雪道

かさかさたろう

第1話 邂逅

 親のつてでの就職に、雪深いこの地に来て3年が経つ。


 そこそこの大学を出て、希望に満ちた頃、電車に乗って、丁度一日、揺られながら、これから始まる新しい生活に色々な思いを馳せていた。青い頭の中で描いていたのは、夢の様な日々だった。

決して、都会の華やかな場所ではないことは知っていたが、別にキャリアを積んでいけば、途中で都会に出ていくことも出来るし、会社の上役になって寂れた街を活気づけるとかなんかも出来る。とりあえず、なにかのチームのリーダーになって、ビッグプロジェクトを成功させて、この世の中に形のあるものを残そう。そして、綺麗なお嫁さんをもらって、可愛い子どもたちにかこまれて、幸せに暮らしたい……などと、心のキャンバスの前にはたくさんの絵の具が用意されていたように思う。

 思えば、昔から、父親に言われていた、人間の短い生、「男ならば何か、なそう」という言葉を現実のものにするとそう決めていた。父はそう言いながら、現実に玩具メーカーで大ヒット商品を作ったので、自分もまた、と若い心の燃え滾りは収まるところを知らなかった。


「あれからもう三年か…。」


 要するに、当事の自分を思い返せば、仕事はなんでも出来ると思っていたし、つてで入ったその企業は日本海側を中心に大発展した従業員数3000人規模の会社だったので、自分が将来上役になれば、都会から離れた寂しい雪国を活気づけられると信じていた。


「若気の至りかなぁ…。勘違い野郎だった…。」


 しかし、現実は厳しかった。自分の仕事こそ、てきぱきとこなすことは出来たように思う。それが理由で二年目からチームリーダーに抜擢さたからだ。会社内の評価もそこそこに、噂されるほどになっていた。

 ところが、チームの社員がついて来てくれなかった。何をしても思い描いたとおりにならず、メンバーとは衝突を繰り返し、自信を失い、上司からは罵倒される日々が続いた。それでもなお、ギリギリの成績は残していたのでまだ解任されずにいるのだと思う。

 しかし、あまりにも思い描いた自分とかけ離れていたため、わずかに残っていた自信がもはや悲鳴をあげている。


 平日に休みを貰ったので、昼過ぎに、かなり着込んで気が滅入る家から抜け出し、近所を散歩することにした。


「こんな平日に休みなんて、死刑宣告も近いのかな……」

もはや、人生への諦念がどす黒い紫炎と共に心の隙間へ顔を覗かせる。

外に出て、空を見上げれば、一面を灰色に塗りあげた空から、雪が静かに舞い降りて、辺り一面を白く染め上げていく最中だった。

 道すがらの自販機でホットコーヒーを買い、雪国の寒さを紛らわしながら、自分の人生の不甲斐なさに寂しさを感じ、あわれな自分の心に寄り添い、気づけば大きな公園の淵に辿り着いていた。


「公園があったのか…」


 屋根付きのベンチに腰を下ろし、ぼんやり薄暗い空を見上げる。ホットコーヒーをすすりながら、いや、諦める前に何とかしないと、何とかしないと、と思いつつ、焦りだけが積もっていった。


「ご一緒してもよろしいですか?」


 ふと、見知らぬ老人が声をかけてきた。

 私は、キョトンとして老人を見上げた。

 コートにハット、ステッキをもち、立派に整えた白髪に、微笑を湛えた、いかにもな紳士姿がそこにはあった。

 このご時世、なにかの勧誘等にも思え、顔を強ばらせたが、老人の柔和で心地よい目の輝きに不思議な安心感を覚えて、気づけば、どうぞ、と席を詰めていた。

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