殲滅中将と軍国の乙女
名瀬口にぼし
序章 幼いあこがれ
崩壊しつつある人工居住衛星・第五コロニーの中で、
甘く苦い煙の臭いが、少女の鼻の奥をこがした。スペースコロニーに穴が開いたことにより吹き荒れる風が遠くの火災の煙を運び、杏華の赤いワンピースを揺らした。宇宙空間へと続く強烈な風だ。
――ここは、どこ……?
よく知っているはずの住宅街は、コロニーが攻撃されたことによる震動で様変わりし、瓦礫や壊れた家具が広がっている。
人びとの避難が完了していたため、人の死体は転がっていないが、恐ろしい景色であることに変わりはない。
杏華はお気に入りの玩具を取りに戻るため、親の目を盗んで避難の列を離れ、ここまで来た。しかし、恐怖で目的をすっかり忘れてしまった。
上を見上げると、大きな黒い蛇のような煙が、壊れた街を覆っていくのが見えた。
――いかないと。
杏華はは避難用シェルターに戻ろうとしたが、瓦礫が崩れて行く手を阻む。
その衝撃に、杏華は細かい瓦礫の散らばる地面にしりもちをついて座り込んだ。
――これって、わたし死ぬの?
杏華は自分の置かれている状況はよくわからなかったが、命の危険だけは直感的に理解した。
怖いというよりも、とにかく死ぬのが嫌だった。自分の力では何もできないことに、どうしようもなく腹が立った。
杏華はしゃくりあげて泣いた。
泣いているうちに、だんだん怒りよりも心細さが大きくなっていった。そのとき、砂利を踏む音が聞こえた。
「まだ避難してない子供がいたのか」
大人の男の人の声。
顔を上げると、ヘルメットをかぶった兵隊がいつの間にかそこにいて、杏華に手を差し伸べている。
「ほら、立てるか」
その言葉に杏華はとても安心した。この世には自分には越えられない問題を、軽々と解決できる強い人がいるのだと知った。
――私も、この人のようになりたい。
杏華は差し出された手を握りしめた。かたい手のひらが頼もしかった。
幼い心に、目指すものが生まれた瞬間だった。
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