イミテーションソウル

@sumireko

第1話

2012年

韓国料理店と化粧品店、韓流グッズ店がひしめくその通りは、あと5日で年が明けようという暮れが押し迫るその日も、たくさんの人々で溢れていた。

流れの遅い川で流されているかのように、人を追い越すこともできず、まわりの速度に合わせ、のろのろと歩くしかなかった。

通りの中程にある料理店の店先に、その男は立っていた。

黒いシャツに細身のジーンズ。黒くて丈の長い前掛けの紐を腰のやや下できちんと結んでいる。

しかし、客引きをするでもなく、指を後ろで組み、無表情でまっすぐ遠くの方を見つめていた。

背が高く肩幅はあるが筋肉質ではない。

30代なかばくらいか。

そう思ったのも、切れ長な目と整った鼻筋は、確かに美男ではあるが、何か人生にくたびれたような、そして遊びなれたような、汚れた感じが滲み出ていたから。

友人のミドリは、向かいの化粧品店のワゴンを熱心に見ていた。

「ねえ、ミドリ、あの男カッコ良くない?」

「うーん、カッコいい。でも、好みじゃない。」

ふいに男がこちらを見た。

一瞬たじろぐような表情をしたが、すぐ無表情に戻り、ずっと見ている。

道行く人々の会話も存在も消えた。

約4メートルという距離が、異常に近く感じられる。

まるで、すぐ目の前に立っているようだ。

男が視線を元に戻した。

私たちは、再び雑踏の中に巻き込まれ、流されていった。

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