妹と過ごす、あまあまな夏休み
夏休みも後半戦に突入したが、俺は変わらず怠惰な日々を満喫している。
今もクーラーの効いた自分の部屋で床にあぐらをかき、ベッドにもたれかかりながら漫画を読んでいる最中だ。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん……」
背後から聞こえてくる甘い声は聞こえなかったことにして、俺は漫画を読み進める。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」
「…………」
「おにーちゃんっ♡」
「…………」
無視を決めこんでいると、声はピタッとやんだ。
これ以上は俺にうざがられると判断し、諦めたのだろう。
……………………はぁ。
しょうがない。
俺は本を閉じ、肩ごしに振り向いた。
俺の枕に顎を載せ、つまらなそうな顔で漫画のページをめくっている妹に声をかける。
「芳乃」
ものすごい反応速度で顔をあげた芳乃は、期待のこもった眼差しを俺に向けた。
「どうせまた、例のあれだろ?」
「……付きあって、くれる?」
「一時間コースで頼む。それ以上は身体が持たない」
「……やったぁ」
芳乃は本当にうれしそうに顔を綻ばせた。
「あがって、お兄ちゃん」
俺が部屋に入ると、芳乃は後ろ手に扉を閉め、鍵をかけた。
「毎回思うけど、鍵閉める必要あるか?」
「なんとなく。気分っ」
「俺としてはむしろ、ドア開けっぱにしといてほしいんだが」
妹の部屋にはクーラーがないので、長時間こもっているとかなり蒸すのだ。
「それは嫌」
「……いいけど」
俺は観念してベッドの
まさかあの妹に部屋に招かれる日が来るなんて、少し前までは想像もしていなかった。
芳乃の部屋は白とピンクを基調としたいかにも女の子らしい内装をしていて、ベッドもその例に漏れず全体的にピンク色だ。男の俺は座っているだけで居心地が悪かった。
そんな俺の気も知らずに、芳乃はにこにこ顔で俺の隣へと腰を下ろした。
距離が近い。
ふいに伸ばされた芳乃の手が、俺の手を取った。
指を絡めてくる。
「はぁぁ……」
熱っぽい吐息を吐き出しながら、芳乃はさらに距離を詰めてくる。
肩と肩が密着する。
「……お兄ちゃんっ……」
芳乃は身を乗り出し、俺の胸に顔を
繋がっていないほうの手が、俺の腰に回される。
「おにいちゃんっ、おにいちゃんっ……」
猫撫で声をあげながら、芳乃は何度も俺の胸に頬ずりする。
そのたびに、ほのかなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
――そうして、時間だけが過ぎていく。
最初はただ単純に、母さんや湊がいないぶん、俺に甘えているだけだと思っていた。
だけどこれは、厳密にはちょっと事情が違う。
はじめて部屋に招かれて、はじめての行為を終えた後。なぜわざわざ部屋を移動する必要があったのかと訊ねてみたところ、
「だって自分の部屋のほうが“自分のもの”って感じがして、安心できたから」
そんな答えが返ってきた。
それで確信した。
これは――代償行為だ。
口では「お兄ちゃん」なんて言っているが、やっていることが兄に対するスキンシップの範疇を超えているのは明らかだ。少なくとも母さんに対しては、こんな甘え方はしていなかった。
俺に対しても、湊に振られたあの日以降はあまり遠慮せず甘えてくるようになったとはいえ、ここまで極端な甘え方はしてこない。
きっと芳乃の中では、“この時間”だけが特別なのだ。
この時間だけは兄に対して彼女のように甘えてもいいと、自分の中でルールを設け――俺もまた、それを受け入れている。
そんな特別な時間が今だ。
……まぁ、実際の彼氏にはこれ以上の甘え方だってしていただろうから、これでも抑えてるくらいなのかもしれないが。
気づけば俺はベッドの上に押し倒され、芳乃はただ、じっと俺の胸に顔を埋めている。
胸の中から、洟をすする音が聞こえた。
「…………一緒、って」
くぐもった声。
「ずっと一緒って……夏休みはずっと一緒にいようねって……約束、したのに」
「……」
「お出かけもたくさんできるねって、二人でデートスポット調べて……なのに…………なんでそんなこと言うのっ、みーくん……!」
芳乃は静かに泣き始めた。
心の傷が完全に癒えるには、まだ時間がかかるのだろう。
……俺は、湊にはなれないが。
それでも、少しでも芳乃の寂しさをまぎらわせてあげられるのなら……
こんな時間も悪くないのかもしれないと、ガラにもなく思った。
頭を撫でてやる。
芳乃の髪は、汗でびっしょりと濡れていた。
壁の時計に目をやる。
部屋に来てから、すでに二時間が経過していた。
狭い密室で、しかもこれだけ密着状態が続けば、そりゃ汗くらいかくか。
俺は芳乃が落ち着くまで、ひたすら頭を撫で続けた。
行為が終わったのは、それからさらに一時間後のことだった。
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