殲滅中将と軍国の乙女

名瀬口にぼし

序章  幼いあこがれ

 崩壊しつつある人工居住衛星・第五コロニーの中で、胡杏華フー・シンファ八才はただ一人立ちすくんでいた。

 甘く苦い煙の臭いが、少女の鼻の奥をこがした。スペースコロニーに穴が開いたことにより吹き荒れる風が遠くの火災の煙を運び、杏華の赤いワンピースを揺らした。宇宙空間へと続く強烈な風だ。

 ――ここは、どこ……?

 よく知っているはずの住宅街は、コロニーが攻撃されたことによる震動で様変わりし、瓦礫や壊れた家具が広がっている。

 人びとの避難が完了していたため、人の死体は転がっていないが、恐ろしい景色であることに変わりはない。


 杏華はお気に入りの玩具を取りに戻るため、親の目を盗んで避難の列を離れ、ここまで来た。しかし、恐怖で目的をすっかり忘れてしまった。

 上を見上げると、大きな黒い蛇のような煙が、壊れた街を覆っていくのが見えた。

 ――いかないと。

 杏華はは避難用シェルターに戻ろうとしたが、瓦礫が崩れて行く手を阻む。

 その衝撃に、杏華は細かい瓦礫の散らばる地面にしりもちをついて座り込んだ。

 ――これって、わたし死ぬの?

 杏華は自分の置かれている状況はよくわからなかったが、命の危険だけは直感的に理解した。

 怖いというよりも、とにかく死ぬのが嫌だった。自分の力では何もできないことに、どうしようもなく腹が立った。


 杏華はしゃくりあげて泣いた。

 泣いているうちに、だんだん怒りよりも心細さが大きくなっていった。そのとき、砂利を踏む音が聞こえた。

「まだ避難してない子供がいたのか」

 大人の男の人の声。

 顔を上げると、ヘルメットをかぶった兵隊がいつの間にかそこにいて、杏華に手を差し伸べている。

「ほら、立てるか」

 その言葉に杏華はとても安心した。この世には自分には越えられない問題を、軽々と解決できる強い人がいるのだと知った。

 ――私も、この人のようになりたい。

 杏華は差し出された手を握りしめた。かたい手のひらが頼もしかった。

 幼い心に、目指すものが生まれた瞬間だった。

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