第三話「ナイトパレード③」

6/


 翌朝五時半。ほむらは未だ傷心……と思われるので、俺は親父と二人――と言っていいのかどうかは何とも言えないが――でとある建物に侵入していた。


「……なるほど。廃工場、か。確かにここなら身を隠せる」

『おまけに日光にも当たりにくい立地だ。即興の潜伏場所としては上々だろう』

「ここで吸血しなかったのも、一種のかく乱だったのかね」


 言い切った直後、後ろに避ける。――当然のごとく、吸血鬼は不意打ちを仕掛けてきたのだ。


「――ちっ、相変わらず勘のいいヤツ」


 目の前に立っている吸血鬼は、当然ほむらの姿はしていない。……それはおそらく、彼女のありのままの姿なのだろう。


「それが、君の真の姿なのか」

「ええそうよ。私が変装できるのは、そいつの血が体内に残ってる間だけなんだから」


 そう忌々し気に呟いた彼女の姿は、初めて見るものではなかった。その黒絹のような長い黒髪は見覚えがあった……彼女は、他の犠牲者とは違う要因で行方をくらましていた少女だった。


「君が行方をくらましたのは、太陽光から逃げるためだったのか……風宮明美」

「そりゃ仕方ないでしょ。灰にはなりたくないし」


 言って、彼女――風宮明美はこちらに迫る。……激突は、既に避けられないものとなっていた。だが当然、身体能力が違いすぎるので戦いにならない。俺の能力では彼女の身体を傷つけることすらかなわない。……ただそれでも、俺は彼女を倒さねばならないのだ。


「……まあ待て」


 ……だがその前に、一つだけ確認しておきたいことがあった。


「なに? まだ言い足りないことがあるの? しつこい男は嫌われるわよ」

「そう言われると耳に痛いが、これでも新聞部部長だからな。ちょっとはしつこくないとダメなんだよ……で、いいかい、質問?」

「――ふん、まあいいわよ。さっさと言いなさい」


 それにありがとう、と頭を下げてから俺は口を開いた。


「――風宮。お前はまだ――――人を殺すのか」


「――は。何かと思えば。……当然じゃない。生きるには、それしかないんだから」

「殺すたびに、お前の心は死んでいるんじゃないのか」

「――――! ……だったら、なんだってのよ」


 明美の目が大きく開く。まるで己が内面を見透かされたかのように。


「何となくはわかる。――ああ、けど安心してくれ。考えていることまでは見えないし見る気もない。それに、残留思念だってよく調べないと誰のものかなんて分からないからな」

「……ふん、どうだっていいわ。ここで殺せばいいんだから」


 もう止めることの叶わないジェットコースター。……今の彼女は、そういう状態だった。生きるために今までの倫理観、道徳観を捨てねばならない。それが彼女の力の代償だ。加えてたちの悪いことに、彼女の能力発現は望んでのことではないという。

 ――ああ。これはもう。


「……潮時かな。この状況も」


 そう呟くと俺は、


「――――な」


 ナイフを投げつけた。


「――ち、やってくれるじゃない。不意打ちなんて」


 ナイフは右膝へ直撃し、恨み言を言って彼女はさらに殺意を明確にした。そして、そのナイフを引き抜こうとして、


「……! これ、ナイフじゃない――」


 それがナイフの形をした別の何かだということに気が付き――――




/断片始め↓/


夜の街は、昼とは違う顔をする。活気のいい駅前は、そのほとんどが店を閉め、ネオン街に早変わり。その商店街から徐々に活気を奪いつつある大型スーパーは、影絵の城に様変わり。正直、子どもの頃ならちびってた。

 そして私は、そんなお城の大迷宮、立体駐車場に忍び込む。ここなら、落ち着いて食事ができるからだ。


「あー、お腹すいた」


 テーブルクロス……ではなくビニールシートを展開する。だって血とか残ったら面倒だし。テーブルクロスじゃ小さすぎるし。そしてその中に包まっていたそれをまた包まないといけないし。


