【路線図】
ふと思いついて、僕は路線図から目を離すと自分たちが入ってきた障子戸に近づいた。
まだ開けっ放しになっている障子戸から、廊下にひょっこり首だけ出してみた。
部屋から外の廊下を覗き、そこから振り返るように障子戸を見る。
「何してんのよ」
「あった」
障子戸の横に、ちいさな木の札がぶら下がっている。
そこには、
「六十七条東廊口」
と墨字で書かれてあった。
部屋の前まで来た時には緊張のあまり気がつかなかった。
顔を引っ込めた僕はめぐみにいった。
「この部屋の名前は『六十七条東廊口』だ。たぶん駅名じゃないかな」
「ってことは、ここに電車が来て停まるってこと?」
僕は壁に近づきもう一度路線図に目をやった。
「これで屋敷内の位置関係もわかるぞ」
「位置関係って?」
「つまり、僕たちが屋敷の中の今どのあたりにいるのかってことがだよ」
僕は路線図をめぐみに差し示し、
「いい? この部屋が『当駅』で、うーん、たとえば『一条無名門前』が、ここだ。終点になってる。『門の前』ってことだと思うから、この駅で降りると屋敷から出られるんじゃないかな。ってことは、この部屋から電車に乗った場合、えーと、『二条夕影階前』っていう駅で降りて、ここに書いてある『睦月線』っていうのに乗りかえる。今度は『天雲駅』で降りて『夕鶴線』に乗りかえる。それで『梅壷駅』まで行って、そこから今度は『白露線』に乗りかえて『藁座』の駅で降りる。それから『登花線』に乗って一、二、三、四……えーと、十三番目の駅が『一条無名門前』だ。……ん? ここに『二条神仙門前』っていうのもあるぞ。ここも屋敷の出入り口に近いのかな。その場合はまた別のルートを使うことになりそうだな」
めぐみは目を白黒させるばかりで、もはや言葉も発しない。
僕だってしだいに自分でも何をしゃべってるのかわからなくなってきた。
「あ、おい、めぐみ」僕は半ば夢中になって路線図を見ていたが、おもしろい駅名を発見した。
「……え、何よ」
「この駅、『紗織殿前』っていう名前だぞ。紗織殿って、紗織さんの部屋のことじゃないのか」
「そんな駅があるの?」めぐみはまた近寄ってきて一緒に路線図を間近から眺めた。「ほんとだ」
「結構、おもしろいな……」
「うん……」めぐみが生返事を返す。
しばらくそのままふたりして、好奇心まるだしで路線図を眺めてしまった。
が、もちろんずっとそうしているわけにはいかない。
「……で、おまえ、どうするんだよ」
はたと気がついたように咳払いして僕はめぐみを見る。
「何が」めぐみも僕に視線をよこす。
「ここから電車に乗るとして……停まればだけどね……『一条無名門前』か『二条神仙門前』まで行くか、『紗織殿前』まで行くかを決めなきゃいけない」
つまり、さらに進むのか戻るかの選択肢が路線図によって明確に示されたわけだ。
「門の前の駅まで行けば、この屋敷から出られるかもしれないけど、その場合、紗織さんのことはとりあえずあきらめるしかなくなるってことになる」
「でも、その『紗織殿前』っていう駅まで行ったとしても、紗織さんに会える保証なんかどこにもないじゃない」めぐみは反論した。「紗織さんの身に何かが起こってるんだとしたら、もっと別の場所にいるんじゃないの?」
確かに本人に会える可能性は低いかもしれない。
だからといって、せっかくここまで来たのにこのまま屋敷から退散してもいいのかって話だ。
紗織さんの部屋まで行けば、そこに何かの手がかりだってあるかもしれない。
ないかもしれないけれどあるかもしれない。
「どうせ電車を乗り継げばどこにいたってすぐにこんな屋敷からは出ていけるんだ。僕は『紗織殿前』まで行ってみようと思う」
「あたしだってこのまま引き下がる気はないよ」と、めぐみが答えた。
「じゃ、決まりだね」
どうやらここではじめて僕たちは意見の一致を見たようだった。
僕はまた路線図に目をやると、
「ここから『紗織殿前』まで行くには……、えーと、とりあえず『二十九条渡橋口』まで乗ってから『散蓮華線』に乗りかえだな。あれ? ここに載ってる路線、よく見たら循環してるな」
「え?」
「ほとんどの電車が血液みたいに屋敷の中をぐるぐる回ってるってことだよ」
そう僕はいうと、次に向かいの壁の時刻表に移動し、
「『二十九条渡橋口』まで行くのには『三条中央階行き』のほうに乗ればいいんだ。次の到着時刻は……」
するとその時、突然部屋の中にアナウンスが流れ出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます