12話 生還と覚醒
誰かが呼んでいる気がした。
目覚めているような、目覚めていないような。
ルカキスは、そんな判然としない意識の中にいた。
「・・・・・・ス」
なんだ?
今度は間違いなく人の声だと分かった。だが、意識はまだ朦朧としている。
そんな中、なぜか頭にはあるビジュアルが思い浮かぶ。
黒髪で、黒い瞳の少女。
誰だろう……この子?
それを境に徐々に意識は、正常に戻ろうとしていた。
ルカキスは、全く身に覚えのない少女に引っかかりを感じたものの、意識的に映像を別のものにすり替えた。
女繋がりで差し替えられたビジュアルは、少女から大人の女性に変わっていた。
うっふ~ん❤
そんなセリフが良く似合う、秘めた欲望がほどよく反映されたその女性は、ルカキスの体のある一部への血流を促進させる。そんな女性でもあった。
知らない女性であることに変わりなかったが、ルカキスにとっては非常に興味深い存在だった。
こんな人に声をかけられたら、眠ってても一発で目が覚めるのに……
そんなことを考えながら、先ほど聞こえた声が頭の中で再生された。
「ねぇ・・・キス」
記憶を手繰り寄せて再生されたそのセリフは、少しだけ補完されていた。
……誰かが俺に語りかけてるのか?
復元されたその呼び掛けに疑問を抱き、ようやく半ば意識が目覚めたルカキスは、思い出した言葉を頭の中で反芻する。
ねぇ…………キス。
キスと言ったのか?
ちょっと待て! 誰かが俺にキスを求めているというのか!?
聞き取った言葉に衝撃を受けたルカキスは、目を閉じたまま、その意識は強制的に完全覚醒を果たしていた。
……キス。なんという麗しい響きだ。殊更意識しなかったが、この世界にはそういう一面があったことを、今更ながら思い出した。
思えば孤高の道を歩んで来た俺だ。浮いた話も一切なく、異性をそういう意識でとらえることもないまま、ここまで来たような気がする。
……ん? ついこの間、ニアミスで一件あったか? いや、あれは違う。あの状況がそうでなかったのは、冷静になったあとすぐに分かった。続けた言葉は、ドナを誘導してはぐらかそうとしただけだ。結局その効果はなかったが……
結果的に問題は起きなかったが、ああいう説明は本当ならヤバイ筈なんだがな。
まあ、それはどうでもいい。とにかく俺は今、誰かにキスをせがまれているんだ。こんなところで初キッスを迎えるとは思わなかったが、俺の歳ならキスの1つや2つ、そろそろ経験していてもおかしくはない。
……ん? ところで俺は幾つなんだ?
あの大規模な記憶障害が起きる前は、確か17歳だった筈だ。あれからどのくらい経ったのか定かじゃないが、さすがに18歳になってはいないだろう。
ということは、17歳にして初キッスか。少し早すぎるか? いや、そんなことはない。俺の外見を見てみろ。もう立派な大人だ。大人はキスをするものだ。いや、キスをする生き物だ!
そして、キスだけじゃない。……そう。大人はもっと色々する。大人はキスだけじゃなく、もっと色々する生き物なんだ!
そう考えればキスなんてほんの入り口、序章に過ぎない。歩きながらすれ違いざまに済ませても、ちっとも問題ないものだ。17歳にもなった大人なら、早いどころかむしろ遅いぐらいだ。
体は大人でも、中身が伴わないという異論を差し挟む余地はない。中身は、そういう経験を積み重ねて形成されるものだからだ。
だが、行きずりのキスに、全く問題が無いとは言い切れない。初めてはやはり、好きな人とすべきと思うからだ。
しかし、誰もが初めてキスをした相手と添い遂げるわけじゃない。最愛の相手と巡り合うのが遅ければ、既に何人もの異性に使い古された中古の唇を、その相手に捧げることになる。だが、それを誰かが咎め立てしてるのを聞いたことがあるか?
俺はない。記憶を失っている俺がないと言っても、説得力がないかもしれないが、この見解は俺の記憶とは無関係の筈だ。おそらく俺の考えは一般的な認知と、それほどかけ離れてはいない。だとすれば、経験を積むためにも、男を上げるためにも、これは率先してこなしておくべきイベントだと断言できる!
以上の考察により、相手が見ず知らずの場合でも、キスをしていい正当性は立証されたわけだが……ここで1つの問題が生じる。俺が相手を見ながら、臆することなくキスできるかという点だ。
相手が超セクシーな女性だった場合、俺はどぎまぎして醜態をさらしてしまうかもしれない。そうすると、初めてキスすることが相手にバレるだけでなく、見下されてつけ込まれる可能性だってある。
恩着せがましくキスさせてあげたのよ、なんて態度を取らせるのは俺のプライドが許さない。そんなことになるなら、しない方がまだマシだ!
……では、キスはしないのか?
いや、そうは言っていない。どんな相手でも、向こうに主導権を握らせずキスする方法はある。そう、このまま目を開けずにキスしてしまえばいいだけの話だ。
『恋人がそばにいると勘違いして、思わずキスしちゃった……ごめんね』
言いわけはこれで十分だろう。そもそもキスを待ち焦がれているのは相手の方だ。咎め立てされることはない。恋人がいるのを公言すれば、初心者だと思われることもないし、相手に舐められる心配もない。我ながら万全のセリフを思いついたものだ、フフッ。
だが、待てよ。相手が理想の女性だった場合、その言い訳を使うと身を引いてしまうんじゃないか?
後々、本当の恋に発展する可能性を考慮するなら、恋人は死んでいることにした方がベターかも知れない。いや、その方が一途で誠実な感じも演出できて、より効果的だ。よし、死にパターンの方を採用しよう。
俺の予想通り事が運べば、ここまでは上手くいくだろう。ここまでは。
しかし、まだ目を開けずにキスすることの最大のネックが残っている。
それは、相手の顔が見れないということだ。これはかなりリスキーな事実なだけでなく、相手がとんでもないモンスターの可能性も内包している。
万が一、それが現実となった場合、俺は心に深い傷を負うことになるだろう。ひょっとすると、一生キスができなくなる、大きなトラウマになるかもしれない。
だが、もう後戻りはできない。なぜなら、ここまでの長考で俺のモチベーションは、既に高まりきっているからだ!
この俺のここまでの魂の高ぶりを鎮めることができるのは、もはやキス以外にありえない。
しかも、フレンチなんていう、子供の遠足程度の軽いノリではない!
飽くなき欲望に身を任せ、あふれ出る涎もそのままに、生々しいまでにベロとベロを絡めた、獣のように激しく貪り合う大人のベロチュー。
子供の遠足に対する、背徳の香り漂う大人の密会旅行レベルの、ベロンチョベロチューでしか、もう俺を満足させられないんだ!
モンスターがなんだというんだ! そんなリスク屁でもない!
行ってやる! そこに俺の求めるものがあるというのなら!
止められない。誰にも俺は止められやしないっ!
今こそ我が思い……
「解放せよっ!」
グワシャッ!
「解放すんじゃねーっ!」
叫びながらルカキスが行動を起こした途端、言葉と共に鈍い音が聞こえた。
目の前でルカキスを覗きこんでいる存在。そんな気配を感じていたルカキスは、おそらくそれが自分のキスを心待ちにしている女子だと踏んで、両手で引き寄せ、強引に行為に及ぶつもりだった。
だが、魂の叫びと共に引き寄せたそれは、万力のような強靭さで唇に届くことなく踏み留まり、唇をタコのように突き出したルカキスの顔を、半面が地面にめり込まんばかりに即座に押さえつけていた。
当然その時発せられた声が、女性のものであった筈もなく、ルカキスの耳にも馴染みあるロボの声に間違いなかった。
「何しやがんだてめー! オレが並みの反射神経なら、キスしちまっててもおかしくなかったぞ!? おっそろしく素早い動き見せやがって……ったく!」
ロボ……なのか?
その状況になってもまだ、ルカキスは事態を完全に把握していなかった。
「危うくお前にオレ様の純潔が汚されるとこだったぜ! あぶねーあぶねー! 面白がってお前の顔なんて覗き込むんじゃなかったぜ。起きてたのか寝てたのかしらね~が、顔をしかめたと思ったら、急に気持ち悪いくらいの笑顔を見せたり、何1人で百面相やってんだ? と見入っちまったのがいけなかったぜ」
「…………ロボ」
「……なんだよ」
ルカキスはロボに言葉を掛けながら、ゆっくりと顔を仰向けの位置まで戻す。
呆けた目つきでロボの顔を眺めると、俄かに左右を確認した。
何かを探している様子で上半身を起こすと、辺りを更に隈無く観察する。そして、再度ロボを見つめたあと、おもむろに口を開いた。
「……ロボ、女の子は?」
「はぁ~? 女の子? なんだそりゃ!? お前まだ寝ぼけてんのか?」
「でたらめを言うなロボ! 俺は確かに聞いたんだ! この俺にき、キ、キ、キスを求める女性の声を。気を失っていたからと思って謀ると、ためにならんぞ!」
「謀るとって……そんなわけねーだろう。ここが無人の村だってのはお前も知ってただろう? 声がしたのならオレにも聞こえてた筈だが、オレはそんなの聞いちゃいねー。だいたい人気のねーこの村で、生活音すらしてねーのに、音なんてお前を起こすのにオレが名前を呼び掛けたぐらいじゃねーのか?」
「俺の聞き違いだと言うのか!? バカなっ! あれは確かに女性の……スレンダーでロングヘアーの、扇情的な腰のしなりを持つ、色白で肉感的な唇をした、女性特有の声に間違いなかった!」
「……えらく具体的じゃねーか」
「そうだ! そして彼女はこう言ったんだ!『ねぇ……キス……して』とな!」
実際ルカキスの記憶では、あやふやながら『ねぇ』に近い言葉と『キス』という言葉は聞こえていた。だが、最後の『して』という言葉は聞こえていない。
ロボへの説明に、より説得力を持たせるための、今やお決まりになったルカキス得意の盛りトークである。当然、声の主である女性に関する説明部分に至っては、そのすべてがルカキスの妄想(希望)であることは言うまでもない。
「そんな情熱的なセリフを聞き違える筈がない! 俺の名前を呼んだだと? 俺の名前と彼女のセリフと、どこがどう似てるというんだっ!」
そんな聞き違い、あるわけない!
そう思いながらも、ルカキスは頭の中で少し検証してみることにした。
彼女の言ったセリフは『ねぇ・・・キスして』だ。いや、してとまでは聞こえていなかったか。だとすれば『ねえ・・・キス』だ。これのどこが似てると言うんだ!?
『ネオ・ルカキス』
『ねえ・・・キス』
……ん?
『ネオ・ルカキス』
『ねえ・・・キス』
……似てるっ! めちゃくちゃ、似てるっっ!
完全に覚醒していなかったせいで、聞き取れなかった部分をルカキスの名で補うと、その2つはかなり似た言葉になった。それに気づいたルカキスは、自分が犯した過ちを理解すると共に、急激にその顔が熱くなるのを感じた。
なんて……なんて名前をしているんだ俺は。本当はおぼろげにも覚えていない声音も、ロボだったと言われればそんな気もする……
すべてを理解したルカキスは、なんとかこの失態をうやむやにできないかと、ロボの様子を窺った。しかし、どうやらロボも同じ見解に達していたらしく、いやらしい笑みをたたえながら、かわいそうな子供を見る目つきでルカキスに言葉をかけた。
「まあ、お前も多感な年頃だ。そういうことに興味が出ても仕方ねーとは思う。だが、せめて自分の名前に変な気起こすのはやめてくれよな? ガーハッハッハッ」
羞恥にかられ、赤面しながら即座にルカキスが言い返す。
「……だ、黙れ小僧っ!」
「はぁ? なんだそれ? 何かのものまねか? いや、もののけか。ガーハッハッハッ。まあ、さっきのこともあるし、今回はこれぐらいにしといてやるよ」
ルカキスは、なお顔を赤らめたまま、自分の失態に怒りを覚えていた。
くぅ……ロボに対してはかなりのアドバンテージを持っていたのに、こんなくだらないミスで巻き返しを食らうとは。しかも、あれほど時間をかけてシミュレーションしたにもかかわらず、その全てが徒労に終わった。まるで、伸ばせば手が届くところにあったお宝が、突然消えてしまったかのような…………お宝?
「お宝っ!?」
ルカキスはそう叫ぶと、ただちにロボへ向き直った。
「ロボ! 宝は、お宝はどうした!?」
「お宝? やっぱ、お前頭打った後遺症があるみてーだな」
「何を言っている! 今度は勘違いじゃない! 俺の目の前にあった宝箱はどうした!? 俺はあの中に唸るほどの財宝が入ってるのをこの目で見た! そして、そして手を伸ばした俺は……手を伸ばした……俺は……?」
ルカキスは話しながら、気を失うまでの顛末を全て思い出していた。
そうだ。俺はあの時、宝箱を開けたんだ。そして、箱から漏れるまばゆいばかりの光を見たのに、歓喜の思いに浸る間もなく、俺の頭に強い衝撃がきて……
そうか、あれは天井が崩れてきたのか。俺の頭に落ちてきたのは、天井に使われていた石材か何かか。やはりトラップはあったんだ。
普通なら、一旦喜ばせておいて、いざ持ち出そうとしたぐらいでトラップ発動となる筈なのに、まさか宝箱自体が罠の起動スイッチになっていたとは。
パターン的に予測できないことじゃなかったのに、迂闊だったか……!?
だが、そうだとすれば建物は全壊に近いダメージを負った筈!
すぐさま辺りを見回したルカキスは、おそらく自分が宝箱を発見した建物が、完全に崩れ、瓦礫となり果てているのを見つけた。
それを見て走った悪寒に動揺しながら、恐る恐る自分の頭に手を伸ばす。
痛い……こぶができてる。ということは、宝を見たのはやはり現実。
そこまでの経緯は理解できたが、そこから今の状況が繋がらない。ルカキスは自分が頭以外のどこにもケガを負ってないのを不審に思いながら、ロボに問いかけた。
「ロボ……俺はなぜここにいる」
「あ~ん? ようやく現状を把握できたか? 倒壊した建物の中にいたお前がなぜ無事なのか。そんなのは、オレ様が助けたからに決まってんじゃね~か」
……嘘だ。
ルカキスはロボの説明を即座に嘘と断じた。
崩れた天井の石材を頭に受けた俺は、のけ反るように仰向けに倒れた。その刹那、出入り口に立つロボの姿が一瞬だけ視界に入ったが、そのまま俺は意識を失った。
一瞬だったので、あの時は考えが及ばなかったが、ロボと家屋を隔てる出入り口は、何か格子のようなもので遮られていた気がする。宝箱を開けた瞬間に、シャッという音が背後で鳴っていたのも、僅かに耳に残っている。
あれは多分、格子の閉まる音だったんじゃないか? 宝箱を開けた者はもとより、屋内にいた者を逃がさず一網打尽にする。なんとも悪辣なトラップだが、だとすればやはりロボはトラップを免れている上に、中には入って来れない状況だった。
では、なぜ俺は頭の打撲以外にたいしたケガもなく、脱出できたんだ?
考えられる答えは1つしかない。
俺の……俺の秘められた能力の発動以外にありえない!
現在はすっかりナリを潜めているが、もともと俺は魔王を一撃のもとに葬り去る力を有していた。何らかの要因で、普段その力は顕在化していないが、さすがに生命の危険に瀕して、その能力を出し惜しみするわけにはいかなかったんだろう。ついにその封印は解かれたと考えて間違いない!
だとすれば、俺は既にいつでも使えるようになってるんじゃないのか? その秘められた能力を! ジルコンドアの奇跡をも可能にする、神に賜りし無限の力を!
※ジルコンドアはエタリナにある聖地の名称。大地が広範囲に抉れており、原因は謎とされている。
……だが、一体どんな能力なんだろう? 感覚的には身体が変化したり、能力に目覚めた兆候は感じられない。能力さえ分かれば再現できるのに……くそうっ!
ロボは俺の能力を見た筈だが、奴に聞くわけにはいかない。なぜなら、奴は俺の意識がなかったのをいいことに、その手柄を我がものとしようとしているからだ!
許すまじ……ロボ!
今回の件といい、宝に気づく臭覚といい……!?
そうだ! 宝は、お宝はどうなったっ!?
ルカキスはすっかり忘れていた宝のことを思い出し、俄かに宝箱があった瓦礫の散乱する場所へ駆け寄った。そして、自分の居た場所を特定すると、付近の瓦礫を必死に払いのけ始めた。
ある筈だ。たとえ家屋が倒壊しようと、宝はまだ残っている筈だ! 石材に押しつぶされて多少の破損はあるだろうが、あの頑健そうな宝箱のことだ。上手く蓋が閉まれば、中身は無傷で手に入る可能性もある。
フフッ、残念だったなバルバロス。仕掛けた罠で殲滅できない場合を想定していなかったか? クックックッ、宝はもらったっ!
勢い込んで捜索を開始したルカキスは、いきなりある違和感を覚えた。
それは、一枚板の重厚な木製テーブルのあった位置に、石造りの簡素なテーブルが置かれていることだった。
あれ? こんなテーブルだったっけ……?
一瞬そんな思いが頭を過ったものの、石テーブルの上に積まれた瓦礫の隙間から、宝箱の一部であろう木目を認めた途端、そんな疑問は消し飛んでいた。
あった!
