第28話

 ホワイトハウスの屋上に僕とノーマンだけが上がる。絶壁により一切の光は遮断された暗闇の空間で、僕とノーマンは正対する。


 電子機器デバイスを起動させようとすると、


「この後に及んでSGの創り出した武器に頼る気か?死者の名前を冠した武器に。それでは政府のゴミ屑共と何ら変わらん。結局は死者を弄んでる事になる。違うか?」


「素手でやり合うって事だね」


「そうだ。近接戦闘クローズクウォーターズコンバット、貴様に教えた技術で俺を殺してみろ!」


 僕は勢い良く駆け出した。仮想空間ヴァーチャル・ルームでの訓練を思い出す。僕はあの時も丁度こんな風に真正面から相手に向かって行った。


 完璧なタイミングでノーマンが掌底を放つ。僕は、両膝をついきながら滑り込み彼の懐に潜り込む。


 すかさず僕は掌底を放つが手首を掴まれる。ノーマンは僕の勢いを殺さず利用して見事な体重移動で僕より低くかがむと僕の手首を極めたまま投げ飛ばす。


 体を回転させ着地する。そしてノーマンを捉えようと目で追っていたら彼は目の前まで距離を詰めていた。


 僕は気がつくと地面に叩きつけられている。流石はノーマン・ラングレン。


「少しはマシになったなジャンの紛い物」


「それはどうも」


 床に両手をつきコマのように回転しながら蹴りをみまう、手応えはあったがしっかりと防御されている。


 彼が後ろに飛びのいたので再び僕等の間には距離が出来た。


「ノーマン、貴方がやろうとしてる事を僕は否定する」


「構わん!貴様が否定しようとこの世界を支配するのは俺達だ!」


 お互いが全速力で駆け出し、真正面から激突する。僕の右足がノーマンの顔面を捉え、彼の拳が僕の鳩尾に深く突き刺さった。


 構わず突き刺さった腕に飛び付き、思い切り回転を加える。するとノーマンの腕がねじ切れそうになる。ノーマンも空中に飛び逆回転を加え自ら左の腕を捨てた。


 血飛沫の中、空中で回転する僕達はお互いを殺す為だけの時間を愉しみ始めていた。



 続け様に両腕でノーマンの首を締め上げる。流石のノーマンも苦悶の表情を浮かべ、激しく抵抗を始めた。


「このまま終わるか!」


 彼の背後から締め上げ続けたのが仇となった。ノーマンは素早く飛んで僕ごと地面に打ち付けると同時に起き上がり僕の顔を踏み潰そうとする。


 側転で避け、距離を取る。


「なかなかやるな、ジャンと同等の力はあるようだ」


「お褒め頂き光栄です」


 もう一度真正面から激突する。ノーマンは千切れた右腕をこちらに向けて血飛沫を飛ばす。それが僕の視界を塞ぎ、一瞬の隙が生まれた。


 ノーマンは僕の右腕を両手で掴むと逆関節を極め素早く折った。その腕を棍棒のように振り回して優位を作り出した彼は恍惚を全身で味わっているような、まさに狂気その物だ。


 左腕で防ぎながら隙をうかがうも、彼の攻撃は止む事を知らない。僕の千切れた腕から血飛沫が飛び僕の視界を再度遮る。


 僕は圧され始め、後退る。ノーマンの腕が視界に入った。僕はバックステップで距離を取り、ノーマンの左腕を拾い上げる。


「ふははは、こうも滑稽な闘いがあるか?お互いの武器はお互いのもげた腕のみ。これが世界の存亡を左右するんだぞ?」


「あははは、確かにね。でもこれで決める。貴方を倒して終わりにする!」


「来い!」


 三度目の激突はお互いの拳が顔を捉えた。脳がぐらりと揺れる。お互いが脳震盪を起こし膝を付く。そして同時に立ち上がり、ノーマンはまるで凄まじい台風のように大きな旋風を巻き起こしながら回し蹴りを繰り出す。


