♥第4章♥

妹に報告


「――とまぁ、そういうことになった」

「……なりました」

 翌日、朝食の席で俺はあやねと肩を並べ、付きあうことになった旨を芳乃に報告した。ちなみに、父さんはすでに仕事に出ていてこの場にはいない。

「おめでとうお兄ちゃん、あやね。心から祝福します。わたしの大好きな二人が結ばれて、本当にうれしいっ」

「……それもこれも、芳乃ちゃんが後押ししてくれたおかげです。私一人では、きっと無理でした。本当に感謝しています」

 あやねは照れくさそうに言って、真摯な眼差しで芳乃に向きあう。

 対する芳乃は、


「そ? よかった。それじゃ、もうお兄ちゃん解禁でいいよね?」


「…………はい?」

「はい? じゃなくて。もうあやねの前でお兄ちゃんに甘えてもいいよねって言ってるの」

 ……なんだか、雲行きが怪しくなってきた。

「どうして、そんな話になるんです?」

「だって、あやねはお兄ちゃんの彼女になったんだよ? わたしに嫉妬するまでもなく、お兄ちゃんはあやねのものってこと。でしょ?」

「……私のもの、なんですか?」

 あやねはちらっと俺を見て、小声で訊いた。

「まぁ、そういう言い方もできるだろうな」

「……。そ、それで?」

 赤面しながら、芳乃に続きを促す。

「だからこそ、わたしも妹として、心置きなく存分に堂々と甘えられるようになる――違う? 違わないよね」

「違います」

 あやねは俺の腕を取り、胸に押し当てるようにして抱いた。

「私の……彼氏なんです。むしろ妹は、もう少し彼女に遠慮すべきではないでしょうか?」

「なにそれ? それが恋のキューピッドに対する態度?」

「それとこれとは話が別です」

「もういい……」


 スッ、と静かに立ちあがる芳乃。

 いじけて部屋に戻ってしまうのかと思ったが、違った。

 芳乃はまっすぐに俺のもとへとやってきて、


「よいしょっ」


 座る俺の上に、俺と向かいあうかたちで座った。

「はぁぁぁ……一日ぶりのお兄ちゃんだぁ……♡」

 ぎゅぅぅ、ぎゅぅぅと痛いくらいに抱きしめて、俺の首筋に顔を埋める。ふわりと漂う芳乃の髪の匂いが、鼻腔の奥深くまで染みこんでくる。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、おにいちゃんっ」

 あまりに幸せそうな声を出すものだから、俺もついいつもの癖で、よしよしと頭を撫でてしまう。

「……しあわせすぎて、しんじゃいそう」

「ちょっと芳乃ちゃん! なにをやってるんですか!」

「知らないもん」

「もんじゃないです! 離れてください! 私の兄さんから、離れてくださいっ……!」


 ――ガバッ!

 芳乃が顔をあげた。

「……あやね今、兄さんとか言わなかった?」

「い、言いましたけど、それがなにか?」

「付きあって早々、そんなマニアックなプレイを強いてるんだ……お兄ちゃんがかわいそう」

「プレイでもなければ強いてもいません! 兄さんがそう呼んでもいいって言ってくれたんです!」

「……やっぱりあやねの願望なんじゃん。歪んでる……」

 芳乃はちょっぴり引いていた。

「べ、別にいいじゃないですかっ、どう呼んだって!」

「呼ぶだけなら許すけど、お兄ちゃんの妹はわたし一人だけだから。それだけは忘れないで」

「なんですかそれ、意味がわかりません! いい加減に兄離れしたらどうなんですか?」

「やだ」

「それと物理的にも今すぐ兄さんから離れてください!」

「お兄ちゃぁん、あやねがいじめる〜。やっつけて?」

「もういいです……」


 スッ、と静かに立ちあがるあやね。

 いじけて部屋に戻ってしまうのかと思ったが、違った。

「芳乃ちゃんがその気なら、私にだって考えがあります……兄さん、立ってください」

「は? 俺も?」

「はい、お願いします」

「……」

 よくわからないが、言うとおりにした。

 芳乃がずるりとすべり落ちそうになるが、地に足をつけて体勢を立て直し、改めてガッシリと抱きついてくる。

 一方のあやねは、俺が座っていた椅子を隅に退け――


「兄さん……」


 背中にとても柔らかいなにかが触れ、同時に腕が俺を包みこむように前へと回される。

 どうやら俺は……背後からあやねに抱きつかれたらしかった。


「お兄ちゃんっ……」

「兄さん、好きです、兄さんっ……」


 前から、後ろから。

 声が俺を呼ぶ。

 温もりが俺を挟みこむ。


「……………………」


 俺は。


 俺は……感じていた。


 ――なんなんだ? この感じ……。


 ふいに、唐突に。

 どこからともなく湧きあがってきた、この気持ちはなんだ?


 違う。

 違う、違う……。

 ちがう、そう、これは――違う。


 この感情を、明確な言葉で表現することはできない。

 この感覚を、一言で言い表すならば、それは――


 違和感、としか言いようがなかった。

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