緊張感に包まれながら、ルカキスは石材の破片や箱の上に積もった細かい粉を、手や口を使って丁寧に払い除けてゆく。
それにしても、ルカキスのいた付近の石材はやけに損傷が激しかった。
周りに落ちているものは、砕けながらもそれなりに形状を保っていたが、宝箱周辺のものは、そのほとんどが細かく粉砕されていた。まるで、そこにいたルカキスに、できるだけ衝撃が加わらないよう、わざと砕かれたかのように。
その事実に多少の違和感を覚えつつ、ルカキスはただ一心に宝を目指した。
しかし、宝箱に被った細かな石片をある程度払い除け、その外観が露になるにつれ、ルカキスは眉間にシワを寄せ、ついには怪訝な表情を浮かべていた。
なんだ……このしょうもない箱は。
全然……全然、違うじゃないか!?
ルカキスの前に姿を現したのは、粗雑な木材で作られた、豪華な装飾など一切ないただの木箱だった。
これは一体?
不安を抱きながら覗きみた中身は、ルカキスの抱く淡い希望を完膚無きまでに打ち砕く、ただの石ころたちだった。
その時、呆然と立ち尽くすルカキスの肩を、いつの間にか背後に立っていたロボが、慰めるようにポンと叩いた。
「お宝……に見えていたみたいだな。だが、残念ながらそれも幻術だ。家屋の倒壊に合わせて効果を失ったようだが、今その目で見ているものが現実だ」
「…………」
「どうやら村の入り口だけでなく、内部にもいくらか仕掛けがあるみてーだ。そして、さっきお前が経験したように、その罠は侵入者を攻撃する仕様になっている。これが何を意味するか分かるか? ネオ・ルカキス」
「……まさか、本物のお宝はやはりあるということか!? 偽装トラップを掻い潜ったものだけが、その宝を手に――」
「いつまで夢みたいなこと言ってんだよっ! お前、宝目当てでここまで来たのか!? 目的を見失ってんじゃねーよっ!」
ロボの怒気を含んだ言葉に、ルカキスはようやく冷静さを取り戻しつつあった。
うっ……確かに。宝を見つけたせいで、すっかり目的を見失っていた。
占い師ドナに金をかすめ取られた事実は、やはり完全に俺を納得させてはいない。そのせいで、心の奥でそれを補填する必要性を感じていたんだ……
でなければ、この仙人のように物欲を捨て去った俺が、宝箱ごときにあれほど魅了されるわけがない!
くそうっ……ドナめ!
占い師ドナッ! どこまで俺を苦しめれば気が済むんだ!
……いや、ドナだけじゃない。最も憎むべきは、このトラップを仕掛けた奴だ!
人間の射幸心をあおるべく、宝箱の幻影を見せつけておいて、その欲望に抗い切れなかった者に対し、出入口を施錠してからの……か・ら・の・天井ドーンッッ!
俺は真の能力に目覚めたから良かったものの、常人があれを食らっては一溜まりもない。
まさに、正に悪辣極まりない極悪人の所業……ゲスの極み!
許すまじ……許すまじ……くそうっ! 相手の名前が分からなければ、怒りの持って行き場がないじゃないかっ!
ぐぐぅ……こうなったら俺が勝手に名前をつけてやる!
幻術の使い手であること以外、今のところ全てが謎に包まれている。
謎に因んで……ナゾール。
そう、お前はナゾール! 幻影の奏者、ナゾールだっ!
なんと! 驚くべきことに、ルカキスは謎の幻術使いの仮名として、既に公式に採用されている、ナゾールという呼称と全く同じ名前を、自らの類稀なるインスピレーションに導かれ思いついていた。なんたる偶然!
「ナゾールッ! 許さんっ! 許さんぞっ!」
「お、おい、ネオ・ルカキス!」
怒りにかられたルカキスは、ロボの呼び掛けなど全く聞く耳を持たず「ナゾールどこだ!」と叫びながら、あっという間にロボの視界から消えてしまった。
「ったく、敵は幻術を使うんだから、オレがそばにいねーと危ねーだろーが」
あとを追うつもりのロボだったが、既にルカキスは周囲30メートル圏内から外れてしまい、レーダーでも位置を確認できない。仕方なくロボは反応の消えた方向へ、ルカキスを追ってゆっくりと歩きだした。
「まあ、一応夢からは覚めて、奴なりに現状は把握できてたみてーだが……ところでナゾールって誰よ?」
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