「うーん、でもかさばるよね、どうしても」


 それは重いし持ちにくいし食べ物としてはホントに駄目。かといってこれの携帯食料とか出たらそれはそれで大問題。倫理的にヤバイ。


「そんなことになったらさすがに世も末だわ」


 そう言って私は視線を落とす――そこにあるのは人の形。といっても既に機能は停止している。……要は死体である。新鮮な、死にたてほやほやの。


「まあそもそも、出たところでいらないんだけどね」


 私は食人家カニバリストではない。食人なんて、そんな趣味はない。


「うん、くやしいけど――――すごくおいしいのよね」


 私はただ啜るだけ。頚動脈を掻っ切って。

 その真っ赤なモノを啜るだけ。




 ――そう、私は。




 不本意ながら吸血鬼になってしまったのだ。


/断片終わり↑/

 



 いつか自分が紡いだ言葉に貫かれたことを理解した。


「なに、これ…………!」

「何って、あんたの残留思念だよ。駐車場で見つけたんで、拾って加工したんだよ」

「心は読まないって言った直後にこれとか、ひどすぎない!?」

「わるい。今回はコテンパンにこらしめる腹積もりだったのを忘れての発言だった。許してくれ」

「許すか死ねーーーーー!!」


 当然のごとく迫りくる吸血鬼の鋭利な爪。すさまじい脚力で飛んできたそれを跳ね返す術などない。――少なくとも俺には。


『カイ。残念だが今のお前ではオレの力を引き出しきれない。故にオレの助力は期待するなよ。いや本当に残念だ』

「親父、それホントに本気で言ってる?」

『言ってるぞ。親とはそういうものだ』


 この時点で彼女の爪は俺を引き裂いている。俺は無残にも肉体をバラバラにされ、今までの犠牲者や親父と同じく幽霊の仲間入りを果たすだろう。それは誰が見ても自明の理だった。


「――これ、は。………………ッ!」


 だが彼女はそれができなかった。体が動かない。腕を振り下ろせない。――彼女は、中空で鎖に拘束されていたのだ。


「なに、これ、やめ、やめなさ、――ひっ、やめて、なにこれ、やめてって、やめ、」

「それが俺の能力の全貌だ。――お前から引きずりだした後悔の念が、今お前を縛っている鎖の正体だ」

「……やめて、離して、放して、話すのをやめて…………!」

「――って、聞こえちゃいないか」


 彼女が取り乱し、叫ぶのも無理はない。今鎖を通して彼女に流れ込んでいるのは人間の心に重くのしかかるモノ。……後悔や自責の念だ。それは忘れたくても、あるいは忘れてもいいと言われても忘れられない、心に絡みついた枷のようなものなのだ。それが、彼女を飲み込んでいる。しかもそれは彼女のものだけではない。


 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?


