引き継がれた物語


 波動関数の収縮をご存じだろうか?

 電子が存在する可能性は波のように広がっており、観測されることで初めてその位置が特定される。これが波動関数の収縮である。

 では、そこに存在する可能性があったにもかかわらず、発見されなかった位置に電子は無かったのか? その答えを提示するのが平行世界である。あらゆる位置で電子が発見される。そんな世界が幾つも平行して重なり合っている。それが我々の世界なのである。

 この見解は電子だけに留まらず、あらゆる物質に適用される。つまり世界にはすべての可能性があって、我々が目にしているのは、その1つの可能性に過ぎないというわけである。


 その原因は、意識が複数世界を同時に認識できないからなのだが、裏を返せば意識を持って介入することで、初めて世界は我々の前に姿を現す。そうとらえることもできる。

 それは即ち、どれだけ複数の平行世界を渡り歩いたところで、我々に提示される世界は常に1つであり、その多重性も、世界を移動した事実も、我々には認識できないことを意味している。

 要は、線路を走る電車に乗っている我々は、線路が切り替わったことに気づかないし、別段頓着もしていない。そういうことなのである。


 この物語は、一度終焉を迎えていた。

 しかし、それは万人が受け入れ、歓迎してくれるような結末ではなかったのかもしれない。

 そんな思いから、私はこの物語に一石を投じることを決めた。一部のキャラクターに、既に終焉を迎えた世界を知覚させることにしたのである。

 

 この先紡がれる話は、そんな平行世界の物語である。

 しかし、先ほど述べた通り、それをこの物語の登場人物たちが認識することはできないし、また、する必要もない。彼らは目の前に広がる世界をただ受け入れ、懸命に生き抜くだけである。

 だから、私はここからの物語をアナザーとは題しない。

 この物語もまた、間違いなく『ソウル・フェイト』であることに変わりがないからである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ちょっと待てカリュー。お前の話を聞く前に、1つ確認しておきたいことがある」

「ああ、なんでも聞いてくれ。さっきは俺の質問に答えてもらったんだ。俺も話せることは全部話すつもりだ」


 カリューの返答にルカキスは満足そうに頷くと、そのまま確認事項を口にした。

 ……いや、口にしようとしてルカキスは固まっていた。


 なんだこの感覚は? 以前にもこんなことがあったような……


 ルカキスは突如自分を襲った既視感に疑問を抱く。

 今から口にしようとしていた言葉。それが既に過去自分が口にした言葉のようにルカキスには感じられ、そしてその発言から至る未来も、何となく見えたような気がしたのだ。

 そのことにルカキスは、異常なまでの不快感を覚えた。

 だがそれは、垣間見た未来がルカキスに与えた結果がもたらしたのではなく、結果の見えたそこに、自分をトレースするという、その行動に対して生じたものだった。


 ――あま邪鬼じゃく――


 ルカキスが所有しその根幹を成す、ルカキスそのものと言い換えてもいいくらい、ルカキスとの一体化を果たした性質である。

 これがあるためにルカキスはその感覚を無視できず、カリューに尋ねる予定だった確認事項を口にできなくなっていた。

 そして、結果それは未来を変える要因にもなった。この鬼の活躍で、物語は崩壊の危機を脱することができたのである。


「どうしたんだ、ルカキス? 俺に何か聞きたかったんじゃなかったのか?」

「あ、ああ……その……あれだ。何でもない。っていうか、もう確認はいいや」


 ルカキスの返答にカリューは驚いたが、もう1度促してみても、やはりルカキスが自分に聞くことはないのだという。

 カリューはわけが分からず肩をすくめると、その視線をロボへと向ける。

 それは、ロボならこのルカキスの態度の変化が、分かるのではという思いからだったのだが、意外にもロボもまた普通でない態度を示しており、目つきの鋭い険しい表情を浮かべていた。


 この2人の態度にカリューは少し戸惑ったが、原因を問い質しても答えが聞けそうにないことを察し、その場のおかしな雰囲気は無視して、話を進めることにした。


「……では、俺の話をしよう。話の内容にはエルフ族や獣人なんかの、人があまり知らない内容も出てくると思う。だから、説明が必要だと感じる部分は、俺の判断でそれも交えて話すつもりだが、不要な場合はその都度申し出てくれ。のようにならないよう、極力努めるつもりではいるが――」

「「――ッ!」」


 ――――


 カリューの発したこの言葉に、ルカキスは驚きの表情を浮かべ、ロボはより一層目つきを鋭くした。

 だが、2人の変化に気づくことなく、カリューは話を続けた。


「――あまり長くなりそうなら、途中で休憩を挟もうと思う。ルカキスのようにに飛んだ話にはならないと思うから――」

「「――ッッ!」」


 ――――


 カリューの発したこの言葉に、ルカキスは頭上の!マークを1つ増やし、ロボは何かを警戒して殺気を振りまいた。

 だが、またしても、カリューが2人の変化に気づくことはなかったのだ。


「――そんなに期待しないでくれよ、フフ」


 そう言葉を締めくくり、珍しく笑顔を浮かべるカリュー。

 2人の雰囲気を察しないカリューの基本性能が功を奏したのか、特に問題が起こることなく、こうしてカリューの昔話は始まったのだった。


 因みにカリューから語られるのは過去の話であり、ルカキスに会ってから知り得たことは、当然反映されていないことをご了承願いたい。

 更に、スムーズ且つ分かりやすく話を展開させるため、聞き手2人のツッコミなども入らないものとする。

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