あたたかい小石

 マユミももちろん、中学生は今夏休みに入っていて、太陽が出ている間は、どこにいても子供達の声が絶え間なく聞こえてくる。

 赤い自転車で、彼女は車がかろうじて行き違えられるくらいの幅の道路の端、ちょうど河原沿いの方を走っていた。以前左にある河原に落ちた時から、チェーンの回る音が少しおかしくなったが、『もしチェーンが外れたら僕らで直すよ』と三人が言ってくれているので、いつもと変わらず……前かごに学生カバンと多めの食料品を入れていることを除いて……軽快に河原沿いを走っていた。

『今日は登校日だから、お昼はちょっと遅くなるよ』と言って朝出て来たので、たぶん今頃みんなお腹をすかせて待っているだろうな、と彼女は考えて、アパートに着いてから早足で階段を上った。そして先に三人と一匹のいる部屋の戸を叩いた。

「ただいま、今から御飯作るね、」

「ちょっと待って」

 一言言ってすぐに自分の家に戻ろうと背を向けかけたら、中からハヤテの声が聞こえた。

「あのね、今日はお弁当にしてほしいんだ。みんなで、そこの川で遊ばない?」

「え……うん、いいよ。じゃあ、できたらまた来るから」

 彼女は閉じたままのドアに返事して、家に入った。だから、

「マユミちゃん、自分ちに入ったな」

「でも川で遊ぶのなんて、何年ぶりだろ」

「とにかく、はなるべく後で言おう」

 三人の話し声を聞いたのはパンドラだけである。


 四人(と一匹)はアパートの前の河原へ降りて、マユミが作った弁当を食べて笑いあっていた。

 ハヤテがマユミに自分たちの正体を話してから何日か経っていた。マユミの三人に対する態度にはそれまでと全くかわりはなかった。たまに魔界ってどんなどころなの、本で書いているような世界なの、と興味深く聞いてくることがあるくらいで、今までよりずっと仲良く――ずっと昔から友達でいたのではないかと感じるほどだった。

 四人は弁当を食べ終わってもしばらく話を続けていた。

「……あのね、」

 マユミがひざを抱えて座りなおし、夏の風に長いフレアースカートをゆらして口を開いた。

「うまく言えないんだけど、私は、みんなかっこいいと思ってるの」

『えっ、』

 三人が少し動揺して言葉の続きを待った。離れて寝ていたパンドラも、耳を立てた。

「だって、記憶を失っていたから本当の状況なんかわからなかったかもしれないけど……、三年も修行に耐えてここまで来た、それがとても、胸のすくようなカッコいいことに思えて……」

 パンドラは寝返りをうって四人の反対側に身体を傾けた。

「あたし、お母さんに、『あきらめなければ、きっといいことがある』ってずっと言われてきたの。でもお母さんは、病気と最後まで闘ったけど、だめだった。

 あたしは最近、あきらめなくても、だめなものはだめなんじゃないかなって思うことが多かった。そんな考えを、みんなが吹き飛ばしてくれたような気がするの」

 ハヤテ、ショウ、ダイチ、三人が三人とも身体のなかで何かが揺れるのが分かった。それはうまく言葉にはできなかったが、深い感動を呼んだことは確かであった。

「ありがとう、」

 ハヤテが立ち上がってズボンに着いた枯れ草を軽く叩き払いながら小さく、けれどはっきりと呟いた。

「最初は、ハヤテを責めてたんだ。マユミちゃんに、オレ達のことを話しても、絶対理解してくれるはずがないってね」

 ショウは枯れ草を気にせずそのまま二、三歩河原に近付いて後ろを振り返りながら続けた。

「でも、一ついいことが分かった。ハヤテが無鉄砲なことを言い出して、ショウはそれに乗る時は一緒に無茶をして、嫌な時はすぐケンカ。いつも僕がどうにかなだめる。たまにショウと言い合いになったりもするけど。あっ、これって、いつかやったことがある、そうふっと頭に浮かんだんだ。もっと前から……僕の、時から……」

 ダイチは立ち上がらずに側にあった小石を大きな手で掴んで、風を鳴らした。小石は風の中へ軌跡をつけるように飛び、川の流れよりか細い音で水に消えた。マユミは瞳で小石の行方を追っていたが、水に消えた時、小石以上の波紋が瞳の奥に広がった。

(何かを、言おうとしている)

「そう言えばさ、ここでオレたち、石投げしたことあるんだぜ。ほら、」

 ショウが不意に足下の石を拾って、勢いをつけて投げ放った。石はほぼ水平に流れて、川の表面に二回跳ねて消えた。

「平らで、小さめの石のほうがもっと跳ねるんじゃなかった?」

 ハヤテもしゃべりながら平らな石を横手に持った。手をはなれると、二回、三回、四回……川を渡りかけて沈んだ。

「向こう岸までたどりつくか……」

 ダイチも手を伸ばして、平らな石を取って右手を振り上げた。その時、マユミが彼の裾をつかんだ。

「わたし、」

「マユミちゃんもやってみる? これ、どうぞ」

「だめだめそれはダイチ用で重すぎ! こっちがいい」

「丸い石が持ちやすいよ、はい」

 三人とも小石をマユミの所へ持ってきた。しかし、マユミの言葉の続きはそうではなかった。

「隠さないで。

 お願い、全部言って!」


 周りの草が音もなく揺れた。ダイチはそっとマユミの手を服から離し、その手に自分がさっき拾った小石をおいた。ハヤテとショウもそっと乗せた。そして、手を震わせながら三つの小石を握ったマユミと瞳を合わせて、ハヤテが口を開いた。

「行くんだ、魔神のところへ」


 風が通った。


「この近くに、ビルを建ててるとかで、工事を始めたところがあるの、知ってるかな……そこにいたんだ、魔神が」

 ショウが右腕をさすりながら不快さを訴える。

「今朝、マユミちゃんが家を出てから、ハヤテの水晶玉にくっきりと映って――僕らで何度も確かめた。もしかすると、魔神の方から、僕たちを消したくて、のかもしれない」

 ダイチは深刻な顔を見られたくないのか、マユミに背を向けて話した。

「いつ……いつ、そこへ行くの、」

「明日、朝早く」

 間もなしにショウがマユミの言葉を遮った。マユミは右手に力を入れた。三つの小石は、それぞれの想いを汲んだようにあたたかい力を発していた。


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