(4)

 明くる日。


 朝、いつもより明らかに早めに学校に行く。

 こんな時間に来ても、まず誰も居ないだろう。

 そう思って教室のドアを開けた。


「あら、おはよう。早いのね」


 皐月が、何事も無かったかのようににこりと微笑んだ。


「お、おう。……おはよう」


 とてもじゃないが、昨日のことは聞けなかった。

 そして、今現在の状況を冷静に考えたら、急に緊張してきた。

 この教室どころか、この校舎自体にまだほとんど誰もいない状態で、一つの部屋の中に、二人きり。

 しかも、席が前後なもんで、いつもは何とも思わない距離が、異様に近くに思える。

 平静を装え、平静を装え、俺……!

 必死に心の中で言い聞かせていると、急に背中がぞわりとした。


「ひゃうんっ!?」


 変な声が出ちゃった。

 見ると、皐月が俺の背中をなぞったようだった。何でこんな嬉しそうににやにやしてんだこいつ。


「何すんだ、朝っぱらから!?」


 言うと、皐月はごくごく自然な調子で、


「朝からこんな密室で下ネタを話すんですもの。テンションを切り替えやすいように、入りから性的な接触を試みたんだけど……ダメだった?」


 可愛く首を傾げられた。

 ……ネジが飛んでんのか、こいつは。


「なにが『ですもの』だ! 下ネタありきで話を進めるんじゃねぇ! あと性的な接触って言うんじゃない! 小学生でもやるようないたずらが、急にいやらしくなるだろ! あと、可愛く首を傾げたって頭のおかしい言動は正当化されない!」

「あら、『可愛く』だなんて……ありがとう」


 ぽっと頬を赤らめた。本当に可愛いから困る。


「そこだけチョイスすんじゃねえよ! 脳内のふるいが便利すぎる!」

「いたずらって言葉自体、既に性的よね」

「聞けよ! あと、それは捉える側の問題だ! 要は問題があるのはお前の方だ!」

「もう、『お前』だなんて。私のことは『肉便器』って呼んでくれるって言ったじゃない」

「もっと直接的になった!? やめろ、お前をそんな目で見る気なんてない!」

「それは嘘でしょ」

「ああ、嘘だとも!」


 そうです、嘘でした。


「昨日の夜、私の胸の感触を思い出してたでしょ」

「ぐ……」


 痛いところを!


「ああ、そうだとも、思い出してたとも!」


 皐月の笑顔のレベルが最高潮。超幸せそう。


「それで、した?」

「え」

「だから、した?」

「……おい」

「私の胸の感触を思い出して、した?」


 ……やっぱりこいつ、頭のネジが飛んでる。


「言わないと、お手製のプレートに『私は橘匠の肉便器です』と書いて背中と胸にぶら下げるわよ。それで誇らしげに校内を闊歩してあげる」

「それはいじめのレベルを越えてるな!」

「そしてプレートを下げたまま図書館で静かに本を読んで、なんだかすごいシュールな絵にしてあげるわ」

「地獄みたいな絵面になってる!?」


 いかん、この話を引っ張るとどんどん妄想がえげつないことになる。

 頭をわしわしと掻き回して、顔を上げる。


「ああもう分かったよ! 言うよ! した! しました!」

「そう。何回?」


 至って普通の表情で言われた。

 ダメだ、逃げられない……。


「い、……1回」

「本当は何回?」


 ……こいつ、全て見透かしてんのか?


「……3回……」

「そっかそっか。……うふふ……」


 ……艶っぽく笑うのやめてくれよ……こいつ、本当に同級生なの?

 年上のお姉さんに弄ばれる感じしかしないんだけど。


 この辺りで、比較的早めに来るグループが到着して、俺と皐月の早朝卑猥トークはお開きになった。


 ……本当にひどい。

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