 僕も負けじと逆回転。先行された為僕はさらに回転を加える必要がある。僕は宙に舞いさらに身体を捻った。


「模造品共々死ね!ジャン!」


「ノーマン!!」


ごきん、と不気味な音がなった。気が付けば僕は黒い天井を仰向けで見つめていた。


 身体が動くか確かめてみる。左腕、右手右足、頭。特に損傷はないようだ。


「お前の、勝ちか」


 僕の寝そべってる真横にノーマンも居たらしい、見ると彼の首は向いてはいけない方向に捻れている。


「ノーマン……ごめん」


「謝る必要なんてない。勝った者の時代が世界の基準を創る。歴史は常に勝者の物だからな」


「貴方の野望もここで終わりです」


「まだだ。私の意志を世界に知らしめる。恐怖に陥れてやる!」


 残された右腕の電子機器に向け何かを呟こうとして、ノーマンは止めた。そして僕の顔を見て、


「お前に託そう。この先の未来を」


 電子機器の情報を僕の電子機器に送り付けてきたノーマンは、全てが終わった。そんな顔をしている。


「これは?」


「この世界を静寂に戻す為のコードだ。それでアンドロイド達の核は爆発する。世界がお前を裏切った時、それを使うがいい。そしてそれを使った時、それは俺の勝ちを意味する」


 つまりは核を使ったら負け、使わなかったら勝ち。という事だ。


「僕は絶対に使わない」


「違う、それを決めるのはお前じゃない……世界だ。例えお前がどれ程懸命に戦おうとも、世界はお前を裏切り続ける。そういう風に出来ている」


 僕がコードを入力する時、それはこの世界の終わりを意味する。でも僕は信じてる。この先の世界が死者に頼らず生きていける強い世界になると。


[ルーク、借りるよ]


 それだけ言うと、彼は僕の身体を乗っ取る。でも以前と違うのは僕である意識が彼の中に残っているという事だ。


「大佐、後はルークに任せよう。僕達の出る幕じゃない」


「ジャンか……ふん、親の死に目に顔を出したか」


 ジャンとノーマンの間に何か暖かい感情が湧き上がっている。お互いを理解し、敬う。


 彼等にしか分かり得ない暖かさだ。


「俺とお前達は死んだ。奴らに殺され、非難の的、世間の好奇な目で見られるための対象物として必要な時だけ俺達の過去を、墓を暴き世界に広める!ならば俺達だけが、俺達の自由の中で生きる世界を作ろうではないか!俺達は復讐する。生を操り死を弄んだ人間共に」


「それもやる気なら全部出来た筈。立て篭もる必要もなく、誰にも気付かれずに」


「確かにな」


 そこで会話は終わった。二人は沈黙の中で何かを分かり合い、そして次の瞬間にはジャンがノーマンの首を踏み抜いた。


 全ては終わり、静寂だけがその場に確かに存在していた。


「もう、僕が君の身体を借りる事もない。僕達死者の出る幕じゃないからね。きっとアーノルドも分かってるはず」


「ジャン……」


「君に大佐が託したコード、君は必ず使うと思う。君は生者なのに僕達に近付き過ぎた」


 さようなら、ありがとう。それが最期の彼の言葉だった。


 僕はその後ノーマンの首を持って下に降り、ホワイトハウスに立て篭もるバイオロイドを一人残らずLJ《ルークジャンクロゥド》で支配し、大統領を無事救出した。







 全てが終わった。アメリカ政府は何事も無かったように動き始め、僕達の活躍や死者の存在は闇に葬られた。


「ルーク、実に見事だった。君こそまさに愛国者だよ」


 大統領は僕と僕の仲間達を褒め称え作戦に参加した皆が勲章を貰ったそうだ。僕はと言えば病院で集中治療を受ける羽目になり、身体を動かせずベットに釘付け状態。


「大統領、僕達は正しかった。そうですよね」


「無論だ、君達のおかげで我々はまた新たな時代を、平和を築く事ができる。感謝しているよ」


「お願いです。もう二度とバイオロイドを、死者を弄ばないで下さい。僕達みたいな化物が居なくても、世界を平和にする方法なんて沢山あるはずです」


 大統領はこれまでの自分の行いを恥じたように笑い、僕に左手を差し出す。


「約束しよう。もう君達のような兵士は生み出さない。我々は、今日まで死者を利用し過ぎた。償わなくてはな」


 握手を交わし、大統領は去って行く。次の世代へのバトンを彼ならもう間違わずに渡せるはずだ。


[ルーク、聞こえる?私よ、オリヴィア]


[うん、聞こえるよ]


 電子機器デバイスの液晶を表示すると彼女の顔が映し出される。とても晴れ晴れとした顔をしている。


[丁度今、私達を労う式典が終わったわ]


[お疲れ様。アレはちゃんと働くかな?]


 ケラケラと彼女は笑う。相変わらず素敵な女性だと思う。


[大丈夫よ、貴方が全部やってたらダメだったかもしれないけど、私が手直しを加えたのよ?ご安心して下さい英雄王ギルガメッシュ様]


[あはは、そうだね。それじゃ……少し眠るよ、この後手術だから]


 頑張って、オリヴィアはそう告げると自分の指にキスをしてその指を液晶に向けてくれた。気持ちなんて伝えずとも分かり合える事がある。


 僕は恥ずかしがりながら同じく返して通信を切った。










 目が覚めた。そこは清潔感が全てですと言わんばかりの白の世界。頭がぼやけている。


 僕は一体どれ位眠っていたのだろう。身体の感覚が少し鈍いように感じる。


「おはよう、ナイト」


「ナイト?」


 白衣を着た小太りで丸坊主の男が僕に話しかけてきた。懐かしいと思ってしまう。前にもあったような、そんな感覚だ。


「あぁ。そうとも、ナイト・パトリオット。君の名前だろ?私はクリス・フルハウス。君のドクターだ」


 握手を求めてくるクリスに、僕は応えない。まだ頭が正常に働かないのだ。


「ナイト、君は事故に遭ってね……記憶喪失に陥っているんだ。でも大丈夫。我々が君の記憶を取り戻してあげるよ」


「我々?」


「あ、ごめんね。我々はSG《サイレントゴーン》世界を救済する組織さ。少し待っててくれ、君に会わせたい人がいるんだ」


 頭が少しずつ回転を始める。状況を把握し彼の話している内容をしっかり理解し始めている。身体の自由も感覚した。


「会わせたい人?」


「君が事故に遭ったのはワシントンD.C.だ。大統領の主催する愛国者の日というパーティで街は大賑わい。そんな日に君は横断歩道を渡っていて車に轢かれたんだ……覚えてるか?」


「なんとなく……」


「平和の日に事故に遭った君を大統領は酷く心配していてね、毎日お見舞いに来てくれていたんだ。今日も来てる。だから連れてくるよ!」


 そういうと彼は僕のいる病室を出て行った。大統領を迎えに行く為に。



 僕は徐ろに体内通信を個人回線に合わせる。



「オリヴィア、聞こえる?始めよう。僕達は静寂を取り戻す」


[久しぶりね、また貴方の声が聞けるなんて残念だわ。コード、覚えてるわね?]


 そう、僕達は裏切られた。


[僕も残念だよ、君の声がまた聞けるなんてね。もちろんコードも何もかも覚えてる]


 そして、ノーマンに負けた。


 僕がオリヴィアに任せていたルークの記憶バックアップは見事に脳内で作動し、ナイト・パトリオットなんてふざけた名前が自分の物だと認識せずに済んだ。



[ふふふ、それでは救世主様、コードをどうぞ]



 だからこそ、僕達は全てを終わらせる。世界中に散らばった仲間達がこの災厄を乗り越え、平和な世の中を作ってくれる事を信じて。カレンやリーランド達、アーノルド、黒子ヘイ達。そしてオリヴィア。


 皆がきっと世界を守ってくれるはずだ。


 静寂が動き出す。世界中でノーマンが残した正義が暴力的に人類に襲いかかる。


[さよなら、ルーク]


[さよなら、オリヴィア]



 もう直ぐ終わる。沢山の記憶が消える。命が無に還る。僕達の戦いは、僕達の意思は、今を生きる人達には計り知れないだろう。


 さあ、始めよう。


失われた静寂の記憶達サイレントゴーンメモリーズ


 



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