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 目が覚めたのは、何かの物音に起こされたからだ。

「やっとお目覚めですか、旦那様。こんな所で眠るなんて不用心じゃないですか」

 唖然としている俺の目の前に、伝助が浮かんでいた。

「お前、死んだんじゃなかったのか」

 開いたままの口がようやく、動いた。

「自己修復装置ってのが付いているんですよ。これくらいの故障なら直ぐに直りますよ。いわゆる不死身ってやつですか。カッ、カッ、カッ」

 得意気に笑う伝助を、俺は足で踏み付けた。

「お前、そう言う事は先に言えよ。心配させるんじゃないよ」

「わー、ごめんなさい。許してくださいよぉ。あっ、でも心配してくれてたんだ。ちょっと嬉しいな」

 馬鹿馬鹿しいので止めた。こんな奴に感傷的になった俺が愚かだった。

「旦那様。通信が入って来ていますよ」

 レイだ。間違いない。あの爆発で残りの兵士が全滅したんだろう。レイも動きがとれないのだ。それにどの道、俺も上に昇らなければ脱出出来ない。お互いに手詰まりで、話し合いを持とうと言う気なのだろう。

「久しぶりね、正夢。このままじゃ、らちがあかないし取引しましょうよ。あなたも坊やを取り返したいでしょ」

「ミドは無事なのか」

「ええ、今のところは眠っているだけよ。でも、あなたがこの坊やにご執心だとは知らなかったわ。両刀使いなのね」

「お前の頭の中には、その事しかないのか」

レイには男の友情が理解出来ないらしい。

「あら、性欲は人間の大事な基本的要素の一つだわ。それより、早く上がって来てね。でないと坊やがどうなるか分からないわよ」

 レイの事だ、きっと罠を張っているに違いない。だからと言って行かない訳にもいかない。

「伝助。俺一人で行くからお前は別の通路から来い。何かあったら、目茶苦茶に暴れてかき乱せ」

 伝助に言い渡して装甲車を降りた。

 俺はやはり、内部エレベーターは使わずに歩いて階段を昇る。今更、閉じ込められる心配もないのだが、伝助が来るまでの時間を稼がなければならないからだ。

 さっきの区域は居住のための部屋が多かったがここは研究施設の様だ。部屋の中を覗くと、機能性重視でデザイン的にはとても凝っているとは思えない厳めしい機器が立ち並んでいた。

 更に進んで階段を昇る。最上階はさっきと同じで公園になっている。居住者の厚生施設。憩いの場所なのだ。

 全面が窓になっている。俺はそれに吸い寄せられた。窓の外には星が輝いている。双竜穴からは電離壁が邪魔をして星空なんて見られなかった。

 軌道エレベーター同士を繋ぐリングを横目で見ながら歩いて行くと、いきなり、地球が目に飛び込んで来た。地球は遥か俺の足の下にあるので、ここからは見えないはずだ。恐らくこの窓硝子だけが屈折率を変えてあるのだろう。

 初めて見る地球だ。

 それは、俺が小さい頃写真で見たのとは大きく違っていた。写真では、青い海の上を白い雲が取り巻き、その間から緑の大地が顔を除かせていた。

 しかし今、俺の目の前にある地球は、錆色の双竜穴という桎梏しっこくに束縛された、無惨な星の残骸だ。

 硝子に人影が映った。レイだ。俺は慌てて振り返える。

「奇麗な眺めでしょ。まるで、リボンをかけたキャンディーみたい。そう思わない」

 レイの目には、この惑星の屍がそんな風に映るらしい。

 相変わらずの派手な衣装に、身を包んでいた。黒光りするレザー風の体にぴったりくっついたツナギの服で、胸元のファスナーを臍の辺りまで下している。

「ミドはどこだ。交換条件は何だ」

 銃口はレイに向けている。

「そんな物しまいなさいよ。坊やなら上よ。あなたには協力して欲しいのよ。あなたの体の事は聞いているでしょ。総統も双竜穴を出る気なのよ。でも、私は外の世界なんかに興味は無いわ。この世界が気に入ってるもの。だから、逃げて欲しいの。要するに私にはあなたが邪魔なのよ。本当は兵士達が、正夢を殺してくれれば良かったんだけど、皆、死んじゃったし。それに私があなたを襲ったって返り討ちに合うだけでしょ」

「どこまで、信用出来るかな。お前には、今まで良い様に使われて来たからな」

「疑り深いのね。これで信用出来るでしょ」

 レイがおもむろに、服を脱ぎ始めた。下着は付けていない。ただし、ヒールは履いたままだ。

「こんな格好じゃ、武器は隠せないじゃない。そんな顔、しなくてもいいでしょ。今更、照れる様な関係でもないし。さあ行くわよ。坊やが待ってるわ」

レイが俺に背中を見せて、階段へ向かう。俺はその後をついて行った。

 レイがわざわざ階段を使ったのは、俺に見せたい物があるらしいのだ。

 案内されたのは、薄暗い部屋だった。レイが照明をつけると、部屋中が硝子ケースで埋めつくされていた。

「これが、根絶した病原体の標本よ。ディナーショーには、ここから病原体を持ち出して、使用しているのよ。あなたに見せたい物はこの奥よ」

 硝子ケースを横切り、反対側の扉を出ると、空中廊になっていて、眼下には硝子ケース。丁度、人一人が入れるぐらいのケースだ。それが、数十個整然と並んでいる。

「ここが、ウイルスの培養工場よ」

 照明がつけられて、俺の目に飛び込んで来たのは、硝子ケースに入った人間の姿だった。

 老若男女、全員が裸で、体には管が何本も埋め込まれている。ある者は、口から血を吐き、ある者は痙攣が止まらず、またある者は体中が膿にまみれている。

 ここには、ありとあらゆる病人が揃っている。しかも皆、生きていて、声こそ聞こえないが、苦痛の叫びをあげている。

「これが、冷凍睡眠で蘇った人達か」

「そうよ。細菌なんかは、シャーレに寒天でも入れとけば、培養出来るけど、ウイルスは生体細胞が無いと培養出来ないのよ。でも楼欄には動物はいないし、楼欄の人は免疫が退化しているから、すぐに死んじゃって使い物にならないでしょ。その点、あなた達は役に立つわ。死ぬまで何回でも培地に使用出来るもの」

「こんなものを見せるために、連れて来たのか。早くシャトルに案内しろ」

「あら、気を悪くしたの。喜ぶと思ったのに残念ね」

 お前と一緒にするな。

「でも、まだ出て行っちゃ困るのよ。あなたが昇天核を壊しちゃったから、私も楼欄に帰れないのよ。聖王様が助けてくれるけど、復旧には早くても、二週間は掛るから、それまで一人だなんて気がおかしくなっちゃうわ。だから、めどが立つまで一緒にいて欲しいのよ。それが私のお願い」

 レイが自分の下腹部に手を這わして、俺を挑発する。

「ねぇ、興奮してきちゃった。久しぶりに楽しみましょうよ」

 この女は、よくこんな状況で、そんな気分になるものだ。こいつの精神構造は破綻していに違いない。

「その気にならないの。だったらしょうがないわね。それじゃ眠って」

 レイは突然、体内に隠し持っていた、リップスティック状のスプレーを、俺に吹きかけた。

 反撃する間もなく、俺の意識は遠のいて行った。

 消えて行く意識の中で、レイの声が聞こえた。

「お休み、正夢。目が覚めた時がショーの始まりよ」

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