7:女子高生の婚活コンサルティング
希月の意志を改めてたしかめると、天峰はまた別の資料の束やら記入用紙を持ち出してきて、テーブルの上に並べはじめた。
相談所の利用者たる希月を対象として、これから
希月と天峰は、いったん昼休みにも顔を合わせているのだが、その時点ではいわゆる「経過報告」に終始していたのだという。
そう、ここを訪れる前から聞かされていた、あの「経過報告」だ。
どうやら、その内容は「恋愛の標的に定めた異性との関係性について、進捗状況を情報共有すること」らしい。
具体的には、
学園内でどれぐらい一緒に行動しているのか、
一緒に登下校はしたのか、
一緒にデートに出掛けたりしたのか、
もう告白は済ませたか、
手をつないだりしたのか、
相手から抱き締められたことはあるか、
キスの有無は――
などなど。
そういった男女交際の各段階を、項目別にチェックし、二人の恋愛が順調に進展しているかどうか、丁寧に精査するのだそうだ。
やべぇ、この恋愛すらメソッド化しようとする手法、いかにも意識高めの発想なんだけど、何だかスゲー馬鹿っぽい。
っていうか、一周回って馬鹿だな絶対……。
希月や天峰は真剣そのものだから、あえて感想を言葉にはしないが。
とにもかくにも、この日のコンサルティング活動がはじまった。
一応、俺もこの場は同席して、どんなやり取りが交わされるのか見学していくことにした。
敵情視察ってやつだ。
希月や天峰が何を企んでいて、今後どんな策略を仕掛けてくるつもりなのか、探りを入れておきたかった。
「もう顔写真も撮らせてもらったし、逢葉くんは帰ってくれてもいいんだけど」
天峰からは、そんなふうに素っ気無く告げられたものの、ここはかまわず居座ることにする。
こいつらを野放しにしておいて、何も知らずに災難に遭うのだけは御免だ。
せめて迷惑を被るにしても、多少は心の準備をさせろ。
「じゃあ念のため、ここまでの活動成果について再確認しておくね」
天峰は、クリップボードに挟んだ書類へ目を通しながら言った。
「昼休みに聞かせてもらった経過報告によると、絢奈ちゃんから逢葉くんに対するアプローチは、まずまず順調と言っていいんじゃないかしら。接触当初の告白こそ断られたけど、その後も怯まず食い下がって、互いの距離感を縮めているとみて良さそうだね」
縮めているというか、単に纏わり付いているだけだろ。
しかも、すでに俺がいっぺん告白を断っている点は、まるで「些細な失敗」みたいな扱いで片付けてしまっていいのか。
普通の女子なら、その時点で大抵は何もかも終了していると思うのだが。
「でもって、今朝は一緒に登校して、逢葉くんの御母堂にも挨拶を済ませたと」
「うふっ。お
希月は、ちょっぴりもじもじしながら笑う。
ていうか、一言二言交わしただけのうちの母親のことを、早くも「お義母さん」って呼ぶの止めてくんない? 怖いから。
「明日からも、極力一緒に登校する予定なんだっけ。下校はどうするつもり?」
「できれば下校もそうしたいんだけど……バイトや他の予定が入ってることもあるんだよね」
「なるほど。――まあ、回り道で登下校すると、そのぶん交通費も嵩むし、無理しないでいいんじゃない? そのうち、デートに出掛けるようになれば、また軍資金が必要になるし」
「たしかにそうだよね。交際費の管理もしっかりしなきゃ……」
天峰の助言に同意しつつ、希月はポケットから手帳を取り出すと、何やら細々と書き込んでいく。話の要点を手控えているらしい。
が、急に大事なことを思い出したような表情になって、ペンを動かす手を止めた。
「あっ。そういえば、ここへ来る少し前、逢葉くんにはお弁当を作ってあげるって約束もしたんだよ~」
「そうなの? ほほぉー。そりゃあ、また……」
天峰は、感心したような声を上げる。
次いで、じろじろと俺の顔を眼差してきた。
「何だよ。何か俺に言いたいことでもあるのか」
「いや、だって……。絢奈ちゃんからの告白を断ったくせして、その相手に手作り弁当だけは持って来させようとしてるなんて、随分いい御身分なんだなーと思ってね」
そう言われても困る。
こっちから頼んだわけじゃないからな。
「希月が俺と付き合うことをあきらめてくれるのなら、別に弁当なんていらないんだが」
「うっわー、全国一千万の男子高校生を敵に回すような発言だね。世の中には、恋人に作ってきてもらいたいと思ったって実現しないような人が、たぶん山ほど居るっていうのに」
「俺は、無理やり恩を売り付けられたくない、って話をしてるんだ」
「何にしたって、高校生の手作り弁当と来たら、登下校や制服デートよりも親密度高ランクに位置する上位クエストのひとつでしょー?」
「そんなの知らんわ。ゲームの配信イベントみたいに言うな」
うんざりして、少し突き放すように言ってやった。
すると、天峰は自分の眉間を左手で摘み、うつむきがちに嘆息してみせる。
「こりゃ手強そうですな……。仮交際まで漕ぎ付けるのも、けっこう苦労しそうだね」
また妙な語句が飛び出してきた。
「何だよ、仮交際って」
「彼氏彼女としての正式交際に発展する前段階――いわゆる友達以上恋人未満の関係で、相手の異性としばらく清いお付き合いをしてみることだよ」
俺が疑問を口にすると、希月が手に持ったペンを立ててみせながら説明する。
「よく、『お試し交際』とかって言ったりするよね? 概ねそういったようなものだと思っておいていいんじゃないかな」
希月によると、この仮交際なる概念も、やはり実際の結婚相談所などでしばしば採用されているシステムなのだという。
大抵は数ヶ月程度の期間を経たのち、当事者同士にお互い不満がないようであれば、そのまま正式交際(本交際)に至るらしい。
「だから、私にとって当面の目標は、逢葉くんに仮交際を承諾してもらうことなんだよ」
などと、謎の意気込みを表明する希月。
本気で頭が痛くなってきた。
「――差し当たり逢葉くん対策は、現行の活動を維持し、更なる進展を目指す方向で。もちろん、当相談所でも経過報告を元に進捗状況は注視していくし、トラブルの気配があれば適宜対応を提案させてもらうね」
天峰は、ここまでの話し合いを、そんな言い回しでいったんまとめる。
それから、ノートPCのキーボードを軽快なタッチで叩きつつ、コンサルティングの内容を次なる話題に転じた。
「今後の合コン予定なんだけど、どうしよっか。とりあえず週一で入れとく?」
あまりに自然な口調だったので、一瞬聞き間違えたのかと思った。
少なくとも、この時点における俺個人の感覚からすれば、明らかに想定外の言葉だったためだ。
なので一拍置いてから、天峰が希月に対して、ようやく何の話を持ち掛けているか理解した。
「おぉい! ちょっと待てや!」
思わず叫んで、椅子から立ち上がる。
「希月は、俺との仮交際を目指してるんだろ!? たった今そう言ったばっかなのに、なんですぐ当たり前のように合コンの参加を勧めてるんだよ!?」
正直あり得ない――
と、俺は内心驚愕と動揺を禁じ得なかった。
けれど天峰は、むしろ眉を
「はあ? だってキミ、絢奈ちゃんから告白されたくせして、それ断ったんでしょー?」
「……まあ、たしかにそうだが……」
「だったら、この先も
言われてみると、たしかに
『希月が合コンに参加するなり、他の男子と仲良くなるなりするのが嫌だと言うなら、さっさと男らしく付き合え』
と、天峰は主張しているわけだ。
それを拒否している以上、俺が希月の恋愛事情に口出しするような権利は、どこにもないのだと。
咄嗟に反論が思い浮かばない。
『俺と真剣に交際したいのなら、それなりの誠意をみせろ』
なんて言い分は、いかにも上から目線で、何様のつもりだという話になるだろう。
