奴隷商人と森エルフ
魔桜
1
01⇔奴隷船ハーレム一行
足を舐められている。
チュプチュプ、と卑猥な音をわざと立たせながら、舌をナメクジのように這わせる。豊満な胸を足に押し付けながら、丁寧に、丁寧に、濡れない場所を塗りつぶすみたいに舐めつくしている。
瞼が垂れ下がっていて、卵のような丸い輪郭をしている顔貌。布地の少ない水着をきていて、ほとんどが紐ではないかというぐらいに際どい恰好をしている。羞恥心のため、頬を赤らめているが、それよりも奉仕する方が重要らしい。
だが、水着だけでなく、態度でも誘ってくる。
たぷたぷと揺れる大きな胸に今度は足の指先も挟み込む。
男よりも年上、というかこの船では最年長だが、傅くこと、奉仕することが何よりも最高の幸せのように細い唇を歪めている。
「あっ……ん……」
艶めかしい声を上げたのは、男の足を舐めているのとはまた別の女で少女。もう片方の足を背中にのせて、馬のように四つん這いで甲板に這いつくばっている。
頭の上にあるのは、猫の耳。半獣人である証だ。
首には鉄製の首輪。
ジャラリ、と鎖で繋がっていて、その先は男の右手に握られている。何かを期待するような瞳をしながら見上げてくるが、見て見ぬふりをする。それすらも快楽を感じるが、はうううと恍惚の表情を浮かべている。
ガッチリとした首輪は白いが、それ以外は黒い。くっきりと日焼けの跡がついているのが、妙な色気を醸し出している。
幼女は、まだあどけない顔をしている。まだ八歳だというのに、こんな特殊な趣味に覚醒していると、将来が不安になる。
「も、もっと、強く扇ぎましょうか?」
三人目の女性が口の端をひくつかせながら、大きなヤシの葉で扇いでくれている。
この奴隷船には四人乗っていて、もう一人はこの船の操舵をしているためここにはいない。その四人の中でもっとも新入りなのが、扇いでくれている彼女だ。
この船には似合わないぐらいに綺麗な顔立ちをしていて、指先まで手入れが行き届いている。みんな暑いからといって服を着ておらず、水着姿なのに、彼女だけは豪奢なドレスに身を包んでいる。
薄い生地で、中に着ている水着が透けて見える仕様だが、やはり暑そうだ。だらだらと汗をかいている。黄金色に輝く髪の毛から、プスプスと煙がでそうだ。
宝石が散りばめられている腕輪は似合っているが、微妙に重そうだ。長時間腕を上下させるのは結構な重労働なはず。
「いや、もういいよ。ありがとう」
「……ほっ」
金髪の女性は露骨に安堵する。
が、首輪に繋がった鎖がジャラリと音を立てる。
「さすがは元貴族様ですにゃー。私達みたいとは生きている世界が違うみたいだにゃ。さっさと自分の国に帰ったらどうかにゃ?」
「なっ、元貴族かどうかなんて関係ありません! 私はどうしてこの男にいつまでも仰がなければならないのかが分からないだけです! 昔の身分どうこうじゃなくて、常識的に考えておかしいでしょ!?」
「……常識が色々とないのはティナファの方だにゃー。そもそも『奴隷契約』を正式に結んだ時点で、ご主人様と奴隷の関係だにゃ。今の境遇に不満ならさっさと契約破棄するにゃ」
「そ、それは……」
ううう、とティナファは悔しげに言いよどむ。
どうやら、契約破棄はしたくないらしい。
「あー、それはおねえちゃんも……ちゅぷ……賛成だよー。ティナファちゃんはー、やっぱり……ちゃぷ……奴隷には向いてないって! だから私だけが、アズウェルの専属奴隷だよー」
「な、舐めながらいわないでください。見てて気持ち悪いし、何言っているか今いち頭に入ってきません! ……というか! 少しぐらいは何か言ってやって! アズウェル!」
うおっ、と小さく驚きの声を上げてしまう。
やっぱりこっちに飛び火してきた。
ティナファはいつも他の奴隷達に言い負かされて、矛先をこちらに向けることが多い。ある意味助けを呼んでいるようにも聴こえるが、残念ながらそうもいかない。
「いやー、リスキー姉ちゃんも、リンリンも、あんまり俺の言うこと聴いてくれないからなあ」
奴隷というのも名ばかり。
ちっとも奴隷らしくない。命令違反ばかりする。
彼女達は商品ではない。
もちろん、顧客のために奴隷売買を商いとすることもあるが、彼女たちはアズウェル専属奴隷なのだ。ちゃんとみんな『奴隷契約』は果たしている。それなのに話の一つもまともに聴いてくれないことが多い。
正直、今の奴隷商人という職業は向いていない気がする。前の仕事をしている時の方が、アズウェル自身には性に合っていたかもしれない。
「そ、それはそれで問題ありますね。ご主人様が奴隷の言うことを聴かないなんて! もっとちゃんとして欲しいです! ……私を奴隷にしてくれた時は、もうちょっとかっこよかったはずです……」
「えっ?」
熟した果実みたいに顔を赤らめながら、指先を弄んでいる。完全に、照れている。ティナファも恥ずかしいのだろうが、なんだかこっちの方が恥ずかしい。
あー、と微妙にきまずくなったので、視線をティナファから外す。
帆船のデッキ。
そこから見えるのは、抜けるような蒼天。
照りつける太陽を反射する、海の輝かしい波。
なにやら、首元から頭にかけて熱がぐいぐい上がっていく。温い潮風のせいだけじゃない。このまま海に飛び込んだら、さぞ冷たくて気持ちいいだろう。
「ずっ――るいっ! なんだかんだで、ティナファちゃんはいいところどりすることが多いのよねー。最近、アズウェルがおねえちゃんにかまってくれないから寂しいのよねー」
