それでも私は生きていく。

@T-A

プロローグ

暴力的なシーンが度々登場します。

苦手な方は、お控え下さいませ。


橘 愛莉








ガッチャーン!

派手にガラスが割れる音と同時に、罵声が響く。


うるさいなぁ…

早く終わってよ…


梨里杏は心の中でため息をついた。

実際には溜息をつく余裕などないのだが。


物が壊れる音、体に走る衝撃、梨里杏を罵る声。

どれぐらいの時間が経ったのだろう?

そろそろ終わる頃合いか?


「あんたのせいで窓ガラスが割れたんだから片付けなさいよ!」


床にうつ伏せで倒れている梨里杏を見下ろしながら、女は吐き捨てるように言った。

梨里杏は返事もせず、動こうともしない。

正確には、背中に食らった足蹴りのおかげで上手く息が出来ず、呼吸をする事に必死だった。


「返事ぐらいしなさいよ!」


女の、甲高い怒りに満ちた声と共に、背中に走る激痛。

同じ所を集中的に蹴るのはやめてほしい。


「ご、ごめん…な…さい…」


なんとか声を絞り出す。

満足したのか、女は部屋から出て行った。


梨里杏は横目で女の足が視界から消えるのを確認すると全身の力を抜いた。


やっと終わった…


そう心の中で呟いて、梨里杏は目を閉じる。

そもそも…、なんで、あの女を怒らせる事になったんだっけ?

一瞬思い出す努力をしてみたが、すぐに諦めた。

思い出したからって、痛みが消えるわけじゃないし、

この暴力や罵声も終わるわけではないから。


クシャクシャになった黒髪に指を通す。

案の定、梨里杏の指に絡みつく大量の髪の毛。

女が髪を掴んで引きずり回した時に抜けたのだろう。


大きく深呼吸して、ゆっくりと起き上がり床に座る。

身体の所々に鈍い痛みが走る。


ふと横を見ると、鏡に写った自分と目が合った。

ボサボサの髪。

死んだような目

口元には血が滲み、まるで獣のようだ。

何故か不思議と瞳の奥がギラギラしている。

しばらく鏡を見続けていると、なんだか面白くなって、梨里杏はクスクスと笑った。


冷たい風が頬をかすめる。

無意識に首が動き、振り向くような形で目をやる。

冷たい空気と共に揺れるカーテン。


あー…、割れたんだっけ?


痛みをこらえるように、ゆっくり立ち上がり窓へ向かう。

床にもガラスが散らばっていたが、構わず進んだ。

バキっという音がして、ガラスを踏んだことに気づく。

「あ、ごめん」

割れたガラスに謝った。

そして、かなり大きく割れた窓を見て

「これじゃぁ寒くて寝れないじゃん」

と、苦笑いしながら呟いた。


足の裏がチクチクと痛むことに気づき、腰を下ろし確認した。

幾つか細かい破片がキラキラと光っている。


なんだろう、胸が苦しい。


心臓に手を当てる。

ドクドクと、速いスピードで脈打つ感触が伝わってきた。

息が荒くなる。

零れ落ちる無数の涙。

声も出さず、ただ涙だけが流れ続ける。


泣くな…泣くな!!!


心の中の自分へ叫ぶ。

怒りが湧いてくるのが抑えられない。

泣く自分が許せない。

側にあった少し大きめのガラスの破片を手にとって、少しだけ強く握ってみた。

痛みを感じることで、まだ自分が生きていることが許せなかった。


憎い!

悔しい!

どうして私を殺してくれないの!


様々な感情が頭の中をぐるぐると駆け巡る。


ガラスの破片を握りしめたまま、鏡の前に立つと、梨里杏は不敵な笑みを浮かべた。


憎い、自分が憎い。

なぜ生きているの?!

あの女が憎い!

なんで私を産んだの!?


様々な感情を鏡に映る自分にぶつけ るように、梨里杏はガラスの破片を鏡につき立てる。

何度も…何度も…。

でも簡単には鏡は割れてくれない。

「意地悪だなぁ〜」

クスクス笑いながらそう言うと、一瞬にして笑みは消え、全力で鏡を殴った。


最高級の憎しみと

最高級の悔しさを込めて。

涙を流しながら。


でも、

無表情で。


鏡に映る梨里杏の顔にヒビが入る。

嬉しそうに微笑む梨里杏。

「うん、こんな感じ。この方が私っぽいよね?」

誰に問いかけるわけでもなく無邪気に言う。

握ったガラスが皮膚に食い込み血が流れる。

ポタ。

ポタ。

床に幾つもの赤い点が出来た。


1月24日。

梨里杏の心は崩壊した。

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