彼女の自宅はほとんど最凶の迷路

北口踏切

第1章

【迷子】


 僕は今、木造家屋の長い長い廊下を歩いている。


 古い板張りの床には、奇妙なことになぜか線路みたいな銀色のレールが埋め込まれてある。

 これはいったいなんだろうか。

 見た目は線路だ。確かに線路にしか見えない。鈍く光る轍となって薄暗い通路にどこまでも伸びている。

 このレールのおかげで結構歩きにくい。うっかりすると細い溝につま先を引っかけてしまいそうだ。

 ちなみに天井には架線がない。トロッコか何かで移動でもしているんだろうか。そのためかこの廊下、かなり幅が広い。例えて言えば単線のトンネルくらいある。


 そうでなくてもこの屋敷はおかしすぎた。この廊下は変すぎた。

 だいいち、歩いても歩いてもちっとも部屋がなかった。


 広大な屋敷だということは最初からわかっていたが、中が迷路みたいになっているとは思わなかった。

 この広い廊下ときたら、廊下のくせに十字路や三叉路や五叉路があったりするのだから。

 それに加えてこの線路だ。しかもさらにその上、実はこの僕はさっきから誰かに後をつけられているのだった。


 あたりは静寂に満ち満ちていて、自分の息づかいさえはっきり聞こえる。神経はとぎすまされ、ふだんよりもずっと注意深くなっている。うごめくものがあればすぐに気がつく。

 うしろを歩いているのはこの屋敷の人間だろうか。なぜ僕のあとをコソコソつけているんだろう。堂々と出てくればいいじゃないか。無断で忍び込んだのはこっちのほうなんだから。

 ここはクラスメイトである膝栗毛紗織の家だった。僕は一週間も欠席している彼女のお見舞いにやってきた……つもりだったのだが。

 いろいろ事情もあって、僕はこの屋敷の不法侵入者となっている。


 廊下の両側は漆喰の壁。きしむ木の床。部屋どころか窓すらない。天井には矩型のカバーをつけたワット数の低い電球が等感覚で並んでいる。

 ひょっとしたら誰かが僕を怖がらせようとしてわざとコッソリ後ろを歩いているのかもしれない。

 そう考えるとだんだんムカムカしてきた。そうでなくともこんなわけのわからない屋内迷路をウロウロ歩き回っているのだ。うしろでコソコソしてるやつに僕がビビッてるとでも思ってんのか。もう見つかっているのであれば逃げ隠れすることに意味はない。


 ちょうど目の前にまたしても十字路が見えてきた。意味あるのかこの作り。線路もまた廊下に合わせて分岐している。どこかで屋敷内鉄道ぜんたいを制御している場所があるんだろうか。ともあれ僕は廊下の分かれ道に差しかかると右に曲がった。


 角を曲がった僕はすぐさまピタリと壁に背中を張りつけて、そのまま動かずに耳だけで様子をうかがった。


 すると、僕の来た道の床板が遠慮がちにミシミシいう音がかすかに聞こえてきた。敵がそーっとこっちに近づいてきているのがはっきりとわかった。やっぱり誰か後をつけてきてたんだ。もう間違いない。

 音がすぐ近くまでやってきたのを見計らい、僕は勢いをつけ、いきなり陰から飛び出した。

 つけてきた相手はまさに角を曲がろうとしていたところだったので、僕と相手の顔がぶつかりそうになった。


「あーっ! あーっ!」


 相手はあまりにも驚いたのか、うしろに三百メートルくらいはジャンプする勢いで尻餅をついた。そのさい目玉はおおきく飛び出て、絶叫で開いた口の奥からもはや胃壁を超えてバクバクの心臓がかいま見えたくらいだった。


「あ、なんだおまえ」


 あきれた声が僕の口から出た。

 同級生の鶯谷めぐみだった。

 僕と同じで顔と服が薄汚れている。ということは、僕のあとをつけて、例の「あの場所」から入ってきたということなんだろうか。

 それにしてもなんでつけてきたんだろう。

 僕の目の前でしゃがみ込んでいためぐみは、その形相を怒りに変え、


「びっくりするじゃない!」


 と僕を見上げながら怒鳴った。

 立ち上がっためぐみは人差し指をつきつけ、


「不法侵入! いいわけ無用、この屋敷に勝手に入ったのずっと見てたんだからね!」


「あ? そう言うおまえだって」


 僕も思わず声を荒らげる。「あとつけてきたんならおんなじじゃないのかよ」


「あたしはただ、不審者を追跡してただけでしょ!」めぐみは非難の目つきで僕をにらみつける。「不法侵入の犯罪現場に出くわしてんのに黙ってその場から立ち去れっていうの?」


「犯罪現場って……その言い方。僕はどんな極悪人なんだよ」


 ほんとに口の悪いやつだ。


「確かに僕はこの屋敷に勝手に忍び込んだよ。それは認める」と、僕はいった。「でもそれには訳があるんだよ」


「へえ、いいわけ?」


「おまえおかしいと思わないのか」めぐみの白い目にかまわず僕は続ける。「だいたいおまえも元々は紗織さんの見舞いに来たんだろ? 違うのか」


 めぐみはますます眉をしかめ、アゴを突き出すようにして僕を責めた。


「だからなれなれしく紗織さんのことを下の名前で呼ぶなって言ってんの。友達でもないくせに。ひょっとしてあんたも紗織さんのお見舞いに来たって言うつもりなの?」


「悪いか」


「あきれた。それが不法侵入のいいわけなの?」


「だから理由があるって言ったろ。話を聞けよ」


「あそ。じゃ早く言いなさいよ」


 ムカッときたが、しかたがないのでここに至るいきさつを僕はめぐみに一から話しはじめた。僕じしんも、どうして事ここに至ったのかということをいっぺん頭の中で整理しなおす必要があるように思えた。

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