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先に、私のことを話そう。


いや、「話そう」だなんて、ずいぶんと威厳たっぷりに聞こえるが、私は単なる物書きの端くれ。選ぶほど仕事が来た経験はなく、家計も火の車。会社員時代と比べて、ある意味なかなかスリリングだと思う。

もちろん自室が仕事場だが、ほぼ毎日朝から晩まで出かけている。だが、さすがに体力は日に日に擦り減っていき、土日どちらかに休まないと、また医者に注意される。そういうお年頃である。


「今回の仕事は、そんなに大きいのですか」

私の顔を見るなり、医師はペンで肩を叩きながら言った。

以前は嬉々として私の仕事の話を聞いてくれたというのに、今は半ば飽きれ気味。

医師の問いかけに答えず、お互い年をとったものですねぇ、と少し嫌味を言ってから、さっそく切り出す。


「今回は、ある作家先生にまつわるお仕事なんです。ちなみに、先生は本とか読まれます?」

「まあそこそこ。特に推理小説とかですかね。それも簡単に映像化しないやつ。」

「簡単に映像化?」


医師は腕を組み、うんうんと頷く。


「僕、アンチ実写化派といいますか、最近、何でもかんでも実写化するでしょう?アニメとか漫画とかならまだ許せるんですけど、実写化だとイメージ変わっちゃうし、勝手に時代設定とか変えちゃうじゃないですか、ああいうの。たとえば舞台が90年代でまだガラパゴス携帯なのに、今に合わせてスマートフォンにしちゃったりとか」


「別にどっちでもよくありません?それぐらい」

「それぐらいって、ええー…駄目ですよ」

わかってないなぁ、という軽蔑を含んだ態度が少し癪に触り、私は口をへの字に曲げた。

「何が駄目なんです?もっと具体的に…」

「あっ、ほら出た、職業病」医師はおどけるように人差し指を向けた。「そうやって根掘り葉掘り聞くところ。癖になってますよね。僕そこまでは治せませんから」

「ご心配なく。これは病ではなく個性です。あ、そうだ、それで思い出したんですけど」

「え、それって、どれ?」

「病」


医師はちらっとデスクの時計を見た。時刻はお昼の15時。外は晴れているのだろう。夕方から表参道で打ち合わせが入っているため、病院にいる時間が限られている。そろそろ診察を切り上げて、さっさと薬をもらわないと。


「ええそうですね、病。そう、僕は医者ですから。全力で治しちゃいますよ、ええ」医師はにっこりと言った。

「というわけで、夕方からの予定をキャンセルしてお家で休んでいただくことを推奨します。お金も時間もかけない治療法。効果てきめん。はい終了。お疲れ様ですー次の方どうぞー」


「小説家って、精神に異常をきたすと、普段書きもしないこととか書いてしまうものなのでしょうか」


私の真剣な問いかけに、医師は顔をしかめた。


「あのう、話聞いてました?」

「アンチ実写派の先生でも、宇和野任明のニュースは観てますよね」


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