リスキーがようやく足舐め舐めをやめてくれたと思ったら、外れたことを口走る。どうも天然なところがあるのだ。そんなこと言ったら、他の二人が黙っていないというのに。
「なにいっているにゃ。ずっとご主人様と一緒に寝ることを独占してくせに! 本当は私だって、ご主人様と一緒のベッドに寝たいにゃ!」
「わ、私もちょっとおかしいと思います! ちゃんと交代制にしたほうがいいんじゃないんですか?」
あまり大きな船ではないので、男と女で分けて部屋分けをしている。だが、リスキーは勝手にこちらの個室にいつも入り込んでくるのだ。
拒絶しようにも、こちらが寝静まった時を狙って、ベッドに侵入するので困りの種である。正直、朝起きたら、あのぼよよんな胸に頭をうずめて起きるのは悪くない。いや、むしろ最高の気分だ。
だが、他の奴隷達の機嫌が物凄く悪くなる。
ただでさえ殺人料理であるティナファの料理が、さらにまずくなって、朝から昇天しそうになるのだ。できれば、あんな最悪の気分を毎朝味わうのはごめんだ。
「いや、あのー。正直俺は一人で眠りたいんだけど――」
「それはだめにゃー」
「だめです」
「うん、だめだよー」
言い終える前に、三者三様の言葉で拒否される。
さっき口喧嘩していたくせに、こういう時だけ結託するのはやめて欲しい。
と――ガチャンッと扉を開ける音がする。
四人目。
最後の船員にして最後の奴隷が乱入してきた。
「おっ、なになに。なんだかおもしろい話してるね? 僕も混ぜてよっ!」
八重歯を見せながら、細い手足を無駄に広げて近づいてくる。
端正な顔立ちと、透き通るような瞳。
頭は良くない方だが、人間離れした綺麗過ぎる顔立ちをしている。というよりも、彼女は人間ではない。
健康的で、引き締まっている四肢。それから、豹のようにうねらせる腰も、全部、ぜ――んぶ、造りものなのだ。
「悪いが無駄話をしている時間はなくなった。ほら、見えてきた」
馬鹿に付き合っていると、また話が長くなる。
指を差して視線を誘導してやる。
「貿易都市――サラマンディアが」
目的地、サラマンディア。
大きな灯台のある貿易都市は、栄えていることもあって、ここからでも多くの人や建物が見える。岬には多くの船が並列している。一番多いの地元の漁船。その次に、商業船。その他には海賊船や、奴隷船もある。
非合法な船が平然と並んでいるこの都市には、王様がいない。
明確な法律もない。
そのせいでごろつきの拠点でもある。かなり危ない都市ではあるが、表面上はかなり平和だ。それもそのはずだ、一度火がついたら、この都市を焼き尽くすことは皆承知のはず。
いくら薬で脳をシェイクされようが、自分の尻が焼かれるのだけは避けるだろう。
平たく言えば、この都市にはいくつかの大きな組織が睨み合っている。そのおかげで、拮抗状態ができあがっているというわけだ。一度争いが起きれば、瞬く間に戦争が起きるだろう。
だからこの都市では慎重に行動しなければならない。だが、商いをやっている身としては、危ない橋を渡らざるを得ない。
サラマンディアで勢力を広げつつある組織――その一つに交渉を持ちかけることが、今回の目的だ。一筋縄じゃいかない相手だが、その分成功した時の報酬もでかいはずだ。
「いつみても、でっかいよねっ! 貿易都市っていうだけあって、物も金も人も、たっくさんあるしっ!」
「そういえば、オーキシュはサラマンディアは初めてかにゃ?」
「そうそう。だって、私、まだ三歳児だからねっ! だいたいが初体験だもんねっ!」
見た目は十六歳ぐらいの女性だが、中身はまだ三歳児。しかし、知識はプログラムを埋め込まれているので、相当頭がいいはずだが、どうにもバカっぽい。
知識はあっても、それに振り回されているみたいだ。
今となっては骨董品の機械。世界的にも珍しい彼女も、また事情があってこの船に乗っている船団員。と同時に奴隷である。
「そういえば、そうだったにゃー。だったら、絶対楽しいはずだにゃー」
ぐぐぐ、と、船がどんどん右方向に進路を曲げている。先には海中から顔を突き出した岩がある。帆をはっていないせいで、速度もでている。そろそろ指示を出さないといけない。……と、なにか違和感を覚える。いてはいけないはずの奴が、ここにいる気がする。
そうだ。どうして、どうして、オーキシュがここにいるのか。
その疑問にぶちあたったのはアズウェルだけではないらしい。
間延びした声でリスキーが素朴な疑問を呈する。
「あの、ところでー。オーキシュちゃんここにいるけどー。舵は大丈夫なのー?」
「舵? 舵なら……あっ……やばいっ! 忘れてたっ!」
――そう言った瞬間。
ドゴォオオ! と船底が傾く。
「かっ、かたむいてます! ちょっと、はやく、減速しないとっ!」
「岩に乗り上げてるにゃー、このままじゃ!」
ティナファやリンリンの言うとおりだが、もう、なにもかも手遅れだ。正面から乗り上げるならまだしも、傾きながら乗り上げている。これじゃあ、船がひっくり返ったまま、港につっこむ。その先は海中ではない。固い石畳が待ち構えている。
「うあああああ。みんな、ごめ――――ん」
人より力があるからといって、オーキシュに舵を任せるんじゃなかった。
船はひっくり返り、そして、心の底からアズウェルは絶叫する。
「ば、ばかやろおおおおおおおおおおおおおお!」
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