過去とこれから

第8話

 大通りに面した建物の前で手持ちの看板を持つ女の子達がいる。

 その姿は異様だった。

 メイド服、着ぐるみ、浴衣と並んでいるが、ここは兵士募集をしている軍の詰め所前なのである。

 メイド服の女の子は眼鏡をかけた、物静かなお姉さんといった感じ。

 楚々としていて控えめな感じが声をかけたくなる。

 着ぐるみの女の子は表情の乏しい人形めいた娘。

 着ぐるみは顔部分がくりぬかれているもので、パンダ衣装だが顔だけ露出していた。

 浴衣姿なのは祭りではしゃいでいそうな女の子。

 溌剌としている感じがとても似合っている。

 一見すると派手さは無いが、何度も見返してしまう不思議な魅力があった。

 彼女達はたどたどしい調子で兵士募集の呼び込みをしている。

 声をかけてくる男の数は尋常ではなく、質問攻めにあったり口説かれたりと大変そうだ。

 そしてかつてないほど詰め所に応募者が殺到し、行列ができている。

 そんな光景を見た俺は、複雑な気持ちだった。

 応募者増加を見込んだキャンペーンとしては成功だけど。

 何だかなあ。


 げんなりしている俺の背中を勢いよく叩く大きな手があった。

「大成功だなハロルド! やはり私が見込んだだけのことはある!」

 グハハと大口を開けて笑うのは何を隠そうダナン・アガムン元帥その人。

 現役の魔法中年である。

「いや、見込んだって言われても、これにいったい何の意味が……」

「君のプロデュース能力だよプロデュース能力! いやあ素晴らしい。どうだ見てみろ、君の隊の小隊長達が見事に役目を果たしているではないか!」

 俺が複雑な気持ちなのはそう、ウチの隊の小隊長達に呼び込みをやってもらっているからだった。

 メイド姿はエレノア、着ぐるみはネイダ、浴衣はプラム。

 三人とも恐ろしく似合っている。

 彼女達に無理を言ってあの格好をしてもらっているのだが、本人達にセクハラで訴えられなきゃ良いんだけど。

 いや、この場合パワハラ?

 事の発端は、前日に元帥がいきなり尋ねてきた時。

 ガレとの模擬戦に勝ったお祝いにお代を出してあげようと言う。

 お祝い金でもくれるのかと思ったら聞き間違いで、『お代』ではなく『お題』だった。

 何でお祝いなのに業務を追加されるの?

