【屋敷の奥】
「開けますよ……」
そういうと、僕はちょっとだけ襖を開け、隙間から目玉を覗かせた。
見た感じ、この部屋と同じだ。誰もいないように思える。
また、部屋の真正面にはまた襖がある。またさらにその奥にも部屋があるようだ。
僕はスーッと襖を全開にした。
何もない。
まったく同じ六畳の和室だった。足を踏み入れ、部屋のまんなかに立ってまわりを見回す。
次いで、興味はとうぜん次の間に続く襖に向けられる。
閉じられた襖は、思わせぶりのようにそこにある。
しだいに慣れてきた僕は、今度は特に声をかけることもせず、まるで自分の家みたいな感じでことさら気軽にサッと襖を開けた。こうしたほうが怖さが軽減される気もした。
想像通り、そこも同じような六畳の和室だった。もちろん誰もいない。
正面にはまたしても次の間に続く襖がある。
これで僕は、この先も延々と同じ部屋が連なっていることをほぼ確信した。ここまで来たらもう行くところまで行くしかない。まるで屋敷の奥へ奥へと潜入していくようなイメージだ。じっさいにはここが屋敷のどのあたりになるのかまったく見当がついていないのに。
しかしその前に、と僕は一番最初の廊下に面した『荻風』の部屋まで戻ることにした。大事なことを忘れていたからだった。
『荻風』駅の部屋の壁には、あんのじょう時刻表と路線図が貼られてあった。
僕は尻ポケットから出した最初の路線図のやつと見くらべてみた。
やはりそれらふたつはまったく異なるものだった。それぞれが似ても似つかない抽象的なかたちのデザインを形成している。異なる駅名、異なる路線名……。
でもよく見ると、いくつか共通する駅名、共通する路線の名前を発見することができた。
つまりそれは、エリアごとの路線は完全に独立しているわけじゃないということを意味した。乗り換えを繰り返せば別のエリアに行ってめぐみと再会するのも可能だということだ。
めぐみは今、どの駅の近くを走っているのかわからない。探したってそう簡単には見つからないだろう。どのみち紗織さんがどこにいるのかわからないのだから、めぐみと一緒の電車に乗って行動することにそんなにおおきな意味もない。あいつをこの屋敷の中にずっとひとりきりにさせておくのは不安だから探すことは探す。けどその前に襖の先の先、部屋の奥の奥に行きつくところに何があるのかだけこの目で確かめておきたい。単独行動は確かに危険だとは思うけれど、なあに、めぐみだって相当しっかりしてるからまだまだひとりきりでも大丈夫だろう。と考えを変えることにした。
僕は、また奥の部屋への探索を再開することにした。
予想通り、襖を開けても開けても、さらにその次の襖を開けてもまったく同じことだった。
襖を開けて次々に現れる六畳間を通り抜けていくたび、僕は屋敷の最深部へと進んでいくような気分になった。
殺風景な温泉旅館というよりは、誰も下宿していない学生アパートといったおもむきだ。
しかも各部屋とも天井の蛍光灯が煌々と灯っている。
窓がないので、もしこれらの照明がすべて消えてしまったら完全な闇、それこそ廃墟か幽霊館だ。
何度目かの襖を開けた時、座布団が五、六枚重ねて片隅に積まれてある部屋に出た。
それを見て僕は、自分がぐったりと疲労していたことを思い出した。たくさんの部屋が連なっていることに興奮していたが、さすがに疲れが戻ってきたようだった。なぜ座布団を見て疲れが戻ったかというと、あれを畳の上に並べて横になりたいと思ったからだった。
しかたない。このぶんじゃとうぶん進展はなさそうだし、とりあえず休憩するか。いや、ちょっとだけ眠ろう。僕の体内時計も完全に夜中をすぎている。
並べた座布団の上に寝そべると、僕はすぐに眠りに落ちた。相当疲れていたんだろう。
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