第21話 伝説の味編(3)

ユキが姉のよき理解者となっていた頃、ジュンペイとヤナセは講習会を終えたところだった。二人は昼食を取るため、会場の近くにある喫茶店へと入った。そして、注文した商品が出てくるのを待っている間、ついさっきまで行われていた講習会について、熱く議論を交わしている。



「講習会とは言ってもよ、スーツ着てなんか仕事してるみたいだったな」



「確かにそんな感じがしますね。なんか、お昼過ぎに終わって得した気分ですよね」



「しかし今日の講師、根性論ばっかりでよ、もう少し実務的なことも教えてほしかったよな」



「言っていることがサラリーマン向けじゃないんですよ。『追い込まれたら一度心を静め、もっと辛いことを思い浮かべて下さい。例えば真冬に上半身裸になり、滝に打たれているところなんかをイメージしてみて下さい』とか言ってましたけど、一般の会社員たちにそんなこと言われても、実際に経験したことのある人なんてそうそういませんって。イメージしたところで辛い気持ちになんかなれないですって。ただの映画のワンシーンですよ」



議論から愚痴へと移行してきたころ、注文した料理が運ばれてきた。



「よし、食べようぜ」



「はい。いただきます」



二人は同じものを頼み口に運んだ。



「うまいっすね! ヤナセさん、二人そろって『パンケーキ』って、なんか女子会みたいですね」



「そうだな。甘くて、なんか楽しいな」



二人は向かいあった形で座り、黙々とパンケーキを頬張った。半分以上食べ終えた時、ヤナセはパンケーキからジュンペイのほうに視線を移した。



「そういえば、明日タカオカさんと映画見に行くって言ってたけど、カミさんには伝えてあるのか?」



ヤナセにきかれると、ジュンペイは目を細めて気まずそうな顔をした。



「一応、会社にいる女性とは言ってあるんですけど……かなり言葉をにごしてしまいましたので……」



「なんて言ったんだよ?」



ヤナセはなんだか心配になってきた。



「最終的には“同じ部署のボーイッシュな女の人と行く”みたいな感じで言っちゃった気がします……」



「別に映画見に行ったあとにやましいことしようなんて、これっぽっちも考えていないんだろ?」



「そんなことは思ってませんよ!」



「じゃあなんでハッキリとタカオカさんの名前出さなかったんだよ。おまえ、浮気する気もないのにそんな風に言ったらカミさん誤解してると思うぞ。ただの浮気損じゃねぇかよ!」



ジュンペイは、ヤナセの最後の最後のほうの言いまわしには不自然さを感じたが、そこは気に留めないことにして、先輩にはウソはつきたくないと思った。



「正直、よく分からないんです。タカオカさんに対して恋愛感情なんていうものは無いとは思っています。僕は妻を愛していますので。ただ、昔好きなまま別れてしまった女性っていうことが後ろめたさになっているのかもしれません。妻に話そうとしたとき、自分でもなんであんなにテンパっちゃったのかよく分からないんです。もしかしたら……最低ですよね、オレ」



ジュンペイは、男としてのしんの弱い自分に嫌悪感を抱いた。



「そんなことはないさ! こればっかりはどうしようもないことじゃないのか。いくら理性ではいけないことだって思っていても、恋っていうのは本能でするものだろ。無いことにするなんて出来ないんじゃないのか。それに、実際に浮気しているわけじゃないんだしよ」



ジュンペイは、黙ったまま考え込んでしまった。



「……よし、まだこんな時間だし、食べ終わったら、バッティングセンターに行って一汗かきにいこうぜ! もやもやした気持ちも吹っ飛ぶって」



「いろいろと心配してくれて、ありがとうございます。行きましょう」



二人はパンケーキを食べ終えると、徒歩十五分ほどかけて、スポーツセンター内にあるバッティング場へと足を運んだ。ジュンペイは、無我夢中でバッドを振り続けた。













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