『ハロルド、君の所の小隊長達に一番似合う衣装を選べ!』

『え、何でですか?』

『理由はぁ、あ・と・で(はぁと)。とにかく彼女達をプロデュースしてほしいのだ』

 全身に鳥肌が立った。

 俺は無言で衣装選びを始める。

 そこで俺は三人の姿を思い浮かべながら選んでみたのだ。

 エレノアはお姉さんタイプで、読書している時の怜悧な印象を活かせれば良いのではないかと思った。

 目を伏せてメイド服を纏っていたら完璧な気がする。

 ついでに眼鏡もかけてみたら凄く良さそうだった。

 プラムについては活かすべきところは子供っぽさかな。

 浴衣で元気に走り回る姿を想像するとしっくりくる。

 側頭部にお面をつけるとバッチリだ。

 唯一悩んだのがネイダ。

 無表情で何が良いのか分からない。

 というか愛想がないのはまずいのでは。

 衣装で着飾るということは人前に出るということだし、何とか愛想があるように見せられないか。

 で、思いついたのが着ぐるみ。

 この時点では顔のくりぬかれていない着ぐるみを想定していたので、これなら無表情どころか着ぐるみで愛想のある顔になるじゃないか、と名案に思っていた。

 いざ渡された衣装を見てみたら見事に顔が露出してしまう着ぐるみで、最初はヒヤヒヤした。

 だって詰め所の前に立たせてみてもやっぱり無表情で、これじゃあ通行人が怖がるんじゃないかと思ったんだ。

 無表情でパンダの着ぐるみなんて、もっと楽しそうにしろよと思ったね。

 でも蓋を開けてみたら何のことはない、この盛況ぶり。

 ネイダも意外に人気があるようで、三人とも満遍なく男どもが群がっている。


 俺は三人の人気ぶりを遠巻きに見ながら言った。

「まあ、効果はあったみたいですが」

「効果があったどころじゃない、これはもはや事件だ! 今日だけで去年の倍くらいは人が来てるぞ。これで今年は受験料がコレもんでコレもんよぉっ!」

 威厳ある歴戦の勇士の顔なのに下品に笑って金をがっぽりという意味であろうジェスチャーを大通りで披露する元帥。

 もう全く元帥らしくないというか。

「でも受験料でそこまで稼げるんですか? 俺が受けた時もかなり安く設定されていたような気がするんですけど」

「おおそうだった。取らぬ狸の皮を剥いで興奮しちゃう! とはこのことだな。もっとがあっぽり稼げる方法はないかね?」

「皮を剥いで興奮したら心のケアが必要なレベルだと思います。もっと稼ぐんだったら例えば軽食を売ってみるとか? 人がこれだけ集まっていれば売れるかもしれません」

 するとダナン元帥は『それだ!』と手を打つ代わりに自身の後頭部を叩いた。

 目玉が飛び出そうになり、うずくまる。

 相当強く打ったらしい。

 一人で盛り上がる人だ。

 それから元帥はどこかから大量のパンと飲物を仕入れてきて、詰め所で売り始めた。

 そうしたら、一分もしない内に注文が殺到。

 兵士達が目まぐるしく対応に追われ、その様子を見ていた元帥が高笑いを上げた。

「グッハーハハハ! これは良い、さすが私が見込んだ男! 目の付け所が良いじゃないか。これで稼ぎもバッチリだな!」

「いや、何気なく言っただけですから、こんなことになるとは……」

 またバシバシ背中を叩かれてむせた。

「それで良いのだよ。これからも我が軍にどんどん貢献してくれたまえ!」

「や、これって軍に関係無いのでは」

「じきに分かる」

 意味深な言葉を残し、元帥は去っていった。

 何だか嵐みたいな人だ。

 暴風を吹かせるだけ吹かせて去っていくんだから。


 その日の業務が終わり、詰め所を閉めると中でささやかなお疲れ会をした。

「は~この格好でいると何だか不思議な気分です」

 エレノアがメイド服の裾を摘まんで話す。

 間近で見ると、やはり最高にメイド服が似合っていた。

 普段の軍務もこの姿でやってくれたら俺は十倍頑張れそうだ。

 しかも、眼鏡をかけてもらったことで衝撃の事実が分かった。

 眼鏡の奥に収まったその瞳は……右が赤で、左が蒼のオッドアイだったのだ。

 俺は今朝初めてそれを見て、思わず見惚れてしまった。

 実は彼女は普段コンタクトで色を合わせているのだとか。

「疲れた。早く食べる」

 ネイダは着ぐるみのまま手を伸ばし、器用に余った軽食を引き寄せる。

 今見てみると何というか、今朝と違ってちょっと可愛く見えてきてしまった。

 無表情の着ぐるみなんて、と思っていたんだけど、どうしたことか。

 群がってきた男どもは『無表情の着ぐるみ最高ぉっほぉー!』って叫んでたけど、それに影響されてしまったのだろうか。

 いかん、不覚にもどんどんネイダが可愛く見えてきてしまう。

 無表情の着ぐるみって、やっぱりちょっと良くね?

「声が嗄れそうだよー飲物飲物ー」

 プラムはまだ元気いっぱいという感じだった。

 浴衣が似合っていて微笑ましい。

 しかし浴衣っていうのはあれだな、祭りで見慣れているはずなのに何でこんなに魅力的なんだろうな。

 色んな派手な衣装とか肌色率の高い衣装とかも良いんだけど、やっぱり最後は浴衣に戻ってくる、みたいな。

 この素朴さが良いのかもしれない。

 三人とも嫌そうにしているようには見えないが、俺は一応謝っておくことにした。

「みんな済まないな。無理言って衣装なんか着てもらって」

 すると三人とも首を振る。

「いいですいいです。何だか違う自分になれた気がしますし」

「ネイダ、仕事するだけ。気にしない」

「楽しかったからいいですよー」

「それなら良かった。しっかし、元帥も無茶ぶりするもんだよなあ」

 俺が安堵の息をつくと、エレノアが口を開く。

「でも隊長はセンス良いと思いますよ。わたし、鏡で見てみて凄く気に入りましたし。それにネイダもプラムもすっごく可愛いですよ。みんなの可愛さをうまく引き出せているんだと思います」