――彼女が殺した人の死の間際の叫び、嘆き、慟哭すらも含まれている。――それに耐えられる人間が、果たしているのだろうか。


「……あ、ぁ――あ」

 鎖による拘束を解除する。……これ以上は危険であると判断したからだ。


「気分はどうだ? いや、聞くまでもなく最悪か」


 視線を移すと、脱力しきった状態だったが彼女が睨みつけてきた。……が、すぐに眼を閉じた。――そして。


「……最悪ね、あんた」


 ただ一言、そんなことを呟いて。彼女は意識を失った。

 一面にガムテープが貼られた窓からは、僅かながら朝の陽ざしが漏れていた。




7/


 八時十五分。何の問題もなく俺は教室に到着した。無遅刻無欠席……うむ。いい響きである。


「おい神崎ー、入り口で突っ立てんじゃねーよー」

「ん、悪いな中島」


 友人に途中まで背中を押されながら座席に向かう。……そこにはなぜか既に高杉が座っていた。


「おう、おはようさん」

「おはよう。……高杉、とりあえずどけ」

「えー、いいじゃん」

「よくない。俺はカバンを置きたいんだ」

「しゃーねーなー」


 渋々席を明け渡す高杉。そこは俺の席だというのにおかしな話である。


「……で。どうなったんだ、新聞のネタの方は」


 カバンから一時間目の教科書類を出していると、高杉がそんなことを聞いてきた。


「ああ。ネタとしてはヘビー過ぎた。人が死んでるからな」

「そりゃまあ、吸血鬼だもんな」

「ああ」


 首肯する。ただ何故か高杉はニヤついている。何だというのか。


「どうしたんだ、そんなにニヤニヤして」

「ん? いーや、なんつーかよ。カイ、お前始めっから記事にする気なかっただろ」

「…………」


 いやはや。長年の友人は馬鹿にできない。相変わらずの慧眼である。


「お見通しだったわけか。――その通りだよ。理由は特にないがな」

「嘘つけ。どうせこれ以上吸血鬼に殺しをさせないようにしたかったんだろ」

「…………」


 ホントになんなのかこの友人は。なんで俺が口に出していないことまでわざわざ――


「まあそう睨むなって。これでもガキの頃からの付き合いだ。お前の考えてることぐらい何となく分かる」

「……まあ、いいけどさ。別にそういうのじゃないからな」


 予鈴のチャイムが鳴ったので会話をやめる。……そんな事ができるとは思ってはいないが。


「わかったわかった。そういうことにしといてやる。お前はそういうやつだ」

「…………」


 今日の高杉は妙に癇に障る。何なんだ本当に。


「だから睨むなってば」

「今俺はだいぶ腹の虫がおさまらないんだが」

「そうじゃねえって。いや別に、殴って気が晴れるならそれでもいいんだがよ」

「……? どういうことだ?」


 こういう時の高杉はよくわからない。一言足りないのだ。ムカつく原因はきっとそこなのだろう。


「悪い悪い、言葉が足りなかったな。――まあつまりアレだ。溜め込んでる感情もんがあるんなら吐いちまえって。俺でいいなら聞いてやる」

「――――。…………じゃあ昼休み。部室で頼む」

「モチのロンよ」


 ……やはり長年の友人というのはバカにできない。


 十二時十五分。新聞部部室――生徒会室横の空き教室――に、俺と高杉はいた。


「鎖を使った」


 簡潔に、実に簡潔に鬱屈の内容を語った。


「まあ気持ちのいい能力じゃないよな」

「誰が好きであんな能力使うかってんだ」


 もう何度も零した言葉。その度、高杉は聞いていてくれる。実際、助かっているのだ。


「まあそりゃ、残留思念とはいえ他人の心を暴いてるようなもんだもんなあ」

「…………」


 その辺に溜まっている思念を読み取るのはそいつ等に悪いが正直好きだ。そもそも勝手に聞こえるし見えてしまうので不可抗力なところもある。それに、あくまでも『何者かの言葉』という匿名性があるのだ。……だが、それを深く見ると、その前提は霧散する。深く見てしまうと、それがどんな人物が発したものなのか理解してしまうのだ。当然姿が見えるわけではない。だがしかし、魂の形が見えてしまう。そして、その魂を持った人物と出会うと理解してしまうのだ。


 ……〝そいつが、お前が覗いていたヤツだ〟と。


 もう慣れた。その囁きに。

 もう慣れた。それを使うことに。

 もう慣れた。それを使わねばならない状況に。


 これは、消えるものじゃないのだから。


「折り合いを付けていくしかないよな」

「お前がそれでいいんならいいけどよ。……無理はすんなよ」

「わかってるよ――さて、そろそろ掃除の時間だ。行こうか、高杉」

「おうよ。……あ。そーだ」

「なんだ」

「ちゃんと黒咲に会ってやれよ?」

「……わかってるさ。別に避けているわけじゃないんだし」

「そりゃそうだわな。お前に限ってそんなわけねえわな」


 そう言うとガハハハと笑いながら高杉は先に歩きはじめた。


「……どんなわけだどんな」


 折り合いを付ける。それはそんなに簡単なことではない。けれど、不可能なことではない。だったら、できるのではないか。諦める必要などないのではないだろうか。少なくとも、俺はそう思うのだ。他人の心を暴くこの能力にも、きっと何か意味がある。希望的観測ではあるが、俺はそう信じたいのだ。




8/


 放課後。今日は部活を休み、二崎

 ……ああ。一つ訂正を。『俺』じゃなかった。『俺たち』だった。俺たちといっても親父のことではない。今日は姿を見ていない。どうも風宮明美の監視をしているようだ。


「ありがとう、神崎君。約束守ってくれて」


 ――少女が呟いた。伏し目がちに、少し控えめに、彼女は視線だけをこちらに移している。その夕焼けが反射して煌めく銀の髪に、どきりとさせられる。


「だから連絡しただろ。明日の放課後、駅で会おうって」


 なんとか平静を保って声を出す。……まったく、毎回これだから情けない。我がことながら笑えてくる。


「学校って言わなかったから、今日は来ないと思ってた」

「保険だよ。戦闘が長引いたら、学校に間に合わないかもしれなかったからな」


 かといって、学校に行けたら行けたで校内で会うまいとしていた今日の俺もどうかと思うが。


「昨日は正直ちょっとほむらちゃんが羨ましかった」

「あのなぁ。ほむらは割りと危ない目にあってたんだ。アレぐらいの覚悟はいるぞ、昨日のは」

「わかってる。ほむらちゃん、今日は学校来てなかったみたいだし。……それでその、アレって何?」

「そりゃアレだよ。死の危険とかそういうやつ」


 ぶっきらぼうに返す。正直、この話題は避けたかったのだ。


「嘘。それだけじゃないでしょ、神崎君」

「――――う」


 ……避けたかったのだが。そうもいかないようだ。


「やっぱり。ちょっとは隠し事とかあるかもだけど、でも神崎君にはあんまりしてほしくない」


 ……それを言われると、参る。それもそんな儚げな表情で言われると、どうしようもなくなってしまう。


「いやだからな……隠しているのはまあ、なんというか、その」


 でも言えないよなぁ。不可抗力とはいえパンツを見てしまったことなんて。いや、正直淡々と話して、尚且つ感想を述べることだってできる。できるのだが。それはあくまで当事者であるほむらに聞かれた時だけであってここではない。男同士の会話でさえ、言わないでおこうとさえ思っているのだ。それをましてや目の前にいる彼女の前でとなると、言えるわけがないというか。なんというか。


「その、なに?」


 彼女は尚も追求してくる。……どうしようか。……ああ、こうしようか。


「アイ、お前が傷ついてほしくなかったからだ」


 もちろん、ほむらにだって傷ついてほしくない。というか本当ならだれにも傷ついてほしくない。それが難しいのもわかってはいるが、それでも……である。

 ……でも、その中でも特に、目の前の少女、黒咲アイには傷付いてほしくなかったのだ。俺は、彼女を守ると誓ったのだから。


「……ズルい。答えになってないよ、それ」


 見ると、彼女の顔は真っ赤になっていた。……ずっと見ているとこちらまで赤くなってしまいそうだ。


「あのさ黒咲。これを言っちまうのはまずいのさ。ほむらが学校に来なくなってしまう。それも困るだろ」


 本当に、純粋にあの後輩を慮った上での発言なので、ご容赦いただきたい。


「うん、わかってるよ。神崎君は浮気なんてしない人だってことぐらい」

「しない。絶対に」


 念を押しておく。ていうか誰がするか。彼女を本気で悲しませることなどあってはならない。それだけは避けなければならないのだ。もし悲しませるような奴が現れたら、その時は俺が――――


「ちなみに。パンツの件は怒ってないよ。不可抗力だったみたいだし」

「…………」


 あ、知ってたんだそれ。


 怒ってないようで安心したけれど、今度からは不可抗力だったとしても見ないように心がけよう。そう、固く胸に誓った。




エピローグ/


 目を覚ますと、肌が微妙に焦げていた。チリチリと痛みと熱さが同時に現れ、香ばしい匂いが自分の体から漂っていた。


「……やば」


 すぐに起き上がり陰に移動する。……ガムテープだけでは完全密閉とはいかなかったようで、微かに漏れ入ってきた日光が、私の体を焦がしていたのだ。


「あぶないあぶない。もう少しで灰になるところだった」


 体の焦げ具合と日差しから察するに、今は昼前か。いやはや、我ながらお寝坊さんだ。珍しい、今までこんなになるまで寝ていたことなんてなかったのに。どうしてこんな時間まで寝てしまったのだろう。確か昨日は零時には眠っていた筈で、何なら五時には起きていたと思うのだが――――


「あ」


 ……そうだった。五時に起きて、それで――――


「あのキザ野郎と戦ったんだった」


 神崎カイとかいうヤツに精神的にやられたのだった。……なんというか、デリカシーもクソもない攻撃だった。


「うぐぐ、まだなんか聴こえてる気がする……」


 流石にそれはなかったが、それぐらいには精神的にきつかったのだ。あれ以上聴いていたら、しばらくトラウマになった挙句ノイローゼになりそうだった。


「……アイツ、次会ったら今度こそ殺す……」


 心に激しい闘志を灯す。朝方ここにいたクソ野郎への、次はないという明確な意思を心に刻む。


「……アイツ、私と学年一緒だったわね」


 今から乗り込んでも構わない。対日光装備で行けば三時間は十全に動ける。


「……うーん、でも他の人たちを怖がらせる必要はないしなぁ」


 学校ならあちらも派手なことはできないだろうけど、私もあまりやりたくない。大体そのために夜間に吸血をやってたわけだし。……となると。やはり下校時を狙うか。そう思いプランを練るために机――埃まみれ――に向かう。


「……ん?」


 ――と。そこにはボイスレコーダーが置かれていた。


「……いや、これって」


 一見ボイスレコーダーに見えるそれ。だがよく見るとそれはなんとも形容しがたい靄のようなものでできていた。……私はそれに似たものを、知っている。


「あのナイフや鎖とおんなじだ、これ」


 ……そう。今朝あのキザヤローから受けた攻撃と、同じ類のモノだったのだ。

 罠かとも思ったが、それなら態々こんなことなんてせずにあの場で私を殺すだろうし。……それに、ソレのすぐそばに


〝口座番号等の個人情報以外なら、なんでも質問に答えます。ただし三つだけです。それで溜飲を下げていただけると幸いです。……手順は、質問を言った後に再生ボタンを押す……です。以上です。――神崎〟


 といった感じの、やたらめったらかしこまった文体の手紙が置かれているのだ。


「……なんでも、か」


 個人情報がどの程度のものを指すのかはっきりとはしないが、なんだか気になってきた。……よし。これが罠とかもうどうでもいい。色々聞いてやろう。


「……って。三つだけか」


 となると意外と思いつかない。……少しだけ、時間を作ることにした。




 ――五分後。三つの質問が決まった。


「じゃあさっそく」

 一つ目の質問といこうか。


「じゃあ手始めに。――私の能力についてどう思った?」


 どうせ聞くことしかできないのだ。結局のところ、思いついたままに質問するだけである。

 というわけで、再生ボタンを押した。……するとすぐに答えが返ってきた。


『吸血した相手をゾンビ化、あるいは吸血鬼化する…………んじゃなくて、そいつに擬態できる、と。――うん。地味だな』


「…………」


 うん。やっぱ殺そうかなあいつ。倫理観道徳観その他もろもろを剥ぎ取った、あいつの裸の感想なのだから一考の余地もあるのだろうが、それにしたってムカつく。地味ってなんなのだろう。ひどいよね、すごく。


「――まあいい、次よ、次」


 殺すかどうかはとりあえず置いておくとして、今は質問をすることこそが重要だと思ったのだ。……というわけで次の質問。


「好きな子とかいるの?」


 今度会った時にぶつけてやろうと思ったのだ。しめしめ、慌てふためくヤツの顔が楽しみだ。


『黒咲アイ』


「ああ、あの娘ね」

 おとなしめの子が好きなようだ。ああ見えて意外とシャイかもしれないし、今度おどろかしてや


『彼女のことは、俺が必ず守ると誓いました』


「…………」

 どうした? 急に感情が重いな? なにかあったんだろうか。


「あっこれつまり彼女ってこと? ――まあいい、次だ」


 色々思うところもあったけれど、慈悲の心を消し去り、最後の質問に移る。これで、ヤツの心をへし折ってやる。我ながら結構キレているらしい。


「じゃあ最後の質問。――あなたの秘密を教えなさい。私が興味出そうなヤツ優先で」


 正直なところ、個人情報に当たるかもしれないし、いくらなんでも我ながらひどすぎるのではとも思ったが、あちらはあんなひどい能力を使ったのだ。同じように覗かれても文句は言わないでほしい。別に、誰にも言いふらすつもりもないし。それで良しとしてほしい。


『…………』


 沈黙。……やはり個人情報に抵触したのか。そう思い、今のはノーカウントなのか聞こうとして


『――三歳のころ、家に押し入ってきた強盗を殺した。それが、俺が初めて能力を使った時だ』


 なにかズシリと、心にのしかかった。


 ……ボイスレコーダーのようなモヤは、霧散してしまった。自壊ではない。私が握りつぶしてしまったのだ。




 ……数分経った。


「三歳、か」


 正直なところ、率直な感想としては『ああ、やっぱりか』だった。あの落ち着きっぷりと、私の吸血を咎めるときの憂いの籠った眼差しは、とても上っ面なものには見えなかったのだ。だから、殺しの経験がヤツ……神崎カイにあること自体は驚きこそすれど納得できないことではなかったのだ。……ただ。


「そんな時から、ずっと背負ってるってわけ?」


 その経験は、幼いころにするものではなかった。いや、今でさえしてはならない。アイツの言った通り、私は吸血の快楽を得るのと同時に、それ以上の苦しみによって心が死んでいくのだ。自分と同じヒトをただの肉塊に変えていることに、恐怖と絶望を感じているのだ。……そして、恐らく同じものをより膨大に感じているだろう、私に吸血されるまで生きていた人のことを考えると正気でいられなくなる。――それは、人数など関係ないのだろう。この感覚は、最初からあったし今でも変わらない。……そんなものを、彼は幼いころから背負っているというのか。三歳児に大人を殺すほどの力などあろうはずもない。それだけ強大な力を、アイツはそんな小さな時から背負い込まされていたのだ。


「……あーあ。殺す気、失せちゃった」


 実際、殺す気など初めからなかったのかもしれない。いやむしろ、アイツのような奴に私は殺されたがっていたのかもしれない。自分でもよく分かっていなかった、ここではなく態々立体駐車場で吸血を行うことも、無意識化で見つけてくれと思っていたからかもしれない。あそこなら、もしかすると誰かが近くを通るかもしれない、道中、能力者に出会うかもしれない……なんて。まったく、「しれない」「しれない」と都合のいい話である。


「私ってば、全部投げ出したかっただけじゃない」


 我ながら情けない。まだなんとかなるかもしれないのに、その選択すら放棄して逃げ出そうとしていたのか。


「バカらしい。まだ八方塞がりと決まったわけでもないのに」


 殺した命は戻らない。……けれど、そう決めつけるのは早いかもしれない。――この吸血衝動と、私が手をかけた人々。それら全てに対する解決策を探すべきではないのか。それも贖いの一つではないのか。なにせこの世は能力者で溢れているそうで、表に出ていないだけで、そういう人は割といるのだとか。


「……アフターケアってこと?」


 出口の扉には、この世界における能力者についての説明が書かれていた。能力者が割といるというのは、そこに載っていた。


「……アイツ、そういうのも判るんだ」


 魂を見るというのは、そういうことも見えてくるということか。……ということはつまり。


「なんだ。結局、会いに行かなきゃならないじゃない」


 なんだかいいように転がされているような気がしないでもないが、悪い気はしないのだった。


「よし。じゃあ今晩は、一人で、駐車場で待ってようかな」


 久しぶりに、そして純粋に。夜が来るのが待ち遠しくなった。


                       第一章「ナイトパレード」、了。




/灰燼の声


 風宮明美が晩の準備を始めたころ、昼頃まではボイスレコーダーだった塵靄が蠢き始めていた。……これは神崎カイにとっても予想外だったのだが、このカイの思念で構成されたボイスレコーダーは、大きなくくりでの質問だと、それに該当するものを全て答えてしまうのだ。――つまり、今この塵は、今にも消し飛びそうになっているにもかかわらず、己に課せられたオーダーを遂行しようとしているのだ。……そう、『神崎カイの抱いている秘密』、その全てを開示しようとしているのである。


 ――そして、ある言葉が形を成す。二つ目にして、塵が力尽きて消滅したために最後となってしまった風宮明美への情報提示を。

 風宮明美は気づいていなかった。――いや。気づかなかったことはもしかすると、彼女にとっては幸運かもしれなかった。


『一瞬とはいえ、核心を綴ってしまうとはな。――まだまだ詰めが甘いな、カイ』


 彼女が聞こえていないと知っているから。黒翼の幽霊は、己が息子の未熟さを淡々とした口調で咎めた。


『さて、カイが学校から帰ってきたら反省会だな』


 そう言って家路に向かう幽霊。その後ろ姿は、死んでいるのに妙に生き生きとしているように見えた。そのことを自分でも変に思ったようで、幽霊は笑いだした。

 陽は、山に寄り添い始めていた。――今夜は穏やかな夜になりそうだと、幽霊は思った。


                              第二章に続く。↓




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