第2話・白玉との出会い
《⁑それにしても親父様は白玉に甘いよな》
稽古場で木刀を素振りしながら八郎は一人呟いていた。そして、いつものように悲しい過去を思い出していた。今から2年前の赤い雪の日を
《⁑桶狭間か…》
1560年6月12日の奇跡の勝利は織田信長と今川義元との戦の話である。織田信長から名門剣術流派の津鏡家に召集があり八郎の父、国正をはじめ、兄上達と八郎そして門下生を含め、総勢32名の精鋭が尾張を目指した。その部隊の最前列に我々、津鏡家は配置されたのだった。
《あの時、俺が弱かったからなのか?国一(くにかず)兄さん…俺がもっと強ければ…兄さん達を…》
八郎は、兄上達が死んでしまった日の事をよく思い出す。特に長男の国一が八郎に言った一言を…
《いいか、八。お前は父上と共に行け!父上は信長様の率いる大部隊と丸根の寺で落ち合う。反論は認め無いぞ…いいな》
国一は優しい笑顔で八郎に言い聞かせた。津鏡家長男の国一は、津鏡一刀流で免許皆伝を許された男だった。
その強さは剣豪10人でも敵わぬか。などという噂が信長の耳にも届くほどだったという
父、国正も戦国一と噂になった男で時折、城に出向き剣術指南役を任せられていた。そんな国正を唸らせる男は戦国の広い世でも長男の国一だけだったのだ。
国一と八郎は年の差もあったためか八郎は国一に大変可愛いがられていた。当時17歳だった八郎にとって国一は憧れの存在だったのだ。そんな憧れの兄と手を振り別れた八郎は、桶狭間の戦場で変わり果てた国一と再会をする事になる。
信長に勝利の知らせが入り戦友達の遺体を弔うため、信長一行は桶狭間に向かうのであった。道の途中で休憩をする事になり山の湧き水を飲んでいた八郎は、風が運んだ異臭を感じた。
《⁑臭い…なんだこの匂い?》
その声を聞いた近くの兵が、鼻をつまみながら八郎に近づいて来て呟いた。
《死臭ですな。これは酷い匂いだ。》
八郎は兵に頷き言葉は返さなかった。不安になったのだ。
《⁑兄さん達、怪我をしてなければいいな》
すると八郎の後ろにいた国正が豪快に笑った。
《按ずるな、国一が参戦した戦で津鏡一族では怪我人一人出た事はないのだからな》
国一兄さんの戦い方は戦略的でいつも完璧だったのだ。しかし桶狭間に到着して目に入った地獄絵図に誰しもが言葉を失った。狭い岩狭間の地形に数百人の亡骸が石ころの様にころがっていたのだ。そんな修羅の戦場で最初に国一を見つけたのは、神の悪戯か、父上の国正であった。
《ぐぁ。あぁ。くっ》
と国正が突然只ならぬ声をあげたので八郎は国正に駆け寄り国正の見つめるその先を八郎は見たのである。
そこにあったのは腐敗の進んだ肉の塊が、国一の愛刀・
着衣の家紋、体型と髪型でのみ国一である事が窺い知れた。国一の顔はカラスや獣に食べられてしまい見る影も無かったのだ。
《⁑兄さんなのか……兄さん!国一兄さん!嫌だよ!なんで…そんな……こんなの酷い…うぁぁ。》
八郎はまるでモグラの様に土を素手で何度も掘った。辺りの草も…なにもかもを剥がし毟り暴れた。父、国正には涙は無かった。しかし八郎には父の涙が見えた様に思えたのであった。国正は生気を鬼に抜き取られたかの様に、戦場に立つカカシの様にピクリとも動かなかった。まさに戦乱の地獄絵図を見た八郎であった。しかしこれでも悪夢は終わらなかった。
八郎の心にさらなる落雷が落ちた。国一の遺体の周りに円状に倒れた遺体達の着衣に津鏡一族の雪の家紋があるのだ。
父、国正がカカシとなりピクリとも動かなかったのは我が子と弟子達が連死している姿を見た為だったのだ。
《……》
もはや奇声すら出無かった。
そんな時、汗ばむほど暑い空に雲が広がり雹が降った。八郎の目には生涯忘れぬ真っ赤に染まる赤い雪が降った様に思えたのだ。
《⁑赤い雪?……なんだよこれ…血飛沫じゃないか》
八郎の意識は遠退きそこからの記憶は朦朧としたものなのだ。そして意識を失いかけたその時に国一兄さんの刀の隣に、真っ白な猫がいた様に思えたのだ。
何もかも赤く染まる世界に美しい白い雪、一粒がそこにはあった。
《⁑その猫が…白玉か。》
ふと現実の世界に視野がもどる。
《⌘隙だらけは・い・つ・な・お・る・?》
《⁑アガぁ!》
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