13話 魔物との遭遇


「なぜだ……なぜ奴に幻術が効かない!?」


 クリスタルボードに映し出されたロボの映像を見つめながら、ナゾールはその対象に疑問の言葉を投げ掛けていた。


「さっきから何度誘導しても、奴は俺の誘いに乗って来ない。いや、それどころか近くに設置していた幻術の魔術回路まで発見、破壊されている。あの鎧の中身は魔法か幻術の使い手なのか? そして、あの左手に仕込まれた、凝縮された魔法弾のようなものを放つ技。連れの男に降り注ぐ崩れた天井の石材を、格子の隙間からことごとく撃ち抜いた、正確無比な連続射撃。あれほどの技術を持った存在を俺は見たことがない。……もしかするとあれが噂に聞くロボットという存在なのか? こいつらが一体何者かは知らないが、危険な存在には違いない。早急に排除しなければ……」


 ナゾールは映像を見つめながら、しばし思案に耽る。だが、すぐに何かを思いついたのか、画面をスクロールさせ、そこにルカキスを映し出した。


「こいつを使うか。こいつは映像を見ていた限り、さっきのトラップに完全に引っ掛かっていた。こいつには幻術が通用する筈だ。ならば……」


 ナゾールは画面をスクロールさせながら何かを探している。よく見ると、画面には映像の他に設置されたトラップの情報も表示されていた。


「よし、このトラップに奴を誘い込めば……」


 ナゾールは、ルカキスにピンポイントで狙いを定めたようである。


◆◆◆


 一方、そんなことは露ほども知らないルカキスは、暴走してロボとはぐれてから、1人で村の中をかけずり回っていた。


 いったいどこにいやがるんだ、ナゾールの奴は……くそうっ!

 闇雲に探していても埒があかない。どうにかしてナゾールを引っ張り出さないと。

 奴がどこかからこっちを見ているのなら、やりようもあるんだが……!?

 いや、見てるんじゃないのか?

 

 このエリアに本当に宝が隠されているのなら、無人の妨害システムの可能性もあった。だが、ロボの言う通りその公算は極めて低い。だとすれば、ナゾールは何らかの目的を持って、ここにトラップを仕掛けていたことになる。

 ここのトラップは単純ないたずらレベルのものじゃない。誰かを始末するために仕掛けられたものだ。ならば、そのトラップに誰がかかったのか、そしてそれがうまく作動したのかを、ナゾールは絶対に確認したい筈だ。

 

 だが、先ほど俺がトラップを発動させたにもかかわらず、奴が現場に姿を現わすことはなかった。俺は意識を失っていたから実際のところは分からないが、あの目ざといロボのことだ。誰かが確認に現れたのなら、取り逃したりしないだろう。

 そして、それを俺に報告しないわけがない。さも自慢げに自分の功績をアピールしまくってたに決まっている。

 となると、ナゾールは現場に近づくことなく、対象やトラップの成否を確認できる術を持っていることになる。だから奴は、今でもどこかから俺たちの動向を窺っている筈なんだ。


 だが、なぜ俺は狙われたんだ? 俺が奴のターゲットだったということなのか?

 いや、そんなことはありえない。俺はナゾールに会ったことなどないからだ。

 ナゾール……やはりその名に聞き覚えはない。ワリトイを訪れて以降、俺に大規模な記憶の喪失は起こっていない。その俺が言うんだ。間違いないだろう。

 それに、奴は俺を罠に嵌めようとしている。この品行方正で慈愛溢れる俺が、人に恨みを買うなど考えられない。やはりあのトラップは、俺と分かって仕掛けられたものではなかった。おそらくそういうことだろう。


 ルカキスは、ナゾールという名に聞き覚えがないという。当然だろう。それは自分で名づけた仮初の名前なのだから。

 ウッカリ者のルカキスは、時折こんなミスをやらかす。ただ、盲信を貫くほど強い意志も持っていない。何かのタイミングで過ちに気づくだろう。

 そんなルカキスの考察は、なお続いた。


 では、俺がターゲットでなかったにもかかわらず、奴はなぜトラップを仕掛けてきた?

 その事実から導かれる順当な答えは……村の秘密を知った俺たちを排除したかった。そう考えることもできるか。

 

 俺やロボが奴の目的の相手でなかったとしても、この村の存在自体を隠しておきたかったという可能性はある。村に辿り着くのが困難だった状況を考えると、それが妥当な推論だ。

 だが、奴は俺の排除に失敗した。その時奴は、凄まじいまでの俺の力量を目の当たりにして、これでは打つ手がないと観念してしまった。そして、そのまま沈黙してしまい、今に至っている……


 なるほど、これなら辻褄が合う。これほど探し回っているのに、奴が見つからないわけだ。

 だが、それではどうやって奴をおびき出す?

 奴は俺に、俺の真の力に恐れをなして、ビビりまくっている。

 ……その俺の力が既にない。そう思い込ませる作戦はどうだろうか?


 ルカキスは辺りを見回すと、こと更大声で独り言を漏らし始めた。


「そうだ! しまった! 俺としたことがうっかりしていた! さっき俺が出した秘奥義は、1日1回限定でしか出せないとっておきだったんだ! しかも、出したあとはすんごい疲れてパワーが全然出なくなるのを忘れていた! ああ……なんだかもう、立っているのもやっとの思いだ。相棒のロボともはぐれてしまったし、こんな所を敵に見つかったら、とても太刀打ちできそうにない。困ったなぁ……」


 セリフ棒読みのルカキスは、喋りながらも周囲の変化を見逃さないよう、その目は忙しなく動きまわっている。どこからナゾールが現れてもすぐに反応できるように。

 そして、その時、何か白いモノが視界に映り込んだのに気づいた。

 俄かに反応したルカキスは、一瞬見えたその白いモノへ素早く照準を合わせる。それは目の前の通りを移動しており、目にした途端、横道へ曲がって消えてしまった。


 かかった!

 フッ……ちょろいもんだ。まんまと俺の演技に騙され、姿を現すとは!


 ルカキスはすかさず白いモノが曲がった角まで駆け寄ると、それが向かった先に視線を向ける。果たしてその先にあったのは、着衣に包まれた白い背中が、腰まである薄茶色の髪をなびかせて、家屋の中に入ってゆくところだった。

 だが、それを目にしたルカキスは、その事実にひどく動揺していた。


 な、なにっ!? 女……だと!?

 ナゾールは……ナゾールは女だというのか!?


 その考えに行き着き、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるルカキス。


 ナゾールが……女。

 くうっ、なんてことだ! 男だとばかり思っていたナゾールに、女かもしれないという要素が加わったことで、奴の犯した罪が……少し……少し軽くなったような気がする……


 なぜだっ!

 なぜ、相手が女だと悪は薄められるんだ!? 俺の正義はぐらつき始めるんだ!?

 しかも、あの後ろ姿はそこそこの美人を連想させる。そして美しさは、増せば増すほど悪を弱める効果を持っている!

 くうっ……これは、俺が男であることに起因している現象に違いない。

 ……謂わば男の性!


 だが、美人=いい人とは限らない。美人にだって悪人はいるんだ!

 俺はそんな奴を知っている。顔は確かにそこそこの美人だったが、奴ほどの悪を俺は見たことがない! だから、美しさと正しさは必ずしも両立しない!


 ……先入観を捨てろ。心をフラットに保つんだ!


