【放置】
静かだ。
ヒマだ。
退屈だ。
いや、ヒマじゃないし退屈なわけがない。しかし何だろう、妙にのどかな錯覚をおぼえるこの感じ。
いったい僕はもうどのくらいほったらかしにされているんだろう。身動きのできないこの飛行ポッド山吹の後部座席で。光輪に体を縛られている僕は、半透明のドームごしにだだっ広いフロアのコンクリ天井をバカみたいに見上げているだけだ。
あいつらハッチの向こう側に消えて、それからどうなったんだろう。敵とやらはそこにいたのか。紗織さんは見つかったのか。拉致されていたのなら救出できたのか。父親の膝栗毛卓也はどこにいるのか。連中が卓也氏のことを話したがらないのはなぜか。
ひょっとして、すべての黒幕は膝栗毛卓也だったりして……。わからない。何にしてもここは静かすぎて不穏なできごとが迫り来ている感じがあまりしない。惨劇の雰囲気が伝わってこない。
何度体をよじろうと力をこめようと、光輪は固く僕を締めつけてきているのでピクリともしない。後部座席にはまり込むように横たえられているので、ゴロゴロと横向きに転がることもできない。まったく身動きが取れない。
「ねえ」
僕は操縦席のパネルに向かって声をかけてみた。
「誰か聞いてない? 応答してよ。いる? ルベティカ。ポローニャ。僕をいつまでここで待たせるんだ。窮屈でしょうがないんだけど。足がかゆいんだけど。おい、おいって」
ダメだ。まったく反応がない。こっちから連絡するためのスイッチは切られているのかもしれない。
このまま誰も戻ってこなかったら僕はどうなるんだ。仮にここで死んだとしたら、発見は相当遅れそうだな。百年単位の時間が必要になってくるんじゃないのか。それは困る。
いや発見が遅れることが困るんじゃなくて、こんなわけのわからない地下の片隅で体の自由がきかないままひっそり死んでいかなきゃならいことが困る。死んでたまるか。何か方法がどこかにきっとあるはずだ。でもどこに? まったく身動きができないのにどうやって?
いや、考えろ。どんな状況にあっても最後まで希望を捨てちゃいけないぞ。絶対にここで死ぬわけにはいかないことだけはわかりすぎているくらいわかっているんだし、さいわいまだ今のところ一分一秒を争うようなせっぱつまったような状態じゃない。少しはじっくり考える余裕もある。冷静になれ。冷静になってまわりの状況をよく見て的確な判断を下すんだ。僕の名前は大作戦だ。今まで自分の名前に負けないようにずっとがんばってきた。危機的な状況を打開する大逆転の大作戦を必ず成しとげてやる。
ポローニャたちはいつか戻ってくるのか。何かに手間取っているのか。期待するのはもうやめよう。常に最悪の状況を想定してものごとに当たるのが危機管理の基本だ。
でも、さてどうしたものか。いっさい動けない、誰にも連絡が取れない、正確な位置情報もわからない、自分の置かれている状況も不明、これじゃどうしようもない。まずは何としても体の自由を取り戻す必要がある。手足が動かないと話にならない。
自分の体を縛っているこの光輪、なんとか破壊できないものか。例の火事場のクソ力をここでまた発動させたい。おもいきり全身に力をこめれば……。
「ぐおぉぉぉーっ」
ダメだ、びくともしない。クソ、あきらめるもんか。
「どぐぉああああぉおおおっ!!!」
ちょ、ちょっと待ったちょっと待った。目から血が吹き出そうだ。脳の血管が破裂しそうだ。顔が爆発しそうだ。
無理。どうしても無理。
「おーい!」
ありったけの大声で誰かを呼ぶ。
「おーい! おーい! おーい! ……はっ」
声を聞きつけてわけのわからない化け物がここにやって来たらどうするんだ。僕はあわてて口を閉じた。
もはや万策尽き果てた。
万事休す。
思わず天を見上げる。いや、天じゃなく自分の頭の上を。
「……ん」
何だこれは。
後部座席の隅っこに、何やら黒い棒状のようなものが突き出ている。
リクライニングシートのレバーのように見える。
「こいつを引けば、ちょっとは動けるようになるだろうか」
何しろ体が後部座席にはまり込むような感じになっているのだから、背もたれが傾けば少しは……。
でもやっぱり無理だろう。多少傾いたところで、そのぶん体を転がすためのスペースができるはずがない。
(でも、ほかに今できることもないし、とりあえずやってみてもいいかな……)
そう思いなおした。ただし、よく考えたらどうやってレバーを引けばいいかわからない。こうなったら自分の口を使ってででもやるしかない。
僕は口をあんぐりと開けた。バカみたいだ。マヌケ面もはなはだしい。首をおもいきりねじって伸ばし、黒い棒をくわえようとしているこの情けない感じ。でもどうせ誰も見ていないからいいか。
届きゃしないじゃないか。頭の上のほうにあるんだ、そう簡単にはいくわけがない。
「ぐおぉおおおお」
必死になってくわえようとしていると、えらいもんで首がぐいーんと伸びた。ような気がした。まるでカメみたいに。やってみるもんだ。火事場のクソ力発動だ。
「ごふっ」
よしっ、レバーをくわえたぞ。あとはこいつを引くだけだ。僕のこの巧みな舌使いでうまいぐあいに……いけた!
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
世界がすべて変わったような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます