでいた。ぱちりと一つ瞬いた碧眼が、思い出したように己の身体を見下ろした。


「うん。ハナコちゃんと会いたくて、この格好で待ってたけど…………」


 ぱぁっ、と世界が虹色に光る。眩しくて目を細めた瞬間に、カシ君の身体がふわりと溶けた。


「そうか。人間の時間は速いんだったな。これくらいで丁度良いか?」


 目の前に、金髪碧眼の美男子が微笑む。






 ――お母さん。私、婚活しなくていいかもしれない。





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