第17話 盗賊三者会議

 それぞれがそれぞれの仕事——というのか持ち場というのか、ともかくも部屋から去って行くのを、アルグはもと居た背の高い棚の上から眺めていた。

 アルグの見たところ、ここはギイドの思想——世界を破滅させようと企む犯罪組織というよりは、単なる盗賊団といった方が近いようだった。むしろギイドに共感して参加したという者は、一人もいないのだろうか……。

 盗み以外にも、彼らは手広くいろいろな悪事を働いているようだ。そもそもアルグはギイドの動向を気にしていたので、その幾らかは把握していた。ここに本拠を構えているのだって、どこの国の所属になるのか、不法占拠には違いない。

 ヴァイオレットの紹介の仕方のおかげで、彼らに敵視されずに済んだが、意思疎通のままならない鳥を、敢えて構おうという人間もいなかった。

 アルグの目下では、この場に残った三人が、中央の卓を囲んでいる。どこからともなく酒とツマミが出てくるあたり、ならず者の根城らしい。それらの顔ぶれは、ヌー、チャボ、ハッカと呼ばれていた大中小の三人。

 チャボがヴァイオレットの消えた方に首を巡らせて、しみじみと言った。

「いやあ、けなげだねー。

 あれ? 『けなげ』でいーんだよな?」

 椅子にだらしなく足を上げて腰掛けるわりに、やけに背筋が良いこの男は、常に弛んだ顔をしていていかにも調子が良さそうだ。中肉中背で、三人の中ではちょうど真ん中の体格をしている。

「ああ、健気だ」

 さっそく手酌で酒をついで、深いうなずきと共に返事をしたのはヌー。よく日に焼けた体は、「鋼のように鍛えられた」という表現が相応しい、非常に機能的な筋肉で隆々としていた。上背もかなりあるので、空間に余裕のあるこの洞窟でも、ちょっと窮屈そうに見える。見た目通りの豪快さで、ヌーは一息に杯を空にした。

「——いじらしい、とも言う」

 一番小柄で細身のハッカは、たぶん年齢も一番下だろう。彼は酒に興味がないらしく、ツマミの豆を手前に引き寄せながら、ぼそりと呟いた。雑に伸びた前髪の下から、神経質そうな青色の瞳がのぞく。

 そう言えば----腹が減ってきたかもしれない。後でおこぼれにあずかるとしよう。アルグはハッカが摘む豆を、じっと見つめた。

 ともあれ。

 三者三様。体格も性格も嗜好も異なる三人だが、なんとなく気が合って、よくツルんでいる。アルグの目には、そんな風に見えた。

 アルグも腰を落ち着けて、邪魔をしないように三人組の会話を眺める。

「ムリしちゃってまー。探しに行きたいと違うのかな、ホントは」

「がんばり屋なんだな」

「——『強がってる』が、正しい」

「がんばって、強がって、ムリしてるんだろー」

「……大丈夫かな、ヴァイオレットさん」

 心配そうに、ハッカが言った。猫背に背を丸めているから、余計に小さく見える。

「ああ、オマエ、好きなんだっけ」

 気軽に受けたチャボに、ハッカが分かりやすく喉を詰まらせた。

 琥珀色の目をまるまるとさせたのは、ヌーだ。

「そうだったのか」

「うん」と、何故か勝手に答えるチャボ。

 ハッカは椅子に両足を上げて、そっぽを向いてしまう。杯を両手に、ちびちび傾ける。

「ヴァイオレットちゃん可愛いもんなー」

「並以上なのは認めるが。オレの趣味じゃない。子供すぎる」

「オッサンはそうだろ! おれももっと大人のおネエさんがイイけど」

「ヴァイオレットさんは可愛いよ……」

 むっつりしたハッカが、横を向いたまま擁護するように呟いた。

 杯を振り上げ、酒を散らしながらヌーが焚き付ける。

「ならさっさと告白しろ!」

「……は?」

「でないと勝負にならんじゃないか!

 嬢ちゃんはギイドの旦那にぞっこんだ!」

「あれ? そうなの?

 おれはダンナの隠し子なんだと思ってた」

「——『隠し』の、意味が分からない」

「なんでそうなる」

 二人に呆れられて、チャボは孔雀色の瞳をきょとんとさせた。それからまじめな顔をして——それでもどこか抜けているのだが、小首を傾げる。

「そうでもなきゃ、ヴァイオレットみたいなまともな娘さんが、おれたちみたいのとツルむもんかよ」

 他の奴もそうだって言ってた——と主張する。

「だからって子供はねえよ。似てないだろ」

「それ言ったら、年齢とし離れすぎじゃん。

 おじさんと若い娘さんじゃん」

「おじさん……といえばおじさんになるか?

 いや待て。恋に年の差は関係ないと言ってだな——」

「さっき子供だからナイって言ったろ!」

「それはオレの好みだ!