 精神の均衡を保つよう意識しながら、ルカキスは女が入った建物の入り口まで忍び寄る。そして、身を隠すようにして慎重に中の様子を窺った。

 だが、中は真っ暗で、奥の方は全くといっていいほど何も見えない。照明器具の無い家の内部は、窓付近に物が置かれているのか、室内に一切の光が差し込んでいなかったからだ。

 しかも、この家の入り口からは長い庇が突き出ており、そのせいで入り口からの光もあまり入らない。かなり光の遮られた状態になっていた。

 暗い室内は判然とせず、女が何処にいるのかも分からない。ルカキスはそれでも虚を突かれぬよう気を配りながら、ゆっくりとそこに一歩足を踏み入れた。


 入ってすぐのところで目を慣らすと、僅かに見えるようになった内部をじっくり観察する。すると、部屋の中央にテーブルのようなものがあり、奥には布きれで仕切られた一角があるのが見えた。壁際には木箱のようなものが積まれており、そのせいで窓が塞がれているのも分かった。

 ただ、木箱がどのように積み重なっているかは分からない。下手に動かして崩れると危険だと判断したルカキスは、そこから明かりを取り入れるのは断念した。

 床にはなぜか食器や、部品のようなものが無造作に転がっており、生活感もなく、数年は使われていない様子だった。そして、見る限りさっきの女は何処にもいないように見えた。


 ルカキスは布で仕切られた奥の一角に女がいると踏んで、テーブルを回り込むように、ゆっくりとそこへ進んでゆく。

 慎重に2、3歩進んだところで、仕切りの布が少し動いたような気がした。

 

 いる……誰かいる!


 ルカキスは確信を持って、その仕切りを凝視しながら、更に距離を詰めてゆく。

 だが、慎重に奥へ向かっていたその時、ルカキスは何かに足をとられ「ドンガラガッシャンッ」と激しい音を立てながら転び、したたかに頬を床に打ちつけていた。


「う……くぅ……足元に何かあったのか?……危うく、もう少しで転んでしまうところだった」

 

 ……いや、既に転んでいるから。それは転ばなかった人が言うセリフだから。

 などと突っ込む人もおらぬまま、ルカキスは上半身を持ち上げて、自分が何に引っ掛かったのか、首を捻って確認する。

 しばらくそこを凝視したルカキスは、それがうつ伏せに倒れた人であることに気づいた。


「人?……女!? あの女か!」


 自分がつまずいた原因が、探していた女だと気づいたルカキスは、急いで態勢を立て直すと、ゆっくりそこに近づいた。

 つまずいた時に、ルカキスは女の足をわりと強めに蹴飛ばした筈なのだが、女が意識を取り戻す気配はない。いや、それどころか……


「ま、まさか、死んでいるのか!?」


 ルカキスは、さっきから微動だにせず、呼吸をしている様子もない女を見て、胸騒ぎがしていた。

 試しに体を揺すってみたが、特に何の反応も返してこない。やむをえず、意を決したルカキスは、女の顔を見ることにした。


 女の左肩を掴み、一気に仰向けにひっくり返す。するとごろんと体が回転し、遅れてその顔がルカキスの方に向けられた。しかし、その顔を見た途端、ルカキスは驚きのあまり思わず目を見開いた。


 に、人形!?


 ルカキスがその目に、作られた人形の顔をとらえた瞬間、その口から霧状の液体が噴射された。


「ぐわっ!……な、なんだこれは!?」


 女の顔を見ようとかなり近づいていたルカキスは、その液体をまともに浴びる。

 すぐに飛び退くようにそこを離れ、顔を拭ったものの、いくらかは口から体内に入ったようだった。


「ど……毒か!?」


 このままここにいてはまずいと感じたルカキスは、足元が悪いのも気にせず、転がるようにして、慌てて外に飛び出した。

 その時、一瞬視界が歪んだようにも感じたが、外に出て改めて体の異常を確認した時には、何処にもおかしいと感じるところはなかった。


「なんだったんだ今のは。毒かと思ったが、特に体に異常はなさそうだ。3年殺しなんて即効性のないものは使わないだろうし……」


 口から射出されたことから、まさか唾液? とも思われたが、あの天井が落ちるトラップを仕掛けた相手が、ここにきて唾を吐きかけるという、子供の嫌がらせレベルの攻撃をするとは考えられなかった。

