第3章
【屋根裏】
気がつくと梁のようなおおきな木が目に入った。
しばらくのあいだ僕は目を開けたまま、その場に横たわっている。
ここはどこだろう。
やっぱりここも膝栗毛屋敷の中なのか。さっきまでとは雰囲気が違う。
どうやら屋根裏にいるようだ。巨大な梁の上には暗闇が広がっている。
屋根裏ということは、ここが屋敷の最上階であるということを意味する。暗闇の突き当たりには屋根があって、そこを突き破ると外に出られることになる……はずだ。
僕はガバとはね起きた。
どうしてこんなことろで寝てたんだ。いったい僕はどうなったんだ。どうも記憶がはっきりしない。
そうだ思い出したぞ。毛虫の大群に襲われてショックのあまり気を失ったんだ。ああまだ顔と手がヒリヒリする。
すると、何か正体不明のものにここまで連れて来られたということになるんだろうか。この屋根裏に。
それは怪物なんだろうか。この屋根裏は怪物の巣なんだろうか。
僕はまわりをキョロキョロと見回した。どうも薄明るいと思ったら、あちらこちらに火のついた提灯がぶら下がっている。するとやっぱり僕は人間に助けられたんだ。
でも誰だ。誰が僕を助けたんだ。この屋根裏は何なんだ、ほかにも屋敷の中をさまよってるやつがいるということなのか。それともこの家の者か。紗織さんなのか。僕を助けたやつはどこに行ったんだ。
「ここじゃ」
「うわあっ」
「そんなに驚くこたないじゃろ」
ちょうど僕のななめうしろに声の主が座っていた。ちっとも気がつかなかった。完全に気配を消していたとしかいいようがない。
白髪の髪と髭は伸び放題、痩せていて、着ている服も元はなんだったのかよくわからないようなぼろぼろの布切れをまとっている。まるで仙人だ。
いやひょっとしたら亡霊なのかもしれない。つまりもうすでに僕は死んでいるのかもしれない。ここは黄泉の世界なのかもしれない。
「おまえの思とるとおりここは屋根裏じゃ」仙人か亡霊らしき男はそういった。「見たところ、おまえもこの屋敷にさまよい込んで出られんようになったクチじゃな。やけど、屋根を突き破って外に出て行くっちゅな考えは抱かんほうがええぞ」
別に僕は何もいってないし訊いてもいない。ただ胡乱な目つきで相手を見ているだけなんだが、そんなことにもまったくおかまいなしに男は続けた。
「見てみい。梁の上に広がっとるあの暗闇を。今、なんにも見えんじゃろけど、あそこにはジェパーキっちゅうおおきな人喰いヤモリがいっぱい張りついとるのんじゃ。おまえ、天井に近づいたらいっぺんに食われてまうぞ」
「いや、それより……」と僕はようやく仙人の言葉の隙間に入り込むことができた。「僕は、どうなったの」
仙人か亡霊らしき男に向き直ると、膝をつきあわすような感じになって僕は聞いた。
「色気のない男の叫び声がここのすぐ下から聞こえてきたから様子を見に行ったらおまえが倒れとったから助けてやっただけじゃ。ほんま酔狂なことをしてもうたわ」
毛虫に埋もれた僕を、このジイサンが助けたということか。僕はこの屋敷の最上階に近いところまで来ていたのか。
「あんた、何者?」
「ワシか? ワシは寿司山喜三郎じゃ」
名前じゃなくて正体を聞いたつもりだったんだが。
しかたがないので僕も自分の名を名乗った。
「ニコゴリ……、変な名前じゃの」
「あんたにいわれたくないよ。で、あんた、わざわざこの屋根裏まで僕をひとりで引っぱり上げてきてくれたの?」
「いやあ、おまえをおぶってハシゴをちょっと上っただけのことじゃ」
見かけによらずあんがい力のあるジイサンだ。
「それで、ジイサン、もともとあんたこんなところで何してるの?」僕は自分のことを棚に上げて寿司山喜三郎と名乗るジイサンに聞いた。
するとジイサンは眉をしかめ、
「なんじゃ? いきなり矢継ぎ早にぶしつけな質問ばっかりしよってから。若いもんはホンマ礼儀も知らんようじゃの」そういうとプイと横を向いた。
「え? あ、ああ、そうだったね。まだお礼をいってなかったよね。助けてくれて感謝するよ、ありがとう」
「まあええわ」ジイサンは多少機嫌をなおし「ワシがこないなとこで何しとるかてか。ワシゃいうてみたら冒険家じゃ。もう正確にはわからんようになってもうたが、かれこれ十年以上はこの屋敷の中を旅しとる」
「十年……」
何だこのおかしなジイサンは。膝栗毛屋敷に十年も住みついてるっていうのか。
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