 とにかくおまえはさっさと告れ!」

 とばっちりのように、ヌーがハッカに話を振る。

「旦那はいないんだから、今が好機だ!」

「そうだな! そうだぞ、ハッカ!」

 ——なんの話だ、これは……。

 アルグは鼻から息を抜く。まじめにヴァイオレットの心配をしていたかと思えば、恋バナとかいうものに発展している。アルグは少々面食らった。こんな話題には終ぞ縁が無かった。……まあ面白いので、もう少し聞くことにする。

 ——で、告るのか告らないのか……。

 完全に面白がっているだけのヌーとチャボに、ハッカはむっつりと押し黙ってから、またぼそりと言った。

「——……別に、付き合いたいとか思ってない」

「あれ? ならそんなに好きじゃない?」

「…………大好きですけど?」

「だったら行けよ。純情気取ってんじゃねえぞ」

「——オレの愛は、そんなとこには無いんだ。陰から、見てたいだけ。甲斐甲斐しく尽くすヴァイオレットさんを。まったく見向きもされないし、ぜんぜん報われないのにさ。それが良いの。それが可愛いの。こっち向かれたら、むしろ興醒め……」

 恥ずかしいのかなんなのか。抑揚のない低い声で独り言のように言う。うつむきがちなせいで、伸ばした髪が顔に掛かる。想い人を語っているとは思えない暗い眼差しが、ちょっとコワい。

「なんだそりゃ」

「わからん」

「ヘンタイか」

「変態だな」

「…………」

 ハッカは短く鼻から息を抜いた。どこからか取り出した短剣で、生ハムを切り分け始める。非常に危なっかしい手付きが、別の意味で恐かった。

 三人の内で杯を干す間隔が一番に短かいのは、チャボだ。そんなにキツそうな酒ではないものの、けっこう飲んだのに酔う気配がない。——ちなみにアルグは酒があんまり得意ではなかった。若い頃は、の話だが。

 杯を片手に、チャボが気軽そうに切り出した。

「でけっきょく。どこに行っちゃったんだ、あの人」

「知らん。見当も付かん。

 賢いヤツの頭ン中は、さっぱりだ!」

「——どうでもいいとか、勝手にしろとか、よく言ってた」

「言葉通り、自分が一番勝手をする!」

「ああ、『勝手』で思い出した!」

 チャボが腰の後ろから取り出した扇で、掌を打つ。

「おれたちさ、ダンナが何も言わないから、洞窟いっぱいいじったし、畑とか作ってるじゃん」

 おれたち——というのはこの三人だけではなく、ここで生活をしていた一味全員を指すようだ。ヌーもハッカも、簡単にうなずく。

「作ってるなあ、畑。

 誰だったかが、食ってたスイカの種を面白半分で土に植えたら、あっという間に芽が出て、小っせえ実が生ったからって、喜んで——」

「——面白いからいろいろ植えてるうちに、それならいっそ、畑を作って食べられるモノ育てようって。確か鶏も、毎日卵が食べたいって誰かが言い出したから……」

「おう。オレだ!」

「そうそう!

 だから盗ってきたんだよ、おれも。ヤギ!」

「「ヤギ??」」

 ヌーとハッカの声が重なった。

「ヤギ乳飲めたらいいなーて思って。

 ヤギ乳あれば、チーズ作れるって聞いたし」

「いや、無理だろ」

「で! 畑と鶏まではなぁんにも言わなかったギイドのダンナが、ヤギ盗って見せた時は固まってたんだ、さすがに! あん時の顔はケッサクだったーー!」

 と、満面の笑みを浮かべながら、しなやかに扇を広げてあおいでみせる。薄い金属の板に細かな透かし模様を施し、何枚も束にした、場違いに上品で優美な扇だった。長い玉飾りまで下がっている。どう見たって歌舞などで使う儀礼用だ。

 盗品なのか。それを言ったら、彼らが使っている酒器だって、有名な窯で焼かれた年代物の逸品に見える。つまりびっくりするくらいの値が付く。その価値を知ってか知らずか——たぶん柄が気に入ったとかそんな理由で使っているのだろうが、あまりに無造作に扱うものだから、見ているアルグがひやひやした。

 ハッカが首を傾げる。

「——ヤギ、いないじゃん」

「返してこい、て言われたから、返してきた!」

「そりゃ飼えんだろ、ヤギは!」

「——……ギイドさんの顔、見たかったかも」

「だろだろ!」

 とチャボは、澄んだ音をさせて扇を閉じ、調子よく続ける。

「眉をさ、こうちょっと寄せたくらいで、あんま変わんないんだ、いつもと。でも『なんだこれは……』て、あきらかになってて!」

「ギイドさん。帰って来ないのかな……」

 不意に呟かれたハッカの言葉に、ヌーもチャボも、ちょっと言葉を詰まらせた。

 ほんの一時、三人が静まる。

 ヌーが膝を打って顔を上げた。

「賭けるか!」

「帰って来るか、来ないか?」と、首を傾げてハッカ。

「見付けるか、見付けないか?」と、同じく首を傾げたチャボも応じる。そして直ぐ様、「ならおれ、見付けるほう!」

「あ、オレも」

 すかさずハッカが続いた。

 ヌーが泡を食う。

「あっ、おい! オレだってそっちに賭けるつもりでっ……これじゃあ成立せんだろがーー!」

 立ち上がって抗議する。

 アルグはやれやれ、と首を引っ込めた。

 なかなか味のある連中らしい。この場所にいて彼らと関わり合いながら、ギイドは未だにあんな風なのだから、それはそれでよっぽどだとも思う。

 ——さて、と……。

 棚の端に移動して「クェッ」と一声。翼を広げて、舞い降りた。鳥なので酒は無理だが、彼らと相伴させてもらうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る