第四章 森を支配するもの

 宿題をあらたか終わらせ、早速森に行ってみたリサは驚いた。


 大きく立ち入り禁止と掲示された立て看板。ご丁寧に丈夫そうなロープで道も塞いであった。看板にはメルディン社所有の為、関係者以外の立ち入りを禁ずと書かれている。


 メルディン社。


 リサだって知っている、もはやこの街の象徴といってもいい大企業。まさかそのメルディン社とエーファに繋がりがあるとは思わなかった。


「……」


 いや、なんかおかしい。


 根拠はないが直感でリサは両者の繋がりを否定した。


 よくよく観察してみれば、その看板もロープもどれも真新しい。まるで昨日今日設置されたみたいに。


 エーファはずっと森に住んでいるらしいから、もし元々関係があるのならこの真新しさは不自然だ。もっとも、メルディン社との関係がごく最近になって結ばれたのなら話は別だが。


 まあともかく。


「とにかく会わなきゃね。折角ここまで来たんだし」


 リサは自分に気合いを入れる。


 お出かけ用のワンピースにサンダルという軽装で来た事を後悔した。お菓子を入れたバスケットも、こんなんだったらリュックにすれば良かったと悔やまれる。


 小道を塞いでいるロープは密で、くぐり抜けたりするのは不可能だ。かといって上を跨ぐには高さがある。となれば横の、ロープを張られていない森を直接入るしかない。こちらも木々が密集し、まるで侵入者を拒むかのようであるが、他に道はない。


 しかしリサには撤退、日を改めるという戦略はなかった。


 ただ突撃のみである。


 リサは勇ましく腕まくりをして、森へと踏み行った。


 そして――


「民間人と思われますが、少女が一人森へ入って行きました。いえ、魔力反応はありません。ええ、そちらの判断をお願いします」


 影から森へ入る者を監視する、赤茶色の制服の女。


 森は監視されている。




 そして、その後しばらく。


 一人の男が走って森の入り口まで来た。長身の、なかなかの優男だ。


 先程無謀にもの森へ入って行った少女を探しているのだろうか、うろうろと森の入り口の周辺を歩き回り、奥を覗き込むようにしている。


 当然、見つかるはずはないが。


 森は今、あの方の術によって大きく形を変えている。森の奥、魔女の館より奥はあのお方の力をもってしても無理だったが。


 あの少女はもう既にあのお方の元に転送されているはずだ。そういう術が森にかけられている。


 赤茶色の制服の女はただ監視するだけである。


 女は男を止める事も少女が森に入っていったと教える事もなく。


 ただ見守るだけである。







 クルトは意気揚々と、花束片手に森へ向かっていた。


 一昨日昨日今日といい、いささか通いすぎじゃね? と思わないでもないが、まあそういう巡り合わせなのだと、自分を納得させる。そもそも自分と彼女では接点がなさ過ぎる。こちらから会いに行かなければ会えない。だから仕方ない、と更にクルトは言い聞かせる。それにだ、イルマは住む場所がなくなると言っていた。それが気になる。


 だから様子見もかねてクルトは森に来たのだが――。


「……」


 声をかけるべきかどうか、クルトは一瞬迷った。


 森には先客がいた。森を行ったり来たりしている、不審人物。その人物とは昨日初めてあったばかりだが、クルトはあんまり好きじゃない。なんとなく気が合わない雰囲気。


「お前は、」


 ああほら。


 クルトは小さく舌打ちした。


 こちらから声をかけようか、そう考えていた時に、これだ。先に向こうが気付いた。


「昨日はどうも。良く会うね」


「……この看板はお前の仕業か?」


 笑顔で挨拶したのに無視られ、おまけにガン飛ばされた。


 いらっとしたが耐える。


 男が厳しい顔で指し示す看板を一目見て、大体の事情を察する。


「まあ、俺の仕事の結果ではある」


 男は顔をしかめた。


 まあ当然の反応か。男からするとクルトは胡散臭く、またこの状況を作り出した張本人だ。好印象は得難いだろう。欲しくないが。


「そんな奴が何の用だ?」

「あんたに答える義務なんかないと思うけどね、まあいいや。これ見たら分るだろう?」


 花束を少し掲げてみせる。


 男のしかめ面はますます深まる。だがそれ以上は何も言ってこず、男は看板に目を戻した。仕方ないから話しかける。


「で、あんたは? こんな所で何してんだ?」

「……知り合いに頼まれたんだ。そいつの妹の忘れ物を届けてくれってな」


 男は片手に持つ袋を見せた。


 小さな袋だ。中身は何かは全く想像できない。


「その子、彼女と知り合いなんだ」

「ああ」


 男は難しい顔して看板を睨んでいる。


 そんなもん無視して行けばいいのに。


 クルトは男の生真面目さに呆れた。


 だがまあ、その妹とやらも生真面目に看板の文句を忠実に守り、引き返したかもしれない。男もそう考えているのだろうか。


 呼びかけようとして、クルトは気付いた。


 男の名前を知らない。昨日自分は名乗ったが、男は名乗っていない。


 まあ、別にいいけど。


「で、あんたは何悩んでんだ? その子はもう帰ったかもしれないだろ、こんな看板があったんじゃ」

「そういう素直な奴じゃないんだ。あの子は」

「ふーん?」


 男が何も言ってこないから生まれる、沈黙。大の男二人が看板を前にして突っ立っているのは少々異様な光景だが、幸いにして他の人間はいない。人目を気にする必要はなかった。


「……で、あんたはこれからどうするんだ?」

「……」


 男は難しい顔で黙ったままだ。


 いい加減、飽きた。


「じゃ、俺は彼女に用があるんでこれで。妹さんに会ったらあんたがうろうろしてたって伝えとくよ」 


 男にそう言い捨て、クルトは森に足を踏む入れた。


「おいお前――」


 男の制止する言葉は最後まで聞こえなかった。


 森に足を踏み入れた瞬間。


 ぐにゃりとクルトの視界が歪んだ。


 視界だけではない。


 感覚も、思考すらも歪む。


 ……だ……な……ん……


 声にならない叫びを上げて、クルトの意識は途切れた。

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