 プラムが『そうそうそれそれ!』と指差しながら腕を上下に振る。

「三人とも凄くしっくりきてるんだよー! 隊長に選んでもらって良かったよー!」

 ネイダは二人とは別ですまし顔だ。

「別に、ネイダは何着ても似合う」

「え、ネイダはお昼の時『意外に良かった』って言ってなかった?」

「そうだよー今朝の段階では『自信ない』って言ってたよー」

「っ……! いぃ言ってない! それ言ったの、プラム!」

「違うでしょ~? ネイダ、ちゃんと隊長にお礼言いなさい?」

「ネイダは素直じゃないよーお礼言うんだよー。ほらお・れ・い! お・れ・い!」

 プラムが拍手するとエレノアも釣られて手を叩く。

 まさかのお礼強制コール。

 俺は別にお礼を言われるほどのことはしてないんだが。

 追い詰められたネイダはうーと唸る。

 そして限界まで来ると目を伏せる。

 それからぷいとそっぽを向いて、怒り口調で言った。

「ありが、と……」

 凄く仕方なく言っているありがとうだが、逆に凄く感謝の気持ちが届いた。

 はっきりした性格でもあるけど、素直じゃない。

 それがネイダなんだろう。


 それから数日後、初めての休日。

 立ち並ぶ本棚と古い紙のにおいが狭い店内に満ちている。

 俺は街にある古書店を覗いていた。

 城内や城の敷地内、城下町の見回り任務を日々こなし、寮生活にも少し慣れてきた。

 荷物整理がようやく完了したので、今日は街に繰り出したのだ。

 生活用品の買出し、それから生活上お世話になりそうな店が街のどの辺にあるのかチェック。

 その中で軍務の知識を補完できればと古書店に立ち寄ったのだ。

 だからたまたま立ち寄ったこの店にエレノアがいるとは思わなかった。

 商売に熱心とは思えない読書中の店主の前を通りすぎ、本棚の谷の一番奥へと進む。

 エレノアが突き当たりの曲がり角を曲がっていったのを見かけたのだ。

 俺は追いかける形で突き当たりに進み、曲がる。

 すると一番奥で彼女は一冊の本を取り、撫で回していた。

「ふへへ」

 あ。

 と、思った時には遅かった。

 俺は見てはいけないものを見てしまったと思い引き返そうとしたんだ。

 こないだ誰にも言うなと懇願された光景に似ていたし。

 でも俺は買物袋を提げていて、引き返そうとした拍子に本棚に接触して音を立ててしまった。

 エレノアが、余命いくばくですと告知されたような顔でこちらを見ていた。

 俺はどうしていいか分からず、余命いくばくですと告知された当事者の付添人みたいにかける言葉を見つけられなかった。

 数秒の沈黙。

 それからエレノアは走ってきて俺を引きずって店を出た。


 歩きながらエレノアが羞恥に染まりながら涙目で言った。

「隊長に私の恥ずかしいところを何度も見られてしまいました!」

 道行く人が何人か振り返る。

 口笛なんかも聴こえてきた。

「いやいや、俺はたまたま目撃してしまっただけで、偶然だよ」

 俺は宥めるように、努めて落ち着いた声を出す。

「偶然にしてはタイミングが良すぎます! 普段は我慢しているのにたまたまポロッとが出ちゃった時に限って隊長がそこにいるんですから……」

 アレっていうのは、ふへへのことだよな。

 下手に触れると大火傷しそうな。

 俺は敢えて言及を避ける。

 エレノアはおろおろした様子で口を開きかけては閉じ、開きかけては閉じ、を繰り返した。

 歩いていると公園の前にやってくる。

 エレノアは俯いたりこっちを見たりして落ち着きがなくなってきて、公園を通り過ぎようかというところでようやく言葉を吐き出した。

「公園に入りましょう! 全部、お話しします……」

 その目と声には決意が灯っていた。

 話の内容は確認するまでもないだろう。

「無理は……しなくて良いよ?」

 他人の俺なんかが聞いていいことなのだろうかと思い、そう言った。

 彼女は首を振る。

