【魔女の計略】
(魔女化したストーカーだ)
僕は思った。なんという執念深さだ。喜三郎のジイサンがいった通り、変人の大スターには変人のファンがつくということなのか。その極端な実例を今、目の前で見せられているのか。膝栗毛卓也の苦悩が忍ばれるというものだ。てか、それより何より僕には何の関係もないじゃないか。とばっちりもいいところだ。
一番かわいそうなのは紗織さんだ。そうだ、彼女の居場所がまだわからない。
「ねえ」僕は魔女に呼びかけた。「紗織さんを知らない? 紗織さんの信号がこの制御ドームから出てるんだって。紗織さんをいったいどこにやったの。どうせあんた、もう紗織さんを捕まえてるんだろ。卓也氏を奪った憎い外国の女の娘だもんな」
魔女に対する恐怖はあったが、しょせんは膝栗毛卓也を追いかけて屋敷の中に忍び込んできた痛いファンのひとりににすぎない。どんなにグロい姿になっても中身は人間のはずなのだ。そのように思い込むことと、あえて相手に気軽な口を叩くことで僕は自分の中の勇気を鼓舞しようとした。
「ずいぶん気安いじゃない」魔女が八つの複眼で僕をギロリとにらみつけてきた。「だいたいおまえは誰なの」
「僕? 僕は行方不明になってる紗織さんを探しにきた学校のクラスメイトさ」
そう胸を張って、とはいっても触手に巻きつかれているから気持ちの上で胸を張って答えた。
「ほお」
すると魔女のやつは僕にちょっと好奇心を示したように見えた。「小僧、おまえ、そんなにあの娘のことが気になるのか」
「やっぱり捕まえてるんだな」と僕はいった。「紗織さんは関係ないだろう。捕まえてるんなら解放してくれない? あんたが用があるのは膝栗毛卓也だけだろう。紗織さんはただのとばっちりじゃないか」
「そうさ、卓也の娘はわが手中にあるさ」魔女はそういうと急に天を仰ぎ両手を開くと、やや芝居がかった口調でドームぜんたいにおおきな声を響かせた。
「ねえ卓也、それでもあなたは姿を見せないつもりなの。あなたの可愛いひとり娘がどうなってもいいっていうの。あなたはこの世の中ですっかり性根が腐ってしまったんだね。私はね、卓也、あなたが姿を見せたらおもしろいショーに参加してもらおうと思ってたのしみにしてるんだよ」
「ショー? ショーって何だよ」イヤな予感がする。
「うるさい生意気な小僧めが!」
魔女はとつぜん僕を捕らえていた触手をいきなり釣り竿のように上空高くしならせた。僕の体はさらに数十メートルの高さに持ち上げられたかと思うと、ブンという鈍い音とともに放り投げられた。
空を飛んだ僕は制御ドームの壁面におもいきり叩きつけられた。全身に激痛が走り、気を失った。
われにかえった時、地面に伏していた僕は自分が気絶していたのを知ったが、同時にそれががわずか十数秒ほどであることをも瞬時に理解した。状況が何ひとつ変化していないからだ。
相変わらずポローニャたちは触手に縛られ数十メートルの高さに浮いてるし、魔女はそれまでとまったく同じ高みに立っている。
壁に叩きつけられたショックで骨が折れたんじゃないだろうか。どこかの骨が数本折れていたとしても不思議じゃない。しかしこのままじっとしているわけにはいかない。動けるだろうか。立てるだろうか。僕はよろよろと立ち上がってみようとした。
立てた。立てたぞ。
なぜだろう? なんか久しぶりに動けたような気がする。ひさしぶりに大地に足を踏みしめて立ち上がった気がする。まるで生まれたての子馬みたいな気分だ。
次いで両手をおおきく振って体をねじってみる。「いててて」やはり体の芯が痛いことは痛い。でもどうやら骨折はしていないようだ。
(そうか、きっと光輪がダメージを吸収してくれたんだな)
……ん? 光輪?
ハッとなり、改めて僕は自分の体を眺め回した。
光輪はもうどこにもない。
僕の体は完全に自由を取り戻している。どうやら壁に叩きつけられた時に、僕を縛っていた光輪はすべて破壊されたようだ。
「助かった」
やっと解放された。魔女のやつ、僕を痛めつけるつもりが逆に体の縛りを解いてくれたんだ。ああ自分の二本の足でしっかり地面を踏みしめるこの充実感よ。
……などと変に感慨にふけってる場合でもなさそうだぞこれは。
僕はまわりの異常なまでの緊張感にこの時ようやく気がついたのだった。
気のせいだろうか。ポローニャやルベティカたち侍従警団の連中の表情が一様に凍っている。
「あれは……?」
数メートルほど先に、あらたな人影があった。
人影は、ゆっくりと僕に向かって歩いてくる。
どうやら周囲の緊張は、この人影を中心にして張りつめているようだった。
「誰だ……」
手には刀を持っている。あれは侍従警団のやつと同類のものに見える。
距離を縮めてくるにつれ、しだいに姿かたちが一層はっきりしてきた。
体型は痩せて華奢、長い髪は金色で目は碧眼、コスチュームは侍従警団と同じく黒ずくめ。そして、顔は凛として美しく、白い肌は透き通るように輝いている。
「紗織さん……」
間違いなく彼女は膝栗毛紗織だった。
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