 しばらく様子を見てみたが、特に体に異常はなかったので、ルカキスはそれ以上気にするのをやめた。それよりも、女と思われた相手が人形だった事実が気にかかり、そこをもう1度考えてみることにした。


 確かに人だと思ってたのに、倒れていたアレはただの人形だった。しかも、精巧と呼ぶにはほど遠い、あきらかな人形。あの暗がりでなければ、おそらく見間違えることもないくらい。

 あれは本当に、俺が見た女と同じだったんだろうか? もし、違っているのなら、女はまだ中にいることになる。怪しいのは、やはり奥の仕切られた一角だが……


「@§★◎◇£†」


 その時、思案に耽るルカキスに、何者かから声が掛かった。

 それがどういう意味の言葉だったのかは聞き取れなかったが、それはルカキスが考え事に集中していて聞き逃したのではなく、あきらかに馴染みのない、理解不能な言語を相手が喋っていたからだった。

 それと同時に生じた危機感。ルカキスは声のした方へ、戦闘態勢をとりながら素早く向き直った。

 いつでも剣を抜けるように、柄に手をかけたルカキスの姿勢は、意外にも様になっている。だが、相手を視界にとらえた途端、その口から驚きの声が漏れた。


「なっ!?」


 そこにはルカキスの想像を超える存在が立っていた。

 眼光の無い、赤一色の目を見ただけで、それが人でないことは俄かに理解できた。だが、ピンポイントで判別する必要のないくらい、そのモノは、そのモノを構成するあらゆる部位が異様だった。

 一応人型を保っていたものの、全身を覆うゼリー状のただれた赤い皮膚は、流動しながら端の方でぼたぼたとこぼれ落ちており、手と頭の先からは飛び出した触手が蠢く様は、非常にグロテスクで見る者に嫌悪感を与えるものだった。


「い、いるじゃないか……モンスターが!」


 そう、相手はまさしく魔物。モンスターだったのだ。


「◇◎仝〆@★★%」


 モンスターは何ごとかを口にしながら、ルカキスの方へゆっくりと近づいてくる。その動きを警戒しながら、一瞬振り返って背後を確認してみたが、そこには別段何もなかった。モンスターは間違いなくルカキスを目指していたのだ。

 しかし、それに気づいたルカキスに、大きな動揺はなかった。なぜなら目の前に迫るモンスターが、それほど強そうには感じられなかったからだ。そのことが心に僅かな余裕を生んでいた。


 あの外観……それほど俊敏なモンスターじゃないようだな。だとすれば臆することはない。いざとなったら逃げてしまえばいいんだから。

 だが、こいつがナゾールのトラップなら、1体だけでは済まないだろう。どのみち戦うことになるのなら、このトロそうな相手は肩慣らしにうってつけといえる。俺の秘められた力の確認も兼ねて、ここは1度戦っておくか。


 おそらく、俺の圧勝に終わるだろうが、万にひとつ。いや、億にひとつも手こずるようなら、その時初めて逃げればいい。俺の高速移動術を使えば、こいつを振り切ることなど造作ない。そして、ロボと合流して2人がかりで対応すれば、あとはなんとかなるだろう。

 そういえば、ロボの手からはビビッと何か出ていたな? 威力はなさそうだったが、あれでも牽制くらいにはなるだろう。最悪あの頑丈そうな体を盾がわりにして、戦うという戦法もあるしな。


 そんなことを考えている間にも、モンスターは何ごとかを口にしながら、徐々にその距離を縮めていた。だが、それを気にすることなく剣を抜き放ったルカキスは、その顔に不敵な笑みを浮かべた。


 フフフッ、余計な考えを巡らす必要などなかったか。剣を抜いた瞬間から、俺の全身に溢れ出したこの力……漲る力!

 今の俺なら奴を倒すのにものの数分もかからない。いや数秒、いやいや瞬殺!

 そう。今の俺なら奴を一太刀のもとに瞬殺してしまうだろう。しかも、その太刀筋は超速い! ヒュンッと鳴った時にはもう終わっている。瞬殺ならぬ、ヒュン殺だ!

 それほどまでに今の俺は研ぎ澄まされている!

 見せてやるぜ、俺の真の実力をっ!


 剣を持った右手を、右後方へ垂らすように構えながら、ルカキスは相手との間合いを詰めてゆく。

 だが、ルカキスが剣を抜いた瞬間、モンスターは動きを止めて何やら一生懸命喋っていた。間合いを詰められると更にその声を荒げ、両手を前に突き出すように触手を激しく蠢かせる。まるで「やめてくれ」と訴えかけているように。

 

 しかし、戦闘モードに入ったルカキスはもう止まらない。モンスターが突き出した触手を攻撃ととらえたのか、それを避けるように左へ体を移すと、両手で持ち直した剣を振りかぶって、モンスターの頭上から一気に振り下ろした。

 その際「稲妻斬り」と叫んでいたようだが、モンスターは体を軽くひねるだけで、その攻撃をあっさり躱していた。


 な……にっ! あれを躱すだと!?


 ルカキスが思っているほどキレのある攻撃ではなかったが、逆にモンスターは意外にも、愚鈍なタイプではなさそうだった。

 斬りつけを避けられたスキを埋めるように、ルカキスは即座に左へ回転して敵から逃れる。攻撃はそれほどでもなかったが、回避に関してはそれなりに様になっている。まるでモンハンをやり込んだ大剣使いのように。

 一撃目をかわされたことへの動揺もあとを引いていない様子で、続けて次の攻撃へ移るべく剣を握り直した。


「俺の稲妻斬りを紙一重で躱すとは、ツキも味方しているようだな」


 相手に敬意を表するように一言だけ言葉をかけると、ルカキスはニヤリと口の端を上げて、また不敵な笑みを作った。


 だが、これはかわせまい! 稲妻斬りを3年寝かせて熟成させた後、その旨味成分だけを余すところなく抽出した、珠玉の一太刀……

 受けてみよっ!


「真! 稲妻斬り!」


 叫び声と共に、ルカキスはまたしても上段から剣を振り下ろす。その太刀筋は稲妻を模したように、ギザギザの軌道を描いた。

 正に稲妻と形容してもおかしくない剣技ではあったが、いかんせん斬り下ろすまでに軌道を幾度も変えるため、完全に剣の勢いを殺していて、高い威力は望めない。

 腰をくねくねさせるので、エクササイズ向けの技と言えるかもしれない真・稲妻斬りは、案の定モンスターに当たることなく、むなしく空を斬ったあと地面に激突して止まった。

 先ほどと同じく、即座に回避行動に移るところだけは一丁前なルカキスを、モンスターは呆れながら見ているような気がした。

 

 しかし、2度躱されたことでようやく本気になったのか、今度は無言のまま袈裟に斬りつけると、返す刀で真横に薙ぐ。一太刀目は躱されたものの、踏み込んで放った横薙ぎが見事モンスターにクリーンヒットしていた。


「よっしゃいっ!」


 気合いが入り過ぎているのか、喋り方がいつもと違い、なんだか少し男らしい。

 だが、モンスターの腕に深々と食い込んだ剣を抜こうとして、全くそれが動かないことにルカキスは驚き、そして動揺する。

 まぐれ当たりのツケが来たのか、戦い慣れてないのを露呈するように、ルカキスは抜けない剣を執拗なまでに引き抜こうとする。

 だが、剣は木や地面に突き刺さっているわけではない。2、3度引いて抜けなかった時点で警戒しておくべきだったのである。


 案の定、モンスターは剣の刺さった腕をグイッと真上に引き上げる。すると、まるで魚釣りの要領で剣と一緒に引き寄せられたルカキスは、モンスターの前に無防備な姿勢をさらした。


