第19話 伝説の味編(1)

土曜日。この日ジュンペイは、休日を利用してヤナセとビジネスの講習会を受講するため、朝から外出している。ユキは家の掃除をしていた。



作業を始めて二時間ほどが経過したとき、居間のインターホンが鳴った。



「はい?」



「タカハシサチコと申しますけど、ユキさんいらっしゃいますか?」



「お姉ちゃん。 ちょっと待ってて、いま開けるね」



そう言うと、ユキは駆け足で玄関まで行き、ドアを開けると姉のサチコを招き入れた。サチコはユキの三歳年上の三十一歳で、見た目は童顔のユキとは対照的で、大人びていて知的な雰囲気である。



「お姉ちゃん、久しぶりだね!」



「ホントだね。はい、おみやげ」



サチコは、手に持っているお土産みやげの入った紙袋をユキに手渡した。



「お姉ちゃんこの袋もしかして『抹茶まっちゃ帝国』の『伝説の抹茶ロールケーキ』!?」



ユキは目を輝かせている。



「うん」



「やったぁ~。お姉ちゃん、これずっと食べたかったの。いつ買いに行っても行列で売り切れちゃってて、ありがとう。 お姉ちゃん常識人!」



「常識人って、相変わらず意味分からないこと言うんだから」



そう言うとサチコはユキの頭をでた。



「お姉ちゃん行くよ」



ユキはお茶目に笑い、姉と居間に移動すると、さっそく伝説の抹茶ロールケーキを食べることにした。



「お姉ちゃんも食べるの初めてなの?」



「うん、初めてだよ。私もあの行列はずっと気にはなっていたんだけど、こういう口実がないと、なかなか並ぶ気にはなれないよね……って、ちょっとユキ!?」



ユキはいても立ってもいられなくて、包丁で切る前にロールケーキを手に持ち、そのままカブりつこうとしている。



「ユキ、落ち着きなさい!」



サチコは、母親が子供を叱るように言った。



「冗談だよ、冗談。お姉ちゃん、ワタシもう二十八歳だよ。オ・ト・ナ・ノ・オ・ン・ナ・ヨ」



「あんたの場合は、顔がおさなすぎて冗談に見えないのよ」



そして、なぜかサチコが『サクラギ宅宛』に持ってきたお土産を、彼女自身が切り分けることになった。



「ジュンちゃんの分も残しておいてね!」



「なんでワタシがおもてなすわけ」



サチコは文句を言いつつも、丁寧にロールケーキを切り分け、コーヒーを準備すると、ダイニングテーブルにセッティングした。そして、二人で食べ始めた。



「おいしぃ~。何この抹茶のレベル高すぎ。こぅやって目つぶりながら食べると、修学旅行の時の京都の風景が思い浮かぶ」



「なかなか、いい例えかな」



二人は行列の価値を噛み締めながら、ゆっくりと味わいながら食べる。



「ところでお姉ちゃん、前に電話で話しがあるって言ってたけど、なに?」



ユキは、口の中いっぱいにケーキを含みながらきいた。



「うん、実はさ……離婚することになったんだ」



ユキの口が止まった。







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