「いいえ、もう既に変な娘だと思われているでしょうし、隠しておけません。それに、話してしまった方が……楽です。微妙な状態にしておく方がよっぽど辛いです」

 そこまで言うのであれば。

 俺は首を縦に振り、エレノアと共に公園に入った。


 広い公園で人のいないベンチを探し、腰を下ろした。

「私が戦術マニアになったことと関係しているんです……」

 エレノアは苦味とも震えともつかない調子で語り出す。

 語ってしまうことへの抵抗を感じながら何とか言葉を口の外へ送り出しているようだった。

 俺は手を組んでそれを自身の太腿に落とし、園内の芝生や木々などに目を向けながらじっくりと続きを聞いた。

「私は軍学校に入った当時、戦術は大嫌いでした。講義もつまらないし、堅苦しくてムサ苦しくて、何でこんなことをしなくてはいけないのかと思っていました。だから成績も芳しくなくて……それで、よく親友のヘマシュに愚痴を言っていたのです。ところが、最初のテストが返ってきたところでヘマシュの成績が良いことが判明してしまいました。私は赤点ぎりぎりなのに、彼女はクラスで一位だったのです」

「ああ、テスト全然自信無いって言いながら高得点取る人いるよな、それと似たようなもんか」

 エレノアはそれまで愚痴を言い合って仲間だと思っていた親友だ。

 その親友が高得点を取ったのを知った時のショックは大きかっただろう。

 裏切りにも思えたかもしれない。

「私はヘマシュが戦術を好きだなんて知りませんでした。普段私の愚痴に付き合ってくれていたので。だから、裏切られた気分になって問い詰めたのです。そうしたら『軍学校出ても軍に入る必要は無いのだから頑張らなくても良いでしょう?』って。趣味だと思えば意外と成績も上がるもんだって。でもそれでは納得できなかった。思えば私が軍に入ることを決意したのはその時だったんです。点数がつく以上、私は自分が納得できる点数を取りたかった。いや取りたくなったのです。意地っ張りなのかもしれません」

「ラドクランの経済学者オドルフ・ノイマンが言うには『競争はあらゆるものを活性化させる起爆剤である』だそうだ。仮に賞品に名誉しか無くても活性化するらしい。だから子供の運動会で親がムキになって怪我するんだそうだ」

「あははっそれフォローですか? でも隊長、そんな気の利いたフォローもできるんですね。お陰で喋りやすくなりました」

 エレノアは笑った後、肩の力をスッと抜いた。

 今まで肩が張っていたが、それがすとんと落ちたのだ。

 表情も柔和なものに変わった。

 俺はフォローしようとしたのだろうか。

 単に彼女の言葉から連想したことを言っただけのつもりなのだが、まあ良いか。

 それから彼女は滑らかな調子で語った。

「私は必死にヘマシュに食い下がりました。何か戦術を理解するための秘訣があるのではないか……それを教えてほしいと。そうしたら彼女も遂に折れました。絶対誰にも秘密ですからね、と念を押され、一冊の戦術指南書を渡してきたのです。表紙にはバトスリィ著『掌握戦』と書いてありました……」

「ああ、そこでバトスリィの本に出会ったわけか!」

 俺は合点がいったと手をぽんと打った。

 バトスリィの著書は確かに面白い。

 世にはあまたある戦術指南書だが、その大半は基本を扱った解説書。

 そして幾らかは突飛なオリジナル思想のものもあるが実戦ではとても使えないようなもの。

 残った僅かな数が使えるものだが、これらは難解なものが多い。

 そんな中でバトスリィの著書は時にユーモアも交えながら読み手をダレさせずに最後のページまで引っ張る面白いものだった。

 きっとエレノアもバトスリィの巧みな書き口に惹きこまれ戦術の世界にハマっていったに違いな……


「いえ、その中身はBL本だったのですっ!」


「そうかそんなにバトス……って、ええええええええええええええぇ?!」


 俺は顎が外れるほど大口を開けて固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る