(7)
まずは卯月先生の都合ありきで考えていたから、今から薫と更紗にこの事を伝えなければならない。
「まあ、教室で直接言えば良いか……」
確実に卯月先生にアポを取る為、かなり朝早くに登校していたので、まだ校内にほとんど人はいない。気長に読書でもするか……いや中間テストも今月にあるんだし、勉強しておくか……なんて思っていると。
「や、やあ更紗さん。おはよう」
「あ、薫くん、おはよー」
「…………」
何とも締まらないやりとりが聞こえてきて、するりと空き教室に身を潜める。
見たところ、どうやら先に校内に来ていた更紗に、後ろから薫が話しかけたようだ。
……何これ、すげぇ楽しそう。
出歯亀根性丸出しで教室の出入り口から顔を覗かせ、にやにやするのを抑えながら二人の様子を見守る。
「薫くん、朝早いね。どうしたの?」
「え? いや、うん。たまには朝から勉強してみようかと思って。でも家だとあまり集中出来ないから、ね。うん、そうそう」
誰に相槌を打ってんだお前。あとお前が早く来たのは更紗に会うためだろ、絶対に。健気かよ。好印象だなまったく。
「さ、更紗ささんは?」
さが一個多い。口ん中ぱっさぱさになるわ。
「うん? あたしはね、新聞部の仕事がちょっと終わってなくて。それで朝のうちに進めておきたいなって」
「そ、そっか。忙しいんだね」
「ううん、そんなことないよ。最近がちょっと忙しいだけなんだ」
「そっかー、うん、うん、そうだよねー」
相槌打つの下手すぎるだろ。この会話だけで首が筋肉痛になるぞ。
しかし、こう見てると本当に薫は更紗にベタ惚れだな。更紗も確実に気があると思うんだけど、この感じだと薫からの一方的な好意に見えるな……。
――なんて思っていると。
「あっ」
更紗が手に持っていたスマホをぽろりと落として、リノリウムの床の上を滑って薫の足に当たった。その瞬間、更紗の顔色が一変する。THE☆蒼白って感じ。何でポップに言ったんだ俺。
「あ、僕が拾うよ」
薫がにっこり微笑んでスマホを拾う。すると、薫の表情も変わった。
「あれ、これ……」
「わーわーわー! 何でもない、何でもないから! ありがとう! 今まで本当にありがとう」
「どうして急に別れ際のセリフが出たの!?」
薫から高速且つ優しい手つきで(器用なことだ)スマホをぶんどると、更紗は顔を真っ赤にして腕をぶんぶんと振った。何あいつすげぇ可愛いな。薫は……死にそうになってる。当然の反応か。
薫を見ると、薫の様子も何やらおかしい。進化でもするんだろうか。取り敢えずBボタンを連打しよう。
「あの……更紗さん。今、ロック画面に映ってたのって、その……」
む。
ああ、そういや皐月もそんなことを言ってたな。薫の反応を見る限り、これはもう決定打だな。
「わー! わー! わー! 何でもない! 本当に何でもないの! 薫くん、人の記憶ってビンタで飛ぶかな!?」
「なんで急にそんなバイオレンスになってるの!? 更紗さん、落ち着いて、落ち着いて!」
テンションがおかしなことになった更紗が(これはこれで中々可愛い。薫もまんざらでもないって顔をしている)、薫の記憶を飛ばそうと追いかけ始めた。逃げる薫に追う更紗。なにこれ語呂良いな。にしてもただの地獄絵図だろこれ。
結局この後、俺は一人で教室に入って……皐月といつも通りの話をした。俺の進捗を単刀直入に伝えたら、すぐにいつもの馬鹿話に戻った。まさか卯月先生とした会話の内容を、俺の表情や反応からほとんど言い当てられるとは思わなかった……。
そして迎えた、放課後。
薫と更紗に伝えた所、二人共大丈夫だったので三人で卯月先生の下へと向かった。
「来たか。こっちで話そう」
足を組んで優雅にくつろいでいた先生が(何をしていたのか謎だ)、俺たち三人を応接室に連れていく。
三人で長めのソファに腰を下ろすと、先生がにこりと微笑んだ。
「今日は少し長くなりそうだからな。紅茶を淹れてこよう」
「あ……ありがとうございます」
思わぬ言葉に、ほけっとした言葉が出る。
先生が颯爽と応接室を出て行き、三人とも借りてきた猫のように縮こまる。
「卯月先生、紅茶淹れることが出来るんだ……大人だなぁ」
更紗がぽそっと呟く。
「大人だよな。身体も、心も、身体も」
「なんで身体って二回言ったの!?」
「更紗さん、だめだよ。匠はもう手遅れだ……」
「人を変態扱いするな」
「そうだね、変態の皆さんに失礼だった。匠、謝りなよ」
「お前良い根性してるよな」
「そう? 褒めてもらえて嬉しいな」
「うるせえぞ初心野郎」
「うるさいド変態」
「仲良いね……」
更紗がほふっと息を吐く。薫はその様子を見て……目を逸らした?
おおう、なんか、二人の間の空気が変だぞ?
ぎくしゃくしてると言うよりは、これはもっとプラスに捉えて良さそうな……何か、そこはかとなく漂う青春の香り。
明らかに、今日の朝のやりとりが影響してるよな。
問い詰めていじり倒してやろうかと思った矢先、ドアが開いた。
「何やら青春の匂いがするな」
紅茶の素敵な匂いを漂わせながら、卯月先生がお盆にティーカップを載せてきてくれた。今の言葉も気になるし、その顔には何やら不敵な笑みが貼り付いている。なんで片手を腰に当ててポーズを決めているのか分からない。無駄に格好良いから困る。
それぞれの前にソーサーが置かれ、順にティーカップが置かれる。
「うわぁ……良い香り……」
更紗がうっとりとした表情を浮かべると、薫が胸を押さえて「うぐぁ……!」と呻いた。悶えるならもっと可愛く悶えろよ、こえぇよ。
先生は俺たちの様子を見て、ふむふむと頷いた。
「紅茶の味や香りのことは取り敢えず後で聞こう。早速本題に移るぞ」
『は、はい』
先生が一転して真剣な顔になり、俺たちは背筋をピンと伸ばす。
先生が、薫と更紗に視線を向けた。
「お前たち……怪しいな」
『!?』
真剣味をそっちに使いやがった。まさかもまさかだ。
「せ、先生、何を言ってるんですか、やだなーもう」
薫が動揺しすぎて声が一オクターブ上がってる。ヘリウムでも吸ったんだろうか。
「そ、そそ、そうですよ、全く、ね、ねぇ、薫くゅん?」
更紗も一オクターブ上がってる。女の子がオクターブ上で喋るとこんな面白いことになるのか。あと「くゅん」ってなんだよ。発音しづらすぎるぞ。
二人がばたばた腕を振るのを見て、先生はふっと笑った。
「根拠は特にない。勘だ」
「か、勘って……」
薫が言うと、先生は親指で自分をびしっと指差した。
「しかし私の勘は、確実に当たる」
『……』
薫と更紗が顔を逸らした。
「お前たちはあれか、別にどっちかが勇気を出した行動をした訳じゃないけれど、何かのきっかけ……例えば朝に偶然出くわして、話が弾んだ拍子にどちらかのスマホの待受けに相手の写真を設定していることがバレたりとか」
「わー! わー! わーーーーー!」
更紗が大絶叫。すかさず先生が人差し指を口の前に当てて「しー」と宥める。
薫を見ると、何故か顔面蒼白だった。
「せ、先生、何故それを……?」
「え、そうなのか。私はあくまで予想を話しただけなんだが」
「……死にたい……」
薫が目を伏せる。哀れすぎる……。
ちなみに、と先生が付け加える。
「二人とも早朝にたまたま違う事情で会った
『…………』
薫がソファの背にもたれかかって天を仰いで(魂が抜けてるように見えるのは気のせいか)、更紗が両手で顔を覆って身体を屈めてしくしくと言っている。地獄絵図だ。
先生は二人の様子を眺めて、俺に視線を向けた。そしてテヘペロ☆と舌を出した。無駄に可愛いな……。
「まあ、それは良いとして」
『全然良くないっ!!』
「お、おう、すまない」
二人の全力のツッコミに、流石の卯月先生もたじろいでいた。
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