♡第3章♡
妹とお風呂
芳乃が三
俺が一人、湯船に浸かってリラックスしていたときのことだ。
――何者かが、脱衣所に入ってきた。
磨りガラスに映る、スレンダーなシルエット。
そいつは、なにやら、おもむろに…………服を脱ぎ始めた。
「おい、芳乃? 入ってるぞ?」
『うんっ、知ってる』
……正直、驚きや戸惑いよりも「やっぱりか」という気持ちが強い。
こうなってくるとむしろ、今まで別々だったのが不思議なくらいだ。
俺が腹をくくるのと同時、浴室の扉が開かれた。
「いっしょに入っても、いい?」
芳乃は一糸まとわぬ姿で、扉を後ろ手に閉めてから小首を傾げた。
「そろそろあがろうかと思ってたんだが」
「……遅かった」
とたんにしゅんと顔を伏せる芳乃に、俺は言う。
「背中流すだけでいいか?」
「……いいの?」
「それくらいならな」
「やったっ。ありがと、お兄ちゃんっ」
俺は浴槽からあがり、シャワーの蛇口を捻った。
芳乃と一緒に風呂に入るなんて、いったいいつぶりだろうか。本当に小さかったころは母さんと三人で入っていた記憶もあるが、小学校にあがるころには、俺はすでに一人で入っていた気がする。あのころから芳乃は母さんにベッタリで、俺には敵対心剥き出しで……だから俺は、せめて風呂くらいは平穏に過ごしたいとでも思って距離を取ったのだろうか? さすがに昔すぎて、心境までは覚えてないな。
「それにしても……」
俺は全裸の芳乃を、上から下までまじまじと眺めた。
寸胴体型だったあのころの面影は完全に消えてなくなり、全体的に丸みを帯びた女性らしい身体つきへと成長していることに、流れた歳月の長さを感じずにはいられない。着痩せするタイプなのだろうか、小さい小さいと思っていた胸も、
「どうかした?」
「いや。大きくなったなと思って」
「すっごい久しぶりだもんね、一緒に入るの。興奮しちゃった?」
「あぁ、正直辛抱たまらん」
「嘘つき」
視線を下に向けながら、芳乃が言う。
さすがに妹の裸でどうにかなるほど、俺は上級者じゃない。
もしも相手があやねであれば、いくらなんでも平静は保てなかっただろうが――って、なんでそこであやねが出てくるんだ?
「はいお兄ちゃん、座って?」
芳乃が風呂椅子を指さす。
「いや、おまえが座れよ。俺が背中流すんだろ?」
「いいから、座って? 一旦でいいからっ、ねっ?」
「なんだよ一旦って」
わけもわからず、椅子に座らされる俺。
すると間髪容れず、芳乃はこちらに尻を向けた。
意図を察したときには避けようもなく、太腿に柔らかな感触が伝わった。
「重い。歳を考えろ」
「ねぇお兄ちゃん、頭洗って?」
俺の苦言はスルーし、芳乃は首を後ろに反らす。
垂れ下がる長い髪が俺の顔面を覆い、シャンプーに汗が混じったような、なんとも言えない匂いが鼻腔をくすぐる。
「ねーぇ、お兄ちゃんってばっ」
そういえば、いつの間にか呼び方が“コウくん”から“お兄ちゃん”に戻っている。
――甘えられるひとがいれば、彼氏なんかいなくても、わたしは満足なんだなって
そう、芳乃は言っていた。
だから、“彼氏代わり”を象徴するような名前呼びにも、こだわる必要がなくなった……ということなのかもしれない。なんとも面倒くさいやつだ。
「……背中だけでいいんじゃなかったのか?」
「だって、いつも頭から先に洗うんだもん。ねぇお願い、おねがいおねがい〜っ」
ぐりぐりと後頭部を顔にこすりつけてくる。
「わかったからそれやめろ」
「やった、わたしの勝ちっ」
よくわからない発言は無視して、シャンプーのボトルに手を伸ばす――
「待って」
が、芳乃の手によって遮られる。
「最初はなにもつけずに、お湯だけで洗って?」
「へぇ、そういうもんなのか?」
「うん。素洗いだけで汚れの八割は落ちるんだよ」
へぇ、はじめて知った。
俺は言われたとおり、シャンプー剤はつけずに頭に手を載せ――
「あっ、だめっ、爪立てないで」
「……こうか?」
「今度は優しすぎ。髪よりも頭皮を揉みこむ感じでお願い」
「……」
俺は言われたとおりに仕事をこなし、今度こそシャンプーのポンプをプッシュする。
「もうワンプッシュね。長いから」
「……」
「あっ、待ってお兄ちゃん、まずはちゃんと手のひらで泡立ててね?」
「……」
すすぎ残しがないように時間をかけて泡を流し、続いてコンディショナーを手に取る。
「今度は逆に頭皮にはつけないように、毛先をコーティングするイメージで――」
「なぁ、芳乃? 自分で洗ったほうが早くないか?」
「お兄ちゃんに洗ってもらいたいの」
「……だったらいいんだが」
ようやく頭を洗い終え、泡立てたボディタオルで背中をこすり始める。
長い道のりだった。体感で三十分はかかった気がする。
きれいな髪を維持するのも大変なんだなぁ……なんてことを思いながら、俺は脇の下から前へと手を滑らせた。
「ひゃぁ……っ! いいよっ、前は! 自分で洗えるからっ!」
芳乃は慌てたようにボディタオルをひったくった。
だったら頭も自分で洗えるだろ、というつっこみは呑みこんで、俺は芳乃を降ろして立ちあがる。
「じゃあ、先にあがってるからな」
「うん……あ、待って」
振り向いた芳乃は上目遣いに俺を見あげながら、甘えるような声で言った。
「あとで、髪……乾かしてくれる?」
俺はおざなりな返事を残し、浴室をあとにした。
きっとこれからは毎日一緒に入ることになるんだろうな、どうせ。
いつか誰かにバトンを手渡すその日まで、俺の身体は持つのだろうか……。
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