「就職活動だって、たとえ本命の会社があるとしても、平行して複数社のセミナーや説明会に参加するもんでしょ。通過するかもわからないエントリーシートを、一社だけしか提出しないだなんて、普通は考えられないわけ。違う?」
「恋愛と就活を同列に語るのかよ」
「ある意味では、似たようなものだと思うけどね。人生の時間は有限で、いつまでも同じ場所には留まり続けられないし」
天峰は、合理主義者の顔つきで、ぴしゃりと言った。
そうして、俺の意見を退けておいてから、実務的な説明に移る。
テーブルの上には、表計算ソフトから出力したスケジュール用紙が提示された。
記載の日程によれば、直近の合コン開催日は十一月七日(土)で、次が八日(日)である。
土曜日は夕方集合で、野球部有志が主催となっていた。
翌日は正午からで、二年二組の男子グループが参加者を募っているらしい。
ていうか、ひょっとして土曜日のやつって、昼休みの終わりに棚橋が教室の前で誘われてた合コンなんじゃねーのか。
クラスメイトの菅井は、野球部の所属なのだ。
「土曜の夜は、バイトが入ってるんだよね」
希月は、手帳を開いて、少し考え込む。
やがて日曜開催の方にだけ、参加の意思を表明した。
天峰もそれを了承すると、別紙の名簿らしきリストにチェックを入れる。
「主催者の先輩には、こっちから連絡入れとくね。詳細は遅くても明後日の夜までに、改めてメールしておくから」
最後にそれだけ付け加えて言うと、テーブル上のPCや書類を片付けはじめた。
以上で、この日の「藤凛学園恋愛相談所」における恋愛コンサルティングは、一通り終了となったのである。
――俺にとっては、軽いカルチャーショックを受けた放課後だった。
○ ○ ○
希月は、翌朝も予告通り、通学前に俺の家まで迎えに来た。
それどころか、起床して二階の自室から下りてみると、思いっきり居間に上がり込んでいた。
しかも、なぜか制服の上からエプロンを着用に及び、キッチンとダイニングのあいだを元気に往復している。朝食の皿を運んでいるらしい。
「うふっ。おはよう、純市くん」
俺の姿を見て取るや、希月は満面の笑みを向けてきた。
「単刀直入に訊くが、おまえはいったい何をしているんだ希月」
「見てわからない? お義母さまのことを、お手伝いしてるんだよっ」
希月は、得意げに胸を張ってみせる。
ちなみにこいつ、悔しいがエプロンの上からでもわかるぐらいに、スタイルがいい。
「なぜ、いつの間にか俺を下の名前で呼んでいる?」
「だって他のご家族もいらっしゃるのに、苗字で呼ぶと混乱しちゃうでしょう」
それらしい理由を付けやがって。
「折角だから、今後は純市くんも、私のことを絢奈って呼んで?」
「却下だ。むしろ外に出たら、俺の呼び方を元に戻せ」
知り合いから勘繰られて、妙な誤解を招くと厄介だからな。
希月は、「えーっ」と、声に出して不満を表していたけれど、ガン無視してテーブルに座る。
いちいち取り合ってられん。
もっとも、うちの母親は、そのやり取りを脇から眺めていたらしい。
「こらっ、純市。絢奈ちゃんに意地悪なこと言っちゃ駄目よ!」
と、険しい目つきで叱責してきた。
たかだか二度目の訪問で、早くも希月に篭絡されてしまっているようだ。
「ごめんなさいね、絢奈ちゃん。うちの馬鹿息子ったら」
「そんなお義母さま、とんでもない! きっと純市くんは、恥ずかしがってるだけですよぉ」
「あらあら絢奈ちゃん、ホントに優しいのね~」
とか何とか、二人でこっちの気が滅入りそうになる会話をやり取りしている。
こやつ、外堀と言わず内堀と言わず、ハンパない速度で埋めまくりだな……。
妹の雪子だけが普段と変わらぬ様子で、パンをかじりながらテレビ番組を視聴している。
画面の中では、地元局のアナウンサーが市内名所の高層タワーを、大袈裟な身振りを交えて紹介していた。
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