「ぬおっ!」


 そんな声を漏らし、危機感を覚えた時には、もう全てが手遅れだった。

 引き寄せると同時にカウンターで放たれた、モンスターの強烈なボディブローが、ルカキスの腹に深々と突き刺さる。


「ぐほっ!」


 完全に勝負を決する一撃。ルカキスは余りの痛みに、腹に突き刺さったその感触が、モンスターの見た目と違って非常に堅く、まるで金属のようなものだったことを、ほとんど意識することもなかった。

 モンスターの腕が引き抜かれると同時に、膝から崩れ落ちるルカキス。


「た……たまらん……ぜよ」


 その言葉を最後に意識は途切れ、そのまま地面に倒れ込む。モードが切り替わっているのか、なぜか最後まで男らしい言葉使いのルカキスなのであった。


◆◆◆


 時は少しだけ遡る。

 ルカキスを捜索中だったロボは、ようやく識別範囲内にルカキスをとらえ、それを頼りにかなり近くまで接近していた。


 ロボが通りを曲がるのと、石造りの家から、転がりながらルカキスが飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。すぐに言葉をかけようと思ったロボだったが、どうにもルカキスの様子がおかしい。体のあちこちを触りながら何かを確認している様子なのである。


 怪我でもしたのか?


 不審に思い様子を見ていると、今度は固まったまましばらく動かなくなる。どうやら考えごとをしているようで、しばらくすると、その視線はさっき出てきた家屋の方に向けらてれた。


 なんだ? あの建物の中でなんかあったのか?


 そんな疑問を感じたが、遠くから見ているより直接聞いた方が早い。そう判断したロボは、言葉を掛けながら近づいていった。


「お~い、ネオ・ルカキス。何かあったか?」


 その声に振り返ったルカキスは、なぜか剣の柄に手をかけており、少し腰を落として臨戦態勢である。

 そして、ロボの姿を認めるや否や、その口から驚きの声が漏れた。


「なっ!?」

「いや『なっ!?』じゃねーだろーが」


 笑みさえ浮かべながら、ロボは普通にツッコミを返す。だが、ルカキスは驚きの表情を浮かべたまま、更に言葉を続けた。


「い、いるじゃないか……モンスターが!」

「誰がモンスターだよ!」


 即座にそう返しながらも、ロボはまだ和やかな気分だった。しかし、2人の距離が近づくにつれ、なぜか場の緊張感が高まっていく。

 その変化に気づいたロボが、訝しむように眉をひそめた刹那、ルカキスが抜刀した。しかも、その顔には笑みまで浮かんでいる。

 ただの笑みではない。悪役特有のあの悪い笑みである。


「ち、ちょっとマジか!? おい、ネオ・ルカキス! そいつはシャレんなってねーぞっ!」


 ルカキスのあまりに突飛な行動に、さすがのロボも焦りを見せる。だが、ルカキスは剣を持った右手を後ろに回し、後方へ垂らすように構えながら、ロボとの間合いを詰めてくる。

 それが冗談に感じられなかったロボは、両手を前に突き出し、必死にルカキスを止めようとした。


「待て、待て、待てっ! 早まるなっ! 早まるなってんだよ、ネオ・ルカキスッ!」


 しかし、その突き出された手を攻撃ととらえたルカキスは、右方向に体を振ると、そのままロボに向かって踏み込んだ。そして、上段から剣を振り下ろした。


「死ねぇっ! 稲妻斬りっ!」


 剣の軌道と速度を即座に計算したロボは、それが当たらないよう僅かに体を捻って攻撃を躱す。ロボの真横を通り過ぎた剣の速度と威力は、しかし冗談では済まされない、あきらかに殺意のこもったものだった。


「……おめー、マジじゃねーか?」


 ルカキスが本気と分かったロボは、ようやくその表情を真剣なものへと改める。

 一方、攻撃を躱されたルカキスは、それに驚いたようだったが、回避行動をとってすぐさま態勢を立て直した。構え直したその表情に動揺の色はなかった。


「俺の稲妻斬りを紙一重で躱すとは、ツキも見方しているようだな」


 まだ余裕の顔でそう告げるルカキスは、秘策でもあるのか、またもや悪そうな笑みを浮かべる。そして、一気に間合いを詰めると、そのまま再度上段から剣を振り下ろしてきた。


「真! 稲妻斬り!」


 まるで冗談のようなクネクネした動きの斬りつけに、ロボは呆れ顔を浮かべる。

 当然ルカキスの攻撃がロボに当たる筈もなく、剣が地面に激突するのを見届けたロボは、率直な感想を述べていた。


「冷静にお前を戦力として見た場合、全くアテにはできねーな」


 冷たくそう言い放つロボの言葉が、まるで聞こえていたように、無言のまま放たれた次のルカキスの一撃は、意外にも速く鋭いものだった。

 更に間髪入れず繰り出された横薙ぎは、躱すことが叶わず、ロボは右手を使ってそれを受け止めるしかなかった。


「よっしゃいっ!」


 満面の笑みで勝ち誇ったルカキスだったが、直後に表情を一変させる。力を込めても、突き刺さった剣を引き抜くことができなかったからだ。


「フフッ、なんでー、敵に幻惑されてるのかと思ったが、やっぱりオレの声が聞こえてるんじゃねーのか? 前言を撤回するほどじゃねーが、それなりに鋭い斬りつけだったことは認めるよ。だが、オレはわざとお前の剣を受け止めたんだ」


 なおも剣を抜こうともがくルカキスを見ながら、ロボは右手を真上に引き上げる。すると、突き刺さった剣と共に、ルカキスがもれなく付いてきた。


「ぬおっ!」


 隙だらけで目の前に吊り上ったルカキスの腹に、ロボの左手がカウンターで打ち込まれる。


「ぐほっ!」


 完全に勝負を決する一撃だったが、当然加減はされている。ロボの左手は、ルカキスの意識を奪う威力を保ちつつ、後遺症の残らない位置に的確に打ち込まれていた。


「俺の右手には特殊な緩衝材が仕込んである。相手の剣をめり込ませながら、そのまま吸着して離れなくしてしまうんだ。たとえ、なけなしの武器でもこだわり過ぎるのは考えもんだぜ」


 ロボの説明など耳に届いていないルカキスは、そのまま膝から崩れ落ちる。


「た……たまらん……ぜよ」


 その言葉を最後に、ルカキスはうつ伏せに倒れ、意識を失ってしまう。

 ロボは崩れるように倒れたルカキスをそのままに、左手の銃口を直ぐ近くにある家屋の屋根へ向けた。その直後、射出音と共にそこにあった何かが一撃で砕け散る。

 それを確認したロボは、何ごともなかったようにルカキスの傍らにゆっくりと腰を下ろした。


◆◆◆


「くそうっ! またか!?……これでいったい何個めだ!」


 ナゾールは怒りに任せ地面を叩くと、睨みつけていたクリスタルボードから視線を外し、その場に立ち上がった。


「どうやら奴が遠隔視認魔法スチール・ビューを可能にするため、この村の任意の場所に設置していた、魔術回路の位置を把握できるのは間違いない。しかも、今回破壊された分を含めて既に5つ目。村の半分近い場所が見れなくなってしまった。くっ、どうすべきか……。奴らはたった2人。同士討ちで戦力が半減している今が奴らを追い出すチャンスだが、あの全身鎧の実力は相当なものだ。しかし、ここで手をこまねいていても状況が分からない。とりあえず近くで様子を見ながら、排除するチャンスを窺うか……」


 遠隔での対処を諦めたナゾールは、そのまま拠点にしていたテントをあとにした。


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