パンダな判断

素想 実水

1

助手席から降りた私は、空を舞う1羽の白い鳥を見た。


ノートパソコンをパチっと畳み、帰る準備を整えた。

「お先に失礼します。」

「村瀬氏、お疲れ〜。また明日。」

「あっ後、月末締切の書類は後ろのキャビネットに閉まってあるから再鑑宜しく。真邉氏バイバイ。」

隣の席に座る真邉氏こと、真邉奈帆子にまず挨拶をし、次に部署の皆に聞こえるよう挨拶した。

「お疲れ様です。」

デスクの通路を歩きドアノブを開け、エレベーターに乗った。

会社を出て、駅へ向かう。

東京駅の赤レンガ駅舎は復元し、多くの人が完成を喜んだ。

東京駅を覆っていた防音シートが外された時、イメージは花嫁さんのベールアップが頭に浮かんだ。

日本の玄関口とも言える東京駅には、沢山の目的を持った人達が行き交っている。仕事、観光、買い物、移動途中、などなど。

それぞれ向かう方向と共に時間が流れている。

何年、何月何日、何時何分、何秒‥

時計の時間は、同じでも、人生と言う時間は1人づつ持っているアルバムなのだろと大勢の人を見て思う。

私は、帰宅。

「さぁ帰ろう。」

駅のホームに着き、携帯でメールチェックをしているうちに電車が到着した。

「東京、東京〜足元にご注意ください。」

女性の声のアナウンスが流れている。

電車を待っていた人達と足早に乗った。

「ドアに挟まれないようにご注意ください。」

東京駅の発車の音楽が鳴り終わり、パタンとドアの閉まる音がして、電車が動き出した。

扉出入り口の両端に付いている右側の銀の手摺りに捕まった。ゆらりゆらりと数十分乗っていると、オレンジ色の街灯が見えてくる。

このオレンジ色の街灯が並ぶ橋は、車が通るために架かっている。

こちらの白い街灯の橋は、電車が通る。

それぞれ離れて2ツ架けられている。

日が暮れた外は薄暗く、扉のガラスには蛍光灯の光が反射し車内の風景が映っていた。

持ち手の部分が、三角形の吊革は、ずらりと並び、スーツ姿のサラリーマン、携帯を見ている女性達が私の後ろに居て、背景となっている。

この橋のオレンジ色の街灯が見たくて、蛍光灯の光の反射を除けるため、ガラス窓に両手で小指のと掌の側面を押し付け指を丸めて望遠鏡をつくる。そこから覗き込み、オレンジ色の街灯を眺める。

地元を繋ぐ、オレンジ色の街灯が灯る橋を見ると、懐かしい幼少期を思い出す。

あの頃は、まだ家族が4人だった。

親父の仕事で首都高速道路を使い時々、現場まで家族で行った思い出。

帰りの車から見えた首都高速道路の街灯も同じオレンジ色だったと記憶が蘇る。

安堵と疲れが混ざった後ろ姿は、ただ身体だけ大きくなった子供のように私も電車の窓ガラスに映っていた。


「ちょっと、どいてー。」

髪の毛をセットしていた親父に言った。

「どいてじゃないよ。もっと早く起きれば、ガチャガチャすることもないでしょ?」

「うるさいー。喋ってられない。嗚呼ーもぉ、タイツどこ?」

「はいはい、お先に行くよ。鍵ちゃんと閉めるんだぞ。」

「分かってる。ばいばい。」

村瀬家の朝は、慌ただしい会話が飛び交っている。

ガチャ

「よし、鍵OK。行こう!」

自分に言い聞かせ、地元の駅までママチャリをすっ飛ばした。

駅の階段を一段飛ばしで駆け上がり、人と人との間をすり抜け改札機の入口から見える時計と、電光掲示板見て思わず、声が出る。

「55分の電車、間に合ったー。」

ホットしながら、改札機へ通る順番に並ぶ。

Suicaをタッチする、あの一瞬は心の声が聞こえる気がしてならない。

年期の入った角が擦り減っているパスケースを鞄から、サッと出した。

そして、十人十色な人のタッチ!を見る。

Suica→カチ!

(おはよう、これから仕事。)

改札機→

ピッ。(行ってらっしゃい。)

Suica→

バーン!!(電車遅れて苛々するぜ。)

改札機→

ピッ。(すみません。)

Suicaの乗車券や残高だけではなく、持ち主の気持ちまで読み取っているような自動改札機。

私は、必死の形相で駆け上がっていた階段の時の気持ちを落ち着け、一呼吸し、そっと軽快にタッチした。

Suica→

ソーット!(時間に、間に合ったよ。行ってきます。)

自動改札機→

ピッ!

(今日も頑張って。)

と聞こえるかも知れない。

朝、時間に間に合った時の自動改札機を抜ける瞬間、箱根駅伝のゴールした選手の気持ちになれる。

達成感を胸に、フラップドアをゴールテープに見立て通り過ぎた。

時間に余裕を持って過ごしている大人な人達には、フラップドアがゴールテープに想像するこなんてんてないよなと。

ギリギリで行動する自分を反省すると共に笑に変えていた。


左から、TVのCMみたいに水色の京浜東北線が走ってくる。

会社からの出口が近いのは、1番前の車両。運転席が見える1両目に決まって乗車する。

通勤ラッシュ時間帯だから仕方のないけど‥満員電車に、慣れたと言えば慣れたけど‥苦痛じゃないと言えば嘘になる。

時々、具合が悪くなってしまうサラリーマンやOLさんであろうか?老若男女と、それぞれ見掛ける事もある。

自分も乗車時、貧血や急な腹痛になってしまった経験が何度かある為、私が同情しても治らないのだが、心配してしまう。具合が悪い時の一駅から一駅が妙に長く感じてしまい余計にしんどく思った。腹痛時、電車を降りてからのトイレが遠い駅だったりした日には、超ー運が悪かったと言う事にしていた。

ぼーっと、こんなことを考えているうち人の大群に押し込まれ雪崩かのように車内へ移動していた。

左手で吊革を掴み腕時計をしていないことに気がついた。

55分の電車に間に合ったけど、会社の最寄り駅に到着するには、ギリギリの時間だ。

乗車時ドアに鞄や人が挟まったりして何度もドアが開閉したり、前の電車が支えて途中で停まったり停止信号などと、やむ負えない諸事情で起こるロスの時間もある。

時間が解らないのは不便と思いながら、黒色の腕時計がない左手首は、少し華奢に見えた。

「携帯があるから大丈夫。

携帯で時間を確認すればいいだけだ。」

鞄の中へ手を入れて探す。

なかなか見つからない。

満員電車の人と人との密着度の高さで身動きが取りづらく、鞄も大きく開けない。

余り数分ゴソゴソしていると周囲の人からの気まずい視線が送られてくる時もある。と細心の注意を払った。

必要最低限に身体を動かし、中身が見やすいように財布は顎に挟み、鞄の中をゴソゴソと探った。

いつも携帯を入れているポケットから、中のポケットまで隅々と確認したものの‥鞄の中から、サーモンピンク色の派手な携帯は見つからなかった。

あたふたしているうちに、途中駅に電車が到着した。降りる人の流れで私の目の前の席の人が2人立った。

基本、私は席に座らない。

朝の時間帯は、空いた試しがなく、座席が万が一、空いたとしても‥

「お前がすわるの?」的な気まずい空気が流れる気がして、敢えて座りたくないと思ってしまう。

乗車率120%の以上の日にイスに座ってしまったことを想定してみる‥

座席の前のポジションの人は、倒れないよう必死に網棚の下の手摺りを握り締め

体制を保ち、満杯過ぎる時は、片手が私の頭上付近にあり窓ガラスを押している。足元では、靴と靴がぶつかり合い、車内は見えない殺気で陣地取りが行われている。

自分も座席前ポジションを何度か味わったことがあるが、電車のブレーキがかかる時の制動力でドミノ倒しになり、そのまま倒れていったこともあった。

普段使わない腕や脚の筋等が使われ、次の日、筋肉痛になるぐらい怒濤の日もある。

経験が故に、立つのも辛いけど、座わるのも心苦しい。

座るポジションになってしまったら、速攻瞼を閉じると決めていた。

満員電車での自分を守る技。

見猿、聞か猿、言わ猿のような〝寝たふり〟

しかし‥

偶然にも、目の前の席の2人が立ち上がり席が空いてしまった。

私は、座りませんよ!と譲ってる感じの体の動きをし吊革を両手で握り、立ち位置を確保していた。

しかし‥ヨタヨタと身体の向きを変えていたら、降りる人の波に押されるがまま座ることになってしまった。

「参ったなぁ。」

と、凄く小さい声で呟いて、瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る