皐月に喜びの桜咲く。
高橋徹
第0章
彷徨った果てに見付けたもの
放課後の旧校舎を、ただただ歩く。
何の目的も無く、さながら幽鬼のように。
誰も居ない廊下には、私の足がリノリウムの床に触れる音だけがただただ虚しく響く。
永久に聞こえることの無い、助けを呼ぶ声のように。
私は、一体何のために今こうやって歩いているのだろう。
楽しかった日々が、何度も何度も頭の中を巡る。
これから互いに進み道がどうであれ、同じ場所で、すぐ傍で、一緒に居られる時間はあとわずかだったけれど。
それでも。
こんな、こんな、こんなことがあるのか。
こんな、こんな、こんなことがあっていいのか。
あんまりではないのか。
今の足取りは、部活や勉強でどれだけ疲れた時よりも重い。
一歩一歩歩く度に、進む向きが右へ左へとよれよれとずれる。
それもそのはずだ。
どこか、目的地があって歩いている訳では無いのだから。
この苦しさに、どう向き合ったら良いのかさえ分からず、ただただ彷徨い歩いているだけなのだから。
滲む視界を数えきれない程袖で拭った頃、ふと視界に入った部屋があった。
「第一図書室……」
誰に言うでもなく、ぽそりと呟く。
この校舎自体は今も使われているのだが、新校舎の方に新しく作られた第二図書室の方が、広くて奇麗で本の揃えも良いため、この図書室はほとんど使われなくなっていた。
使用頻度の偏りに伴い図書の移動も行われ、今ではこの図書室にある物と言えば、郷土資料等の生徒がまず使う事が無いような、市立図書館等に置いてありそうな物ばかりになっていた。
私自身、この場所の存在は知っていても、入った事は一度も無かった。
普段なら、間違いなく素通りする場所。
ただ、この日は何かが違った。
明確な理由がある訳では無い。
それでも、何故か、吸い込まれる様に入って行った。
まるで、その時まで全く見付からなかった目的を見付けたかの様に。
第一図書室に入ると、噂に聞いていた通り、長い事きちんと利用されていないであろう埃っぽさがあった。
「……けほっ」
少し咳き込み、思わず腕で口を覆う。
……掃除しといてよ、全く使わない訳じゃないんだから。
尤も、そうは言った所で、誰がいつこの場所を掃除するのかと聞かれたら難しい所なのだけれど。
先程までと比べたら幾分スムーズな足取りで歩を進めると、机の上にある物に目が留まった。
「これは……ノート……?」
古びた、例えるでも誇張するでもなく、数十年前から使われているような、ページの色が変色し、煤けてしまっているノートがあった。
何故、その場所に置かれているかは分からなかったが、私は何故か、そのノートを見ないといけない、そんな気がした。
恐る恐るノートに手を伸ばし、埃を払いながらページを捲る。
「……これ……は……」
ノートを持つ手が震えた。
こんなの、眉唾物に決まってる。
信じるだけ無駄だ。
子供だましだ。
だけど。
今はそれでも、そんな嘘くさいものにさえ縋りたい。
私はノートの脇に置かれていた、古びてはいるがきちんと削られた鉛筆を手に取った。
文字で埋め尽くされたページの終わりの部分に、考えた事を書き出す。
書き出す時、ノートにはぽたぽたと滴が落ちたが、それでも手を止めない。気付けば唇を引き結んでいた。
やがて書き終えると、私は下唇をきゅっと噛み締め、心の底から願う様に、目を閉じた。
「神様、どうか、どうか、お願いします……」
二礼、二拍手、一礼。
すると、ノートのページがまるで風にでも吹かれたかのように捲られ、辺りが光に包まれた――。
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