間章3 パーティーから帰った後
朝帰りならぬ昼帰り。
母親には「送り狼だなんてあたしゃあんたをそんな男に育てた覚えはないよ! でもよくやった! 流石あたし達の息子だよ!」と、けなされ誉められた。ひどい誤解をしているのは分かったが、ヴィリバルトは訂正する気力がなかった。それよりも早く横になりたい。
のろのろと自室に戻り、着替える事もなくベッドに倒れ込む。
いつも目に入るから近い距離かと思えば、意外と森は遠かった。森の入り口近くにある『秘密の近道』を通ったお陰で魔女の館までは一瞬だったのだが、森と街は意外に遠かった。歩いて一時間程だろうか? 見回りで歩く事は多々あるから歩く事は苦痛ではない。ただ近いと何となく思い込んでいた二つの距離が、歩けども歩けども縮まらないのが苦痛だった。
おまけに。
少し前をどんどんと進んでいく、あの少女。
身体はしばらく見ない内に女性らしく、また背丈も伸びていたが、口を開けば昔のまま。ぶっきらぼうで淡々として、でも己の感情に素直な子供のような彼女。
初めて会った時は自分も警察学校を卒業したばかりの新米で、彼女も今よりもずっと幼かった。小柄で華奢で、乱暴に扱えば壊れそうな儚さがあった。今では当時の面影は全くなくなっていたが。
別にエーファが大女だという訳ではない。同僚や知人の中にはエーファよりも大きな女性だっている。ただ昔に比べると、あの不用意に触れれば壊れてしまいそうな儚さが霧散していた。その差が大きい。昔を知っているので、尚更。
それでもあの宝石みたいな綺麗な目は変わらなかった。彼女は恐れずに人を真っ直ぐに見つめるから、耐性のなかった頃は目のやり場に困った。
今でもよく覚えている。
初めてエーファに会ったあの日。
街の不良共からの通報に、驚きながらも駆けつけたあの日。
彼女は、衣服が汚されたという理由で、街の不良共を叩きのめしていた。
『あの女頭おかしいんスよ!? オレらはちょっとからかっただけで、』
『……ふん、お前たちとは違うのだから、当たり前だ。私にとって、この服は何にも代えがたい。その服を汚されたのだから、怒るのは当然だ』
『だからって、腕折るのはやり過ぎだろう』
『知らん』
絶世の美少女でありながら、エーファは強い。少しでも強引に腕を引けば、彼女は容赦なくその腕を折った。
「はぁ……」
懐かしく思い出しながら、ヴィリバルトは大きくのびをした。
今日、昨日から今日にかけ、自分はどこかおかしくはなかっただろうか? 不自然な態度は取ってなかっただろうか? 思い返せば気が滅入る。おかしな態度を取った事を思い出したからではない、そんな事を気にする自分に対してだ。その小ささに情けなさを覚える。
それに、あのボルツとかいう胡散臭い男。
エーファが全く気にしていなかったら問いただせずにいたが、あの男はどう見ても裏社会の人間の匂いがした。警官として過ごしてきた数年間で身についた感覚だ。どうもまっとうな社会人の匂いがしない。しかしボルツという名も、あの垂れ目の顔にも覚えはなかったので、そう神経を尖らす必要はないと結論づけた。
しかし気になる。とても気になった。詳しく聞きたかった。どういう関係なのかと。
理性と見栄で何も聞かなかったが、男に問いただしたかった。根掘り葉掘りと。
男が帰った後にそれとなくエーファに聞ければ良かったが、多分アレはなんにも分かっていないに決まっている。そんな気がして、あと見栄も邪魔して結局何も聞かずにそのまま別れた。
そうして、こうしてうじうじと思い悩んでいる。
「……寝るか」
こういう時は寝るに限る。
忘れるように。
起きたら、すっきりと忘れられているように、深く眠ろう。
明日はまだ休みだが、明明後日は仕事だ。
上司に無理矢理取らされた夏休みが、明日でようやく終わる。明後日からは仕事だ。
いつもの日常。
変化のない、代わり映えのない日常が戻ってくる。
いや――。
昨日、正確には今日もだが、エーファの入団式と言っていたっけ? 彼女は、『ヴォルグ』に顔を出すようになるのか。
それは、楽しみだ。
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