5:恋占いもイノベーションする時代

「うふっ。未花ちゃん、また来たよ~」


 希月は、にっこりと微笑み、片手をちいさく胸の高さで振って応じた。

 いかにも女子特有のコミニュケーションだ。

 隣で見ていて、男の俺には妙な居心地悪さがある。

 何はともあれ両者の会話からして、希月が昼休み中にここを訪れていたのは、間違いなさそうだ。


「それから、今一緒に来てくれてた彼が――」


「一年一組の、逢葉純市くんだね。オッケー、ちゃんと把握してるから」


 希月が紹介するのに先んじて、天峰は断定的に言った。

 こちらへ向き直り、じろじろと顔を覗き込んでくる。若干上目遣いの瞳には、詮索好きそうな、好奇の色が閃いていた。

 その視線から逃れたくなって、俺は軽く咳払いしてみせた。


「……天峰、だったか」


「うん、そうだけど」


「これまで、俺とおまえは特に面識がなかったはずだが」


「そうだねー。あたしも逢葉くんとは、きちんと話すのってこれが初めて」


 天峰は、あっさりと同意する。


「でも、何度か廊下ですれ違うことぐらいはあったでしょー? 隣のクラスなんだから」


 どうやら、天峰は一年二組に在籍する女子生徒みたいだった。

 そう言えば、まあたしかにこんな子が一人ぐらい居たかもしれない。


「じゃあ、とりあえず二人共こっちに来てくれる?」


 天峰は、例のカーテンを端から少し持ち上げると、おもむろに手招きしてみせた。

 この先の場所へ入れ、ということらしい。

 希月は、迷わず間仕切りを潜って、奥に進んだ。

 俺も仕方なくあとに続く。

 こうなったら「毒を喰らわば皿まで」だ。


 紫紺のカーテンで囲われていた場所は、かなりせせこましい空間だった。

 黒い木製の円形テーブルが中央に設えられ、ノートPCが一台置かれている。


 壁際の片隅を見ると、大きく二段に分かれた収納があった。

 上段にはプリンタが乗せられ、下段には――

 黒光りして、いかにも頑強そうな箱型の物体が鎮座している。

 金庫だ。

 この部室には何だか似つかわしくないが、いったい何が入っているのだろう。


「さあさあっ。逢葉くんも絢奈ちゃんも、座って座って」


 天峰に勧められるまま、俺と希月は手近な椅子に腰掛ける。

 それから、居住まいを正して、ちょっと顔を上げた。



 と、次の瞬間、不意にパシャッ!と、視覚を閃光が刺激する。

 びっくりして正面を向くと、天峰が小型のデジタルカメラを構えていた。

 何やら突然、写真に撮られてしまったらしい。

 俺は、反射的に「なっ……」と呻き声を発し、身体を硬化させて、そのまま数秒余り言葉を失ってしまった。

 いったい、何ゆえ自分が撮影されたのか。

 唐突すぎるし、意味不明すぎて、混乱してしまったのだ。


 対する天峰は、手元でデジカメに納めた画像を確認すると、納得顔でうなずいていた。


「よしっ。まあまあイイ感じに撮れたみたいだね」


「――って、おい。何が『まあまあイイ感じ』なんだよ!?」


「え、そりゃ逢葉くんの顔写真だけど?」


 俺が訊きたいのは、そういうことではない。


 が、そんなの一切お構いなしといった物腰で、天峰はテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座った。

 ノートPCを開いて、電源を入れる。

 希月も相当強引だが、こいつも別の意味で油断のならないタイプみたいだ。

 とぼけた風体を装っているけど、そこはかとなく小策士めいた雰囲気を感じる。


「いましがた、ここが恋愛相談所? ――とか何とかだって言ってたみたいだが……」


「そう、『藤凛学園恋愛相談所』だね」


 液晶画面を眼差しつつ、天峰が正式名称を繰り返す。


「ここは、占星術研究会の部室じゃないのか?」


「それは、どちらでもあると言えるねー。……まあ、正しくは、あくまで生徒会から公認を受けている正式な組織が占星術研究会であって、その副次的活動に恋愛相談所が属しているんだけど」


「じゃあ、天峰は正式な所属で言うと、占星術研究会の部員になるんだな」


「そう、一応は」と、天峰は肯定し、どこからかUSBケーブルを取り出した。

 ノートPCを経由して、デジカメとプリンタを接続しているらしい。


「元々、占星術研究会は、恋愛トーク恋バナ好きな女子ばっかで構成されていたわけ。占いにハマったきっかけも、好きになった男の子との相性とか、恋愛運だとかが知りたかったから――ってパターンの部員が多かったし。それで、主にこの部室へ恋占いに訪れた学園生徒を対象にして、占星術研究会はある時期から、色々な恋愛相談を受けるようになった」


「それが……『藤凛学園恋愛相談所』発足の端緒、ってことか?」


「まあ、そんなところ。生徒会非公認の活動だから、決して表向きには存在をアピールとかしちゃいないけどねー」


 そりゃ、恋愛相談を受け付けるような組織を、生徒会が公に認めるはずはないだろう。

 藤凛学園は、比較的自由な校風だが、基本的には進学校だ。

 男女の恋愛を強く禁じる校則こそないけれど、だからって積極的に奨励するはずもあるまい。


「とはいえ、おかげさまで近年は、絢奈ちゃんみたいな利用者が増えて、あたしたちも遣り甲斐を感じてる。もう占星術研究会と、どっちが本来の活動かわからなくなるぐらいにね」


 ノートPCを操作しつつ、天峰は軽くおどけた素振りを交えて言った。

 一方で俺は、話を聞いているうち、この場所に酷く厄介そうな印象を抱きはじめていた。

 だって、隣に座っている希月は、自称「婚活女子高生」なのである。


 婚活と言えば、真っ先に連想されるものが「結婚相談所」だった。

 そして、この占星術研究会の副次的組織は、「恋愛相談所」……

 無論、双方の名称には、「恋愛」と「結婚」の差異がある。

 けれど、この一見して抱かざるを得ない類似性と来たら、どうだろう? 



 少し考え込んでいると、ほどなくプリンタが唸り出した。

 複雑な機械音を伴って、印刷した用紙が出力される。


 紛れもなく、俺の顔写真だ。

 具合を検めてから、天峰は工作用のハサミを取り出した(これもどこに隠し持っていたのかは、よくわからない)。

 用紙の写真を、縦六センチ×横四センチほどのサイズに、素早く切り抜いていく。


 やたらと手際のいい動作を、俺はあんぐりと見守ることしかできなかった。

 次いで天峰は、いったん席を離れ、金庫の前にしゃがみ込む。


「相談所の活動内容は、けっこう多岐に渡るんだ。通常の恋愛コンサルティングはもちろん、利用者からの要望に合わせて、理想の条件に近い異性を探してみたり、参加を募って合コンをセッティングしてみたり、ネット上のSNS内に認可制専用コミュニティを開設して交流をうながしてみたり……。すでに気になる相手が居る人なんかには、より直接的な人材斡旋に関わることもあるし――」


 こちらに背を向け、金庫のダイヤルを回す。

 すぐにカチリと音が鳴って、扉が開いた。

 内部から取り出したのは、黒い書類ホルダーだ。


「目ぼしい生徒のを、独自ルートで収集することもあるね」


 天峰は、それを持って戻ると、テーブルの上で開く。



 そうして、俺の目に飛び込んできたものは――……


「おぉい! なんでその書類、思いっきり俺に関する情報ばっか記入されてるんだよ!?」


 そう、俺こと逢葉純市の個人情報が大量に記載された用紙だった。

 PCの表計算ソフトやワープロソフトを使用して作成されたと思われる、複数枚に及ぶ資料めいたもの。

 そんな代物が、どういうわけか書類ホルダーの中に挟まっていたのだ。


「えっ。そりゃ、これがキミの身辺情報をまとめた資料だからでしょー?」


「んなこたぁ見りゃわかるよ! そんなもんがどうして占星術研究会の部室で、金庫の中に保管されてたのかって訊いてんだよッ!」


「恋愛コンサルティングに必要だからに決まってるじゃん。たった今言ったでしょー、独自ルートで目ぼしい生徒の個人情報も収集してるって」


 天峰は、しれっとした面持ちで、資料の一番上に重ねてあった用紙を抜き出す。

 プリントアウトしたばかりの顔写真を、そこへちゃっちゃと糊付けした。


「ほいっ。これで全項目埋まったから、逢葉くんの資料も見事完成。いやー、絢奈ちゃんが部室まで連れて来てくれて、ホント助かったわー。ありがとね!」


「うふーっ。困ったときは、お互い様だよぉ~」


 天峰と希月は、二人揃って笑い合う。

 いやこれ現在一番困ってるの俺だろ。

 個人情報流出的な意味で。


「……この流れから察するに、希月がここへ俺を誘ったのって、天峰に顔写真を撮らせようとしたからだったのか」


「うん。いつも未花ちゃんには、お世話になってるから」


 こやつ、妙なところで要らんことをしてくれたもんである。


「まあ、単に逢葉くんの写真を入手するだけなら、学園祭や体育祭のあとに学校で販売されていたやつを買ったり、写真部の知り合いに頼んで盗撮したやつを横流ししてもらう方法もあるんだけどねー。やっぱ資料に添付するには、直接撮らせてもらったのを使う方がいいから」


 天峰は、うんうんと深く首肯している。

 勝手に納得すんな。

 ていうか、写真部の人間まで裏で協力してんのかよ。



「希月は、ここで俺に関する情報を知ったんだな」


「うふふー、そうだよっ。未花ちゃんに色々調査してもらったおかげで、逢葉くんが私の希望条件にぴったり当て嵌まる婚活対象だってわかったの」


 にへらっ、と少々だらしない表情を覗かせて、希月は答える。

 これまで大した親しくもなかったのに、やたらと俺の成績だの趣味だのに詳しかった理由は、そういうことだったのか。


「おい、天峰」


 俺は、向かい側に座っている占星術研究会の一年生部員を、真っ直ぐ睨み付けた。


「この資料にある身辺情報を、どうやって集めたんだ」


「繰り返すけど、情報収集は独自ルートの手段で。あれこれ調べようとすると、大抵一ヶ月ぐらい掛かるんだけどね。――例を挙げれば、あたしは一年生の女子生徒に関する噂だったら、あちこちで見聞きしているし、笠野先輩は二年生の女子生徒の身辺に詳しい」


「男子生徒の話は、誰から聞く機会があるっていうんだ」


「ふふん。実はね、逢葉くん。あたしって、こう見えても彼氏居るんだぞ」


 天峰は、自慢げに胸を張ってみせる。ただし、あまり起伏はなかった。


「笠野先輩だって彼氏持ちだし、あと二人居る先輩も全員リア充なんだ」


 ここで言う「リア充」とは、単に「現実リアルの生活が充実している」という意味じゃあるまい。

 交際相手が居るってことだろう。


「……各部員の付き合ってる恋人が、学年毎に男子生徒の情報源になってるってことか」


「ご名答だね、逢葉くん」


 大きなお世話だ。


「まあ、恋愛相談に乗ろうって相手が彼氏の一人も居ないんじゃ、やっぱ利用者も信頼感を持てないでしょ。だから原則として、コンサルティング活動に従事する部員は、ちゃんと男の子との恋愛してなきゃいけない、って部分もあるんだけど」


「そんな建前のために付き合ってんのかよ」


「あー、いやいや。もちろん基本的には、あたしが好きになった男の子だからこそ、お付き合いをはじめたんだけどね。……うん。ちゃんと好きだから、自分の彼氏のこと」


 ツッコミ入れると、天峰は慌てて否定してみせた。一瞬、かすかに顔を赤らめる。

 何だかわからんが、惚気のろけられてしまったようだ。

 隣を見ると、希月も少し頬を染めている。

 ほけーっとして、羨ましそうな、それでいて幸せそうな表情になっていた。

 なぜおまえまで。


「え、えーっと。とにかくだね――」


 天峰は、こほん、と咳払いしてみせた。

 照れたのを誤魔化しているらしい。

 自分のキャラがブレたとでも思っているのだろうか。


「そうは言っても、例えば逢葉くんの身辺に関してだって、あたしの彼氏が君から直接聞き出したわけじゃないし。ここの部員の耳に入るまでのあいだには、さらに他の協力者が居たりする場合が多いんだけどねー。それ以上の具体的な情報ソースに関しては、明かせないな」


 もし、情報提供者が特定されれば、その当人が嫌がらせを受けたりしかねないから――

 という配慮だそうだ。

 意趣返しを警戒する人間が増えると、恋愛相談所側としても生徒の身辺調査がやり難くなる。

 それゆえ、ソースの開示請求には、絶対に応じない方針だそうだ。


 俺は、天峰の手元にある書類ホルダーを、じっと眼差した。

 あの中には俺だけでなく、他にも様々な生徒の個人情報が詰まっているのだろう。また、奥にある金庫にも同じように。


「こんなことをしていて、許されると思っているのか」


「んー? 何が許されないって?」


「決まってるだろ、こんなの生徒個人のプライバシーに対する侵害だ」


 おまけに取得した情報を、希月みたいな部外者へ「恋愛コンサルティング」なんて名目で横流ししている。

 ひょっとすると、天峰は「生徒同士で、異性の噂話をしていたようなものだ」とでも言い張るのかもしれない。

 しかし、それにしてはやり方が悪質だ。


 そもそもこの組織は、存在自体が非公認なのだが、活動内容に至っては半ば非合法じゃなかろうか。

 こんなことが実際の結婚相談所で行われたりしたら、確実に訴訟モノだ。


「もし、占星術研究会が裏でこんな活動をしてる事実について、俺が生徒会や風紀委員会に告発するとしたら、どうするつもりなんだって話さ」


 学園自治機構として、部活動の暴走を無視するわけにはいくまい。

 生徒会役員なり風紀委員なりの査察が入り、恋愛相談所の実態が明るみになれば、占星術研究会も活動停止命令や部室の没収、あるいは廃部も免れ得ないと思う。


「なるほど。告発ねぇ」


 ところが、いかにも天峰は余裕たっぷりで、にやついた笑